鑑識の鋏塚君の事件ファイル 最終章~第二章~

鑑識の鋏塚君の事件ファイルシリーズ

最終章~第二章~

『湯葉県警秋庭署襲撃事件』Page1

 爆発物事件が一応の解決を迎えた年始の秋庭署は平穏平和そのものであった。が、その平和は長くは続かなかった。

 秋庭署秋庭駅前交番所属の【久地留典正<クチドメノリマサ>巡査部長】【四射定道<シシャサダミチ>巡査長】【持部圭人<モブケイト>巡査】の三人が集団で襲われ殺害されてしまったのだ。犯人は殺害された警察官の実弾入りの拳銃を奪取して逃走した。


 俺【鋏塚新次郎<ハサミヅカシンジロウ>】は殺害現場で検案(検死)前の遺体を観察した。鑑識としてな。

「刺殺じゃなく実弾喰らったのか。見た感じだと粗悪なトカレフを使用した感じだな。拳銃を発砲したら硝煙臭くて逃げられなくなるはずだがなぁ。何処へ逃げたんだ。拳銃を奪取した目的はなんだ?」


 騒ぎに乗じて送電系統などを破壊した犯人によって電気系統が麻痺し、一時的にオンライン上の作業が全くできなくなる通信障害が発生したために秋庭市内の住民は警察に通報・相談したくてもすることができなくなる混乱を見せた。通信障害から復旧して早々にフリー動画サイト上で犯人と思しき人物がボイスチェンジャーで犯行声明を声高らかに発した。


「湯葉県警の諸君。秋葉市の住人諸君。秋庭署の諸君。A Happy New Fear.(新たなる恐怖に幸せあれ)君達の様な生け捕り至上主義教育を受けた人間の綺麗事がこの国でもう通じないことを教えてやろうではないか!」

 声高らかに独りよがりの厨二病をこじらせた首魁と思しき人物が悦に入りながら演説している。こんなのについて行く奴の気が知れない。或いはコイツはお飾りなのかもしれない。


 その後、混乱の中で情報が錯綜した。犯行は駅前交番だけではなかった。1名勤務から3人以上の複数人勤務の交番で一斉に犯行に及び殺害に至ったのだ。発砲してくる犯人に対して発砲許可を得なければならない警察官は後手に回った。現場の判断で発砲を試みる者もいたが発砲の気配がした途端に射殺されてしまったそうだ。場数を踏んだ本物さん(プロ)の仕業と見てよいのだろう。


 この国自慢の交番というネットワークが崩壊し、通報する一般人の通信手段を奪いさらに実弾入りの拳銃を奪って逃走したのだ。そして暗にほのめかすかの様に秋庭市民或いは秋庭署員を人質にすることで秋庭署側が犯行グループを生け捕りに出来るわけがないと踏んで堂々と襲ってくるのだろう。

「犯行グループの目的は俺たちを殺すことだけじゃない。むしろその場で殺されることも目的と捉えた方が犯行声明の内容と符合する気がしてならない。」

 俺は独りで呟いた。(つづく)


 

『湯葉県警秋庭署襲撃事件』Page2 

 不幸中の幸いなのか犯人たちの誤算となるのはクリスマス・イヴ事件の際に派遣された陸上自衛隊・長師野駐屯地所属の部隊1個小隊21名がもしもの為に駐留してくださったことだ。『警察官の銃器では対応しきれない犯行グループから警察官を護衛しながら戦闘抗戦能力を奪い生け捕りにして逮捕する。』湯葉県警の上層部が湯葉県知事と話をつけて、自衛隊員の一時的駐留を要請したのだ。名目上『人道的支援』という形で落ち着いた。

「長師野駐屯地より安宅次郎<アタケジロウ>二尉以下21名参りました!」

 安宅二尉は真面目一徹の性格と見受けられる。しかし若いだけに曹長との年齢差が激しく舐められてたまるか!という思いが先走ってしまいそうな危うさも持っているように感じた。

 ある隊員があくまでも噂の域を出ないと前置きをしたうえで話してくれたところによると、安宅二尉は大学院卒の幹部自衛官で指揮経験には乏しいそうで、二戸口励三<ニトグチレイゾウ>曹長とはあまり折り合いは良くないそうだ。それでも二戸口曹長が安宅二尉のメンツを潰さぬように配慮をすることでバランスが保たれているのだそうだ。

「噂にしてはリアルな話だな。噂と言う前置きはエクスキューズだな。そりゃそうだ。事実ですとは言えないだろう。しかし口の軽い隊員もいるんもんだな。」


 緊急の配備を終えた秋庭署では迫る危機に際して秋庭署長は訓示した。

「自衛隊の彼等は戦闘(?)のプロ組織の隊員達だ。自らの生命が危険に晒されれば生存権に基づく正当防衛としての戦闘行為に及ぶに違いない。それはそれで自衛隊という組織を揺るがす事態になりかねない。彼等の協力を受けつつ犯行グループを制圧するほかないだろう。生け捕りにするのが自衛隊員で最悪射殺を行うのは警察が引き受けなければならないだろう。そう命じたのは署長である私だ。責任は私がとる!秋庭市に平和を取り戻せ。以上!」


 署長がカッコよく台詞を決めてくれたことで署内の士気は上がった。どのみち署長は定年退職間近なので、いまさら椅子にしがみつく気もない。諭旨免職扱いになれば自己都合退職になるので退職金も貰えるのだ。現場の警察官の発砲行為が多々に及んでも懲戒免職には出来ないと踏んでいる。現実には非常に打算的な保障に基づいた訓示であったのだ。署長の本心はどうであれ感心して聞いていた署員の想像通りに、たぶん署長は腹を括って椅子に腰かけ全ての報告を待っていることだろう。組織のトップも辛くてもどかしいだろうな。ちょっとだけ署長に同情した。


「けど、がっぽり退職金受け取ってほくほく顔で退職だろ?そりゃあカッコイイ訓示も出来るだろうさ。責任を背負ってくれるのはありがたいけどな。」


 秋庭署は『来るなら来い』という空気に包まれていた。(つづく)





『湯葉県警秋庭署襲撃事件』Page3

 佐波読課長の訓示はシンプルだった。「私たちは日本の警察官よ。特例的に発砲許可は全員に事前に許可します。但し極力射殺はしないように。生け捕り至上主義のなにが悪い!それでも身の危険を感じたら迷わず発砲なさい。殉職して二階級特進しても殉職者自身にはメリットがないわ。兎に角『秋庭署』は襲撃犯に対する取り締まりの対象から戦場に変わるということになるでしょう。それを肝に銘じて職務に励むように。この現場の責任者として私が全ての責任を取ります!安心してこの事件に対処してください。解散!」


 これまで起きた交番襲撃の規模からすると推定で三百人程だろう。秋庭署側は自衛隊員を含めて121名だ。数が少なくなったのは警察力が低下した秋庭市の現場に行かなければ事態の収拾がつかなくなったからである。攻城三倍法則からすると敵は俺たちの三倍の人数があり、装備もこちらと遜色が無いのだろう。自衛隊の皆さんはその辺は言えないらしく詳しくは知らない。


 秋庭署までのいくつかのポイントに狙撃班を待機させた。自衛隊の方も同様に狙撃班を配置して待機した。犯行グループを少しずつ減らす(殺人ではない)意味もある。この第一ポイントで相応の実行犯を殺害することなく戦力を削げというのだ。

「つくづく上と言うのは無理難題を言うものだ。」

 後に警察の狙撃班員の1人が匿名でそう答えている。

 

 最前線の話なのでどのくらいの実行犯が減少したのかはわからなかった。警察どころか自衛隊のヘリさえ撃墜する兵器を所持する可能性が窺えたので上空からの情報収集が行えないからである。


 やや時間がたってから狙撃班から報告があり、

「現在実行犯の内20名は確実に戦闘行為が出来ない状態にしました。至急治療の為に警察病院に搬送の必要があります。今は応急処置を施し待機します。早急に搬送車両を手配願います。」


 そこへ追加の情報が届いた。

「負傷中の実行犯から情報が得られました。実行犯は総勢200人と言っています。情報自体が偽物の可能性がありますので鵜呑みにはできませんが参考にはなりそうです。それから実行犯の首謀者は【円蓋実松<エンガイサネマツ>】というそうです。得られた情報はそこまでです。実行犯の大半が金で雇われた傭兵でお互いの繫がりは重視しないそうです。」


 基本実行犯の大半が傭兵集団であることがわかった。彼等が欲しいのは戦場であって首謀者が描く大義でもない。そんな奴らに秋庭署を落とされるわけにはいかない。


 最終局面だ気を引き締めていこう。(つづく)


『湯葉県警秋庭署襲撃事件』Page4

 鑑識課の居残り要員として鑑識課から俺1人が残された。警察のネットワーク内のデータベースで犯行グループの首謀者

【円蓋実松<エンガイサネマツ>】を検索すると職業は自称・貿易商らしいが闇ルートで武器弾薬の売買をしていても不思議ではない。個人情報の無い人間で本名不詳・国籍不詳の謎の人物としかない。そんな人間が何故所轄署である秋庭署を傭兵まで雇い、警察官を殺害しなお且つ拳銃を強奪するなど悪行の限りを尽くしているのかまったく見当がつかない。名前の字面で男性と決め込むのも良くない。


 それにしてもだ。何故ここまでするのか皆目見当がつかない。

「武器を手に入れたから試したくなったんじゃないか?」

 【入交俊彦<イリマジリトシヒコ>】警部はそう言ってソフトドリンクを飲み干した。

「おもちゃを買ったから遊びたくなったみたいな感じのノリであそこまでですか?」

「そうじゃねぇかな。案外動機なんてそんなもんよ。口でどんな大義名分を主張してもな。どこぞのガキ探偵漫画の逆だな。身体は大人・頭脳は子供って意味でな。」

 

 結局のところ犯行グループの首謀者は謎の人物であることしかわからなかった。つまるところ何の成果も得られなかったのだ。


 その時である。秋庭署正門前を固めていた【鬼瓦権瓶<オニガワラゴンペイ>】警部ら数名の警察官が攻撃を受けたとの報せが入った。

「なに!鬼瓦の奴が?」

「入交。鬼瓦の様子を見て来ることを命じます。行きなさい。」

「しかし、今はそんな余裕は…」

「命令です。」

「入交、鬼瓦の様子を見て参ります。」


 この場に居合わせた2人をよく知る警察官は皆、佐波読課長の口ぶりから鬼瓦さんの実際の容体が助からない状態であること、それを知っていたうえで盟友とも悪友ともいえる入交警部に看取らせようという佐波読課長の配慮なのであろうことを理解していた。


 入交警部は医務室に大急ぎで駆けつけた。負傷者の手当てはここでしている。

「鬼瓦!しっかりせんか!」

「…死にかけの人間にしっかりなんて余裕はねぇ…へっ、死んで二階級特進なら俺はお前よりも上の階級になるな…」

「縁起でもないこと言うな!」

「お前に会えてよかった。ありがとよ…」

「おい!鬼瓦…起きんか!今寝てる暇ないぞ。起きろよ…鬼瓦…何とか言えよこら!」


 鬼瓦権瓶<オニガワラゴンペイ>警部殉職。 

後、二階級特進・

警視正となる。 享年53

(つづく)