第7話
どれくらい経ったのだろう。
ようやく私は立ち上がった。
そうだ、私は死んだんだ。
泣いてスッキリしてようやく納得した。
舟の方を見ると、いつの間に来たのだろうか。既にたくさんの人が乗っていた。
満員の舟の前には、骸骨がオールを持ったまま立っている。
心なしか考え込んでいるような気もするけど。
私はさっき肩に掛けてもらったパーカーを骸骨の前に差し出した。
「迷惑かけちゃったみたいでごめん! ようやく死んだって分かったよ」
私は話し始めたが、骸骨はパーカーだけ受け取って黙っている。
相変わらず、目線は下を向いたままだ。
「今までいろいろありがと。じゃあ、私も舟に乗るね」
と、私が舟に向かって一歩大きく踏み出したところで、骸骨がぐっと腕を掴んで引き戻した。
「な、何!?」
さっきまで俯いていた骸骨がジッとこちらを真剣に見つめていた。
もしイケメンだったら好きになりそうな、そんな力強い視線で。
骸骨は視線を動かさないまま、カラカラと顎を動かしてしゃべりだした。
「いや、お前は舟に乗せられない」
「はぁ??」
いやいや、あんたが死んでるっていったんでしょうが!
それでやっと決心が付いたというのに。
今更何言ってるのよ!
私の中でまたふつふつと怒りが湧いてきた。ここに来てから何度怒ったのだろうか。
というか、生きてたときですらこんなに怒ったことはない。
――もうちょっと素直に生きれば良かったな。
そんなことを思ったら涙がまたこみ上げてきたから、私は誤魔化すようにありったけの声を出して骸骨に怒りをぶつけた。
「なんなのよ、死んでるって言ったり、死んでないって言ったり。いったいどっちなのよ!」
骸骨はゆっくりと私を指差した。
えっ、私?
私がどうしたっていうのよ。
私は改めて自分を見回した。
白の半そでニットの上にブルーのデニムジャケット、茶色のフレアスカートに黒のショートブーツ。
デートの時と同じ格好だ。特におかしなところはない。
「お前には色がある」
「色?」
「死んだ魂には色がないんだ。お前も納得したら色あせるんだと思っていたんだが」
確かに舟に乗っている人間はみな、薄暗い色をしている。
まったくのモノクロというわけではないが、色あせた昔の写真のような色合い。
先輩の顔色も土気色だし、ネイビーだったはずの上着も黒っぽく変色している。
だが、私には確実に色がある。
「じゃあ、私生きてるってこと?」
「分からん。ちょっと問い合わせるから、待ってろ」
問い合わせる? どういうこと?
と思っていると、骸骨はポケットからスマートフォンを取り出した。
えっ、死んだ後の世界にもスマホあるの!?
驚く私を気にも留めずに骸骨は誰かと話し始めた。
が、どうやらその話が難航しているらしく、一向に終わる気配を見せない。
暇になった私はベンチへと腰掛けると、川の下流から人が向かってくるのが見えた。
――女の子だ。しかも美少女。
小さな顔に、長い睫毛付きの大きな目とほんのりピンク色に染まる頬が印象的だ。歳は同じか、少しだけ上に見える。
うちの学校に転校でもしてこようものなら、確実にモテるだろう。
銀色の長い髪をポニーテールにし、ピンクのTシャツにジーンズのホットパンツという、こちらもカジュアルな服装だ。上着なのだろうか、腕に黒っぽい布をかけている。
この子は色があるから、多分魂じゃないんだよね?
彼女は不思議そうにこちらへと走ってきた。
そして私をちらりと見た後、電話中の骸骨の肩を親しげに叩いた。
「そろそろ交代だけど、何かあった? それと、この子どうしたの?」
そう骸骨に話しかけると、スマホを少しずらして
「すまん、美躯。ちょっとこいつのことで上に連絡中なんだ。
少し早いが、その舟の客を運んでいってくれないか?」
「なるほどねぇ。了解した!」
美躯と呼ばれた女子はにっこり笑うと、手に持っていた黒布を広げて羽織った。
マントだ。クビのところにある紐を結び、付いている大きめのフードを深々と被る。
途端に彼女の顔は骸骨(!)になり、カラカラと甲高い音と共に
「今度、冥界肉まん、おごりね!」
と言ってひらりと舟に乗った。
驚いている私を置き去りにして舟は音もなく、川の中央へと滑り出す。
そうだ。私言わなきゃいけないことがあったんだ。
私はベンチから立ち上がり、ゆっくりと岸を離れていく小舟に向かって叫んだ。
「早川先ぱぁぁぁぁぁぁぁい!
私も大好きでしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
舟に乗っていた先輩の顔がピクリと動いたように見えたけど、きっと私の気のせいだったと思う。
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