私たちは青春に飢えている ~茅ヶ崎ハッピーデイズ!~
おじぃ
高校1年生1月
プロローグ:今年こそ、私は変わる!
一年の計は元旦にあり。
ということで、今年こそ私、
毎年恒例カウントダウン音楽番組の年越しスペシャルを見ていたらいつの間にか寝落ちしたみたいで、テレビのオートオフタイマーが作動し画面は黒くなっていた。昨夜は紅白と、笑ったらお尻を叩かれる番組も見た。
オレンジの電球がぼんやり照らす自室。そのやさしい灯りは私を再び眠りに誘う。部屋は南向き。カーテンを開けても外はまだ暗い。
だめだ、寝ちゃだめだ! 今年こそは変わるんだ!
「うーーーん! ふわぁ~」
両手を思いっきり挙げて伸びと大あくび。睡眠欲に打ち勝ってパジャマを脱ぎ、ヒートテックのインナーを着たままベッドからのそのそ降りて、プラスチック製の白い簡素な洋服タンスから青いジーンズと黒いパーカーを出して着込む。寝不足は慣れっこだけど、マジくそ眠い。
まっ、まだ1年生だし、焦ることないよね……!?
けど、課題は彼氏づくりだけじゃない。将来やりたいことを見据えた進路、それに見合う成績。モタついてたらあっという間に時が過ぎて、とりあえず進学または就職、または浪人になる。
高校受験が終わってから約1年は惰性で生きてきたから、今年はそれを取り返すべくいろんなことが忙しい年になりそう。
家族はまだ眠っているようなので、足音、ドアノブの音、努めて静かに5階建てマンションの303号室を出て階段を下りた。空は白んできたけれど、乗り物が無灯火で走ったら危険な色合い。明け方、夕方、曇り空、本当に無灯火で走ってくるクルマがいるから怖い。特に黒とか青系の目立たないボディーのやつ。
6時30分。マンションの前は片側一車線、自転車レーンが敷設されたやや広めの道路が東西に通っている。
すぐそばにバス停があり、今年最初の茅ヶ崎駅南口行きのバスがちょうど発車した。普段の忙しない空気が漂う朝とは違い、クルマの往来が少ない代わりに歩行者が多く、特に子連れが目立つ。みんなわいわいがやがやしていて、見渡す限り単独行動しているのは私だけ。
一方、祝賀ムードの中でもいつもと同じように行きたくない場所へ向かう人もいる。
たとえ世界がどんなに平和だって、みんながみんな
24時間はみんなに等しく与えられるけど、境遇はみんな違う。だから私はそれに立ち向かおうと意を決し早起きして、白い息を吐いて両手を温め歩いている。
少し東へ歩いたら右折して、ラチエン通りに入った。一方通行と間違えるほど細い道は歩行者天国と化している。
この車たちの持ち主の行き先も私たち地元住民と同じ、すぐそこの海岸。
周辺にはコインパーキングがいくつかあるけど全部満車。路上駐車は言語道断だけど、わざわざ遠くから来るほど、この街は素敵な場所なんだ。
もうすぐ、今年最初の陽が昇る。
初日の出を拝むのは7年ぶりで、あのときはお父さんと弟もいっしょだった。翌年からは睡魔に負けて誰も見に行かなくなり、今年、とうとう強い意志を持った私だけが復活を果たした。
将来大物になる人は何かが違うね。正に選ばれし者って感じ。
一日で最も気温が下がるこの時間、普段から出歩いている人は少ないからか、手を擦ったり自販機で温かい飲み物を買う人が目立つ。私もロイヤルミルクティーを買った。でも、寒さには慣れている。この頬や手を突き刺す乾いた風が吹く中、土曜日や冬休みは自転車を30分も漕いで市内西部の
寒さに耐え歩いて、松林連なる国道の長い信号待ちを乗り越えたら、その先には新しい私が待っている。
早く青になれとそわそわしながら、片側二車線の国道を猛スピードで行き交うクルマを目で追う。同じく歩道上で信号待ちをしている十数人もそんな感じで「早く行かないと初日の出終わっちゃう!」と焦る幼稚園くらいの女の子もいた。
ようやく青信号になり、左右をよく確認して横断歩道を渡る。
アスファルトの上にうっすら砂の積もった松林の間の道を抜け、サイクリングロードを渡って砂浜に降り立った。
