7限目哲学

HiDe

第1話 ドッペルゲンガー

新里しんり「この前、こんな面白いサイトを見つけたんだ。『ツインストレンジャー』って聞いたことあるか?」


神田かんだ「いいや。どんなサイトなんだ?」


新里「海外発の人探し掲示板なんだが、あるイギリス人女性の投稿が衝撃的な内容だったんだ。『私のドッペルゲンガーを探しています』ってな。」


神田「ドッペルゲンガー!?」


新里「そうさ。自分の顔写真を投稿して、世界中のユーザーにそっくりさんを見つけてもらおうってシステムなわけだ。」


神田「ほう。それで?ドッペルゲンガーは見つかったのか!?」


新里「なんと見つかったんだよ。とびきりのがな。」


神田「はぁ~……。世界広しとは言うけれどインターネットの力ってのはすごいもんだな。」


新里「……実はそういうわけでもないんだ。」


神田「って言うと、なんだよ?」


新里「彼女の投稿は地球の裏側まで届いただろうよ。もしそこにドッペルゲンガーがいたならインターネット様様だよ。さて、彼女のドッペルゲンガーは一体どこで見つかったと思うね?」


神田「……さぁ。」


新里「彼女の家から車でたった一時間の隣町にいたのさ。」


神田「……いや、そんなばかな。」


新里「これがまぁ体型から目鼻立ち、目の色まで別人とは思えんほどだったそうだ。さらに驚いたことに、彼女の過去の血縁者とは一切かかわりがなくてな。つまり正真正銘、二人は赤の他人だったってわけだ。」


神田「そんなことがあるんだなぁ~」


新里「神田、何をそんなに呑気にしてる。」


神田「え?呑気って、その人のそっくりさんが偶然そこにいたからってどうってわけじゃあるまい。」


新里「あのな、つまり俺がこの話を通して言いたかったのはドッペルゲンガーなんてのは町中を散歩していて偶然肩がぶつかっちまうことだってあるかもしれないぐらい実は身近に潜んでるっていう話なんだよ!」


神田「……そうかなぁ。」


新里「そうかなぁとはなんだよ。」


神田「そもそも本当にドッペルゲンガーだったのか?」


新里「本当さ。『ドッペルゲンガーを探しています』と呼びかけてドッペルゲンガーが見つかったんだから。」


神田「……ん?」


新里「お前はたかし君にニンジンのおつかいを頼んで、ニンジンを買ってきたのに『なんで大根なんて買ってきたの!?』と責めるのか?」


神田「……なんだろう、じわじわ遠くなっていく感じがする。」


神田「そうじゃなくてドッペルゲンガーを証明するにあたって一番大事なことがあるだろうが。」


新里「ほう、というと?」


神田「『ドッペルゲンガーと出会った人間は消えちまう』っていうだろ?」


新里「聞いたことあるな。」


神田「その彼女とそっくりさんが実際に出会ってそれで消えちまったとしたらやっぱりドッペルゲンガーだったのかとなるわけだ。」


新里「じゃあなんだ、消えるのがわかってて出会わせろっていうのか?」


神田「まぁ土台無理な話だよな。結局のところ、ドッペルゲンガーなんていないのかもしれないな。」


新里「いや、ドッペルゲンガーはいる。」


神田「なんでそう言い切れるんだよ?」


新里「例えばAさんが人気のない道を歩いていると向こう側からAさんのドッペルゲンガーが現れたとする。Aさんとドッペルゲンガーはたちまちどこかへ消えてしまう。さて、ドッペルゲンガーがいることをどう証明する?」


神田「そりゃAさんが消えちまったんだからいるってことになるわな。」


新里「それをだれが証明するんだ?」


神田「あ。」


新里「だからドッペルゲンガーはいる。」


神田「いやいやいや。今の話だと『ドッペルゲンガーはいないことはないかも知れない』ってだけで断言はできないだろ。」


新里「ならば、【ドッペルゲンガーを目撃した人】を目撃した人がいればいいんじゃなかろうか?」


神田「なるほど、第三者なら当人同士が消えても目撃できるってことか。」


新里「そういうこと。Aさんが目の前で消えたのを友人のBさんが目撃したんだ。これは大変だと思い、共通の友人のCさんにそのことを話すってわけだ。CさんはAさんに連絡を取ろうとするが、すっかり音沙汰がないもんだから疑念は確信に変わる。そこからは鼠算式に広まっていくだろうよ。」


神田「なるほどな。……いやいや、ちょっと待てよ。もしCさんが噂を広めていたなら、今現在『ドッペルゲンガーは絶対にいる。Aという人が忽然と消えたんだ』という確信めいた噂が流れていないのは何故だ?」


