第6話

 えっ、終わりじゃない……?


 既に先輩に殺されて、その先輩も死んだというだけでもショッキングなのに、この上に何があるというのだろう。


 骸骨は、顎に手を置いてゆっくりと話し始めた。

 

「シクラメンの球根は、別名“ブタノマンジュウ”と言って、肉まんを潰したような形をしているんだ」


 骸骨は左右の人差し指と親指同士をくっつけて、私の見た球根とは明らかに異なる楕円形を作った。 


「園芸部の花壇にがあると聞いてピンときた。


 おそらくだが、それはだ。猛毒を持つ植物で、特に毒性が強い根茎は、小さなカブのような形をしている」


 ――小さなカブ。


  先輩の手にころりと落ちる球根がありありと思い出される。


「ちょっと待って! それじゃあ……」


「ナカミネがシクラメンの球根と偽って、トリカブトの根茎を渡したとみていいだろう」


 急な話に、私の頭の処理が追いつかない。


 私の見た球根はシクラメンじゃなかったってこと?


 なんで中峰先輩は違うものを?


 なんでなんでなんでなんでなんでなんで?


 無数の疑問符が頭の中を駆け巡る。


 そんな混乱した様子の私に気がついたのか、骸骨は今までよりも一段低い声でゆっくりと続きをしゃべりだした。


「本当のシクラメンの球根も実は毒があるから、食べさせれば中毒症状が出る可能性があった。


 だが、ナカミネはより毒性の強いトリカブトを渡している。それがどういう意味だか分かるか?」


 骸骨は、苦しそうな顔をして私に問いかけた。


 少しずつ冷えてきた頭で骸骨からの疑問を改めて考えたとき、私はゾワリとした寒気に襲われた。


「まさか」


「そう。ナカミネはお前を殺すつもりだったんだ」


 骸骨の言葉に寒気が止まらない。


 中峰先輩がそんな、そんな……。


 早川先輩のことも受け止めきれないのに……。


 ガタガタ震える私の肩にふわりと何かが掛けられた。


 どうやらあいつのジップパーカーらしい。


 私が骸骨を見上げると、何やら遠くを見ている。


「殺すつもりとはいったが、うまくいけばぐらいの軽い気持ちだったんだろう。


 トリカブトは熱処理されると、毒性が薄れるから、焼き菓子に入れれば、その可能性が低くなるからな。


 これは推測だが、ハヤカワが独断で生の物も入れたのかもな。より強い惚れ薬の効果を期待して」


「そ、そんな……」


 私はまだ受け止めきれず俯いていると、どこからかぐちゃりぐちゃりという不快な音が聞こえてくる。それが少しずつ近づいてきていた。


「ようやくご到着のようだが、こいつは舟には乗れないな」


「えっ、お客さん……?」


 私が顔を上げると、遠くの方から黒い塊が、ゆらゆらとこちらへ向かってきていた。どうやらそいつが不快な音を発して……。


「ひっ!」


 あまりの気持ち悪さに口から変な声が漏れた。


 真っ黒でヘドロのような塊が足を引きずるようにずるりずるりとこちらへ近づいてきていた。


 ヤバイ! ヤバすぎる!!


 気がつくと、私は骸骨の後ろへと隠れていた。


「よく見てみろ」


 骸骨が黒い塊の前方を指さしている。


 目を凝らして見た私は、思わず口を手で押さえた。


 不快な塊の正面。


 そこには中峰先輩の頭が、不自然な方向に折れ曲がって突き出していた。


 長かった髪の毛は赤黒い何かで濡れてべっとりと顔に張り付いている。


 目は虚ろで血走っており、口から赤黒い泡を吹きながら、ずるりずるりと顔のサイズに不釣り合いな黒い巨体を引きずっていた。


「人の魂は、罪を犯すたびに黒く穢れていく。


 どの人間だって、生きていれば大抵小さな罪を犯すから、みんな灰色か少しばかり黒い色でやってくるもんだ。


 だが、人殺しの罪は重い。罪の穢れが膨れ上がって、あんな姿になる」


 骸骨は、今までで一番通る声で、


「ナカミネがお前とハヤカワを殺した犯人だ」


 と言った。


 その声からは、なぜか悲しさのような怒りのような、そんな感情があるように思えた。


 でも……。


「ここは死者の来るところでしょ? なんで、中峰先輩が……。もしかして……自殺?」


「いや、ナカミネはあの日、ハヤカワを尾行してお前たちの集合場所へとやってきていた。


デートの様子もだろうが、自分の渡した毒がどうなるのかも気になったんだろうな」


「び、尾行!?」


「そして、映画に遅れそうなお前らは会うなり急に走り出して、赤信号を無理矢理横断した。

 お前らがギリギリ轢かれなかったのなら、後ろをついてきていたナカミネはどうなったと思う?」


――女の子が轢かれたぞ!


 あのときの言葉と共に嫌な予感に辿りつく。


「轢かれたのは……中峰先輩だったってこと……?」


「そうだ。毒の効能を見ぬままな。


 まぁ、嫉妬で送った毒で自分の想い人まで殺してしまうところなんて、見ない方がある意味幸せかもしれないけどな」


 じゅるじゅると不快な音を立てながら、私の横を穢れにまみれた中峰先輩が通り過ぎていく。


 美少女だったはずの中峰先輩の面影はまったくなく、苦悶の表情に張り付かせ、低い唸り声を上げている。


 近くで見ると、黒い穢れから少しだけ手足が出ていたが、そちらもあり得ない方向に曲がっていた。


 前髪の間からは、ぱっくりと割れた額の傷がのぞいており、そこからじわりじわりと赤黒いものが流れ出している。


 あの事故のときもこんな姿だったのだろうか。


 私は思わず目を背けた。


 そうしているうちに、ざぶざぶと水音が聞こえてきた。


 再び見た中峰先輩は、重い体を引きずりながら川の中へと進んでいた。


「先輩、そっちは川!」


 思わず中峰先輩に伸ばした私の手は、骸骨によって止められる。


「罪人は重すぎて舟には乗れない。だから、川を自力で渡らなければならない。それがここの掟だ」


「掟……」


 彼女は膨れ上がった体を必死にばたつかせながら、苦しそうに泳いでいた。


 いや、泳いでなんかいない。あれは、溺れているんだ。


「穢れを含んだ体は重く、何度も何度も溺れる。


 息苦しいはずなのに、もう魂だけの存在だから、死んで終わらせることはできない。


 苦しみながら川底を這って進むしかない」


「そ、そんな」


「だが、川を渡ることで少しずつだが、穢れは洗い流されていく。


 向こう岸につくころには全て洗い流され、元の真っ白な魂へと戻るんだ」


 骸骨が淡々と語るうちに、先輩は徐々に川底へと沈んでいった。


「大丈夫だ。きっと渡り切れる」


 骸骨にポンと肩を叩かれ、私は静かに頷いた。


 そうして川は何もなかったかのように、静かな流れを取り戻した。


 全部終わったんだ。


 そう思った途端、急に足が動かなくなって、どさりとその場に座り込んだ。


 そして、今まで我慢していたすべてが嗚咽とともに流れ出した。


 私の目から流れた涙が幾粒も地面に落ちたが、跡ひとつ残らないまま真っ白な砂利へと吸い込まれていった。

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