乾いた白砂にスニーカーを
まだ陽は昇っておらず、東には紅の空に浮かぶ
パーカーのポケットからスマホを取り出し画面を点灯すると、時刻は6時48分だった。日の出まであと3分あるので、正面から見られるポイント、ヘッドランドへ移動する。
ヘッドランドは砂浜から突き出た半島状の場所で、中央部は東西の砂浜を分断するように人工の岩場が連なる。岩場は緩やかな勾配になっていて、登り切れば文字通り高みの見物ができるけど、そこまで行くと日の出を正面から拝めないので東側の砂浜で立ち止まった。
波打ち際にはずらっと数百人の人垣ができていて、最前列では拝めそうにないけど、頭と頭の間からは広い海がバッチリ見える。
海上では通数名のサーファーが次々とボードで寄り合い、肩を組んでその時を待っている。
周囲を見渡すと、柴犬を連れているおじいさんとか、単独で来ている人も何人かいて、中には同年代くらいの男の子もいた。
良かった。わたしだけ浮かずに済んだ。
「うおおお!!」
「わーあ!」
安堵感に浸って波打ち際に視線を落としていると、野太い声と黄色い声が混じり合い、広い海へ空へとこだました。
見上げれば、ブラッドオレンジの半円が半島の
海に浸かるサーファーたちは組んだ両手を高らかに挙げ、見ているまま晴れやかな一年の幕開けに歓喜している。
いかにもインスタ映えっぽい画なのでとりあえずスマホでその様子を撮影。
太陽はぐんぐん上昇するに連れてきらきら輝度を増し、新年最初の朝がいよいよ始まった。
地球って、回ってるんだなぁ。
そんな、当たり前だけど普段はあまり意識しないことを実感していると、バンザイしていたサーファーたちは散り散りになり、砂浜にいる人たちも徐々に太陽に背を向け砂浜を後にした。確かわたしたちの家族もこのくらいのタイミングで引き上げたと思う。
でも、なんだかまだわたしはここにいたくて、同じように思っている数十人とその場に残った。
人垣がなくなったから、砂の白い部分から湿った黒い部分に踏み出てみた。
ざぶーん、さらさらと、さっきと変わらずやさしい波が砂浜を撫でて広い世界へと還ってゆく。次に辿り着く場所はすぐ近くの砂浜か、それとも地球の裏側か。テレビで見るいろんな外国人や海辺の観光地が頭に浮かぶ。
あぁ、なんて気持ちのいい朝だろう。
お母さんのおなかの中にいるようなやすらぎに少し目を閉じて、再び開けた、そのときだった___。
わーあ、早く引き上げないで良かった!
心の底からそう思った!
海なんてずっとすぐそこにあって、日の出だって元旦以外にも小さいころから何度も見てる。でも、こんなに素敵な日の出は、初めて見た。
完全に顔を出した太陽は、燃えるような紅から一気に青空を連れてくるのかと、てっきりそう思っていた。
でも、そうじゃなかった。待つ人にだけ訪れる極上の光景が、私の目の前に広がっていた。
まばゆくあたたかい陽の光は黒い海面をゆらゆらと、しかし一直線に突き抜けて、砂浜を撫でる波には、とろとろとろけるようなきらめきが溶けている。
刹那、波打ち際がきらり光り、さーっと波が引いてゆく。まばゆい光の粒子が織りなす輝きは、とても東京に近い場所とは思えない神秘の世界。自ずと目を見開き、口が僅かに開いていた。
テレビでも見たことない世界の美しさを、目が、身体が、ココロが、私の全部が吸収してゆく。
ふーう! ふううと深呼吸。
この素敵を記録するためにスマホで撮影し、ふと後ろを振り返ると、富士山が陽に照らされ紅に染まっていた。もちろんこれもパシャリ。
いやーあ、お正月からいい気分だ! 生まれ育った茅ヶ崎がこんなに素敵な街だなんて、さっきまで知らなかったよ。今年は何か革命的な一年になりそうだ。
空と海はやがて青くなり、海のきらめきはいつもの
さて、帰ってニューイヤー駅伝でも見ますか。明日と明後日の茅ヶ崎もコースに含まれている箱根駅伝も見逃せない!
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