新里「そりゃあ……ドッペルゲンガーは1人でいる時にしか現れないからさ」


神田「前提を覆すなよ。素直に負けを認めるんだな、ドッペルゲンガーなんていないんだよ」


新里「なんだいないのかぁ~つまらんな。」


そういえば数学の中島に呼び出しを食らっていたんだ、と神田は席を立ち準備室は俺一人になった。高校生ならばスマホの一つでも持っているようなもんだが、生憎の充電切れでしばしの退屈を余儀なくされた。ふと、天井にぶら下がったパナソニック製のブラウン管テレビが目に入り電源を入れた。


ピッ


テレビ「News every のお時間です。昨日の八幡山遺体遺棄事件に関して、警察は『依然捜査中であり、被害者の周辺関係を中心に証拠発見に努める』とのことです。」


もう5時になるのか。と、特にやることもないのに時間ばかりを気にしてしまうのは俺の悪い癖だ。ギリシャで数学が生まれた主たる要因が「あまりにも暇を持て余したから」であるように、心の余裕こそが思考の芽を育てるというのに。しかしまぁ俺はピタゴラスのような天才ではないからこのような雑多な時間こそ観察や学びに割くべきなのだろう。例えばこの八幡山遺体遺棄事件などを……


テレビ「被害者の友人らの話によると『突然連絡がつかなくなった。心配になって警察に捜索依頼を出した。』とのことです。」


新里「……!?これだっ!!」


ドンドンドン、ドンドンドン


準備室の引き戸をたたく者があった。慌ててテレビのスイッチを切った。


神田「お~い!そろそろ帰ろうぜ!」


新里「なんだ神田か。驚かすなよ。」


ガラガラ





誰もいない。


ガチャ


神田「おい新里。そんなとこで何ぼーっとしてんだよ。」


新里「へぇぁッ!?」


…へぇッ、あぁっ!…ふぐっ、…ほえぇ!?


腰を抜かした痛みよりも今の自分の姿を好きな子に見られなかった幸運を神に感謝した。


いや、そんなことよりも。



なぜ神田が隣の社会化準備室の連絡ドアから現れたのか。


どうやってもこの数秒で反対方向のドアから現れるのは不可能なはず。


神田「どうしたんだよカエルに睨まれた狐みたいな顔しやがって。」


新里「だっておま、今、え?なんで?」


神田「ひょっとして俺のドッペルゲンガーでも見たとか?」


神田は情けなく倒れている俺をよそに引き戸横のスペースからスマートフォンを拾い上げた。


神田「じゃじゃーん!見事に騙されたな!」


新里「……はぁ~~。」


室内の二酸化炭素濃度がコンマ数%上昇しようかという限りない安堵がこぼれる。


なるほど、教室の中からはそのスペースは覗けぬ。


新里「中島のところに呼び出されたのも嘘か。」


神田「一階でこの音源を取るためでした!とっさにしてはなかなかだったろ?」


新里「いや~参ったよ。すさまじいリアリティだ。」


神田「まるで本当にいるって信じてる奴のリアクションだったぜ。」


新里「まぁ信じてるっていうか、ドッペルゲンガーはいるしな。」


神田「いない」


新里「いる」


神田「いない」


新里「いる」


神田「いーーーー」


神田「…んこに餌上げる時間だから帰んないと」


新里「いる」


神田「ちょっと待って?」


新里「待てど待たずともいる。」


神田「お前新里のドッペルゲンガーか?」


新里「核心に触れたんだ。事の真相を聞かせよう。」


神田「核心?さっきの証明をひっくり返せるっていうのかよ。」


新里「ああ。さっきの続きからだ。Aさんが消えたのをBさんが目撃する。BさんはAさんが消えたことを共通の友人であるCさんに話す。すると、Cさんの中ではAさんが消えたのと時を同じくして連絡が取れなくなるもんだからドッペルゲンガーの存在を信じる。」


神田「おう、そうだな。」


新里「しかし、Cさんにはある疑問がよぎる。」


神田「疑問?」


新里「果たして、本当にドッペルゲンガーの仕業だったのか?……と。」


一拍置いて話し始める


新里「Aさんが突如消失したという衝撃的なエピソード、加えて、Bさんの尋常ならざる表情から信じ込んでしまっていたが、よくよく考えると奇妙なことだらけだ。3日も経つと、だいぶ理性が働いてきて、生じた疑念を確かめてみたくなる。」


新里「Bさんに当時のことを尋ねても、『消えてしまった』という答えしか返って来ず、具体的な証拠材料は得られない。怪奇現象よりも、もっと別の何かのせいでAさんは消えたという線を考え始める。ふと、Cさんはある山中で起きた遺体遺棄事件を思い出す。『そうだ。確かこの事件の被害者も突然音沙汰がなくなって……』」


新里「一度疑いがよぎるとBさんの様々な挙動が怪しく思えてくる。そういえばAさんとBさんが些細なことで言い争っていたのを何度か見たことが在る。そんな話をDさんやEさんにしているうちに噂が噂を呼び、BさんはAさん殺害の容疑者となり果ててしまった。」


神田「……なるほど。」


新里「と、まぁBさんにとってはCさんがよほど信頼のおける人じゃない限りは起こってもない火事の火元になってしまうわけだから、賢ければ素性の割れてる人にこんな話はしない。素性が分からなければいいわけだ。今の時代、便利なものがあるだろう?」


神田「匿名掲示板。」


新里「そう。」


神田「まことしやかに囁かれる噂がやけに匿名のものが多いと思ったら、濡れ衣を恐れてのリスクヘッジだったのか。」


新里「昔は雑誌かなんかの投書だったりな、とにかく本人とバレない必要があるんだ。今俺たちがドッペルゲンガーの目撃情報や噂なんかを日々目にしているってことが巡り巡ってドッペルゲンガーがいるってことになるわけだ。」


新里「だから、ドッペルゲンガーはいる。」


神田「そうか~ドッペルゲンガーはいるのかぁ……。」


ドンドンドン、ドンドンドン


準備室の引き戸をたたく者があった。


新里「おい神田、スマホを忘れてるぞ。」


神田「あ、ホントだ。……あれ、ポケットに入ってる。」



「お~い!そろそろ帰ろうぜ!」



聞き覚えのある声がする。



神田の声だ。



新里「なあ、じゃああそこにいるのは一体誰なんだ?」


神田「……」


新里「……」


神田「やべぇよやべぇよ!!」


新里「どうすんだよ!?だって出会ったら消えるって!!」


神田「とりあえず隠れよう!!」


新里「いや、社会科準備室の連絡ドアだ!あそこからとなりに逃げよう!!」


神田「そ、そうだな!!」


ガチャガチャガチャガチャ


新里「おい何やってる!!さっさとしろ!!」


神田「向こうから鍵かけやがった!!社会の林が帰ってきたんだ!」


新里「カギは教員しか持ってない!あぁ最悪だ。机に隠れてやり過ごすしかない。」


神田「本当に大丈夫か!?隠れられるよな?」


新里「大丈夫だ。『出会う』ってのは認識しなきゃいいんだから仮に見つかっても消えはしないはずだ!あ、でも向こうは認識するわけだから半分ぐらいは消えるかもな。」


神田「こんな時に何言ってんだよ!!他人事みたいに!」


新里「今までありがとう神田。骨は拾ってやるよ。あ、残らないか。」


神田「最悪だ。もうおしまいだよふぐぅぅぅ~~……」




引き戸が勢いよくピシャリと開く。




神田「もうだめだああぁぁぁぁ~~~!!!!!!あああああああああああ!!!!」



げんこつ!!



神田「いてっ」



「おいあきら、インコに餌やる時間だろが」


新里「お兄さんこんにちは。」


神田英樹ひでき「こんにちは。新里君いつも悪いね。昌が迷惑かけてない?」


新里「かけられてますし時々死ぬほど馬鹿です。」


神田「はぁ~……」



(ドッペルゲンガーなんていないのかもな)




すっかり日が落ちて家路へ向かう。大半の生徒の下校時刻は過ぎていて、何組かの学生がちらほらいるだけだ。


新里「しかしお前、隠れといて『もうだめだあああ~!!』はないだろ。」


神田「死にかけたことがないからそう言えるんだよ!理屈なんて生死の前では何の意味も持たない!ホントおまえは井の中の蛙大枚をはたくだな!」


新里「……いや、叫んだせいで死にかけたんだからその理屈は通らないだろ」



ドンッ



新里「あ、すみません」


男子学生「いえ、こちらこそ」


ついつい夢中になって話していると不注意になる。前を見て歩かねば。


新里「あと多分おまえの使ってることわざ全部間違ってるぞ。」


神田「ええ~っ!?」


新里「そういえばこの前もお兄さんがお前の愚痴を……」





ついつい夢中になって話していると不注意になる。前を見て歩かねば。


男子学生A「で、何の話だったっけか?」


男子学生B「あ、そうそう。この前こんな面白いサイトを見つけたんだよ。『ツインストレンジャー』って聞いたことあるか?」





第一話『ドッペルゲンガー』 完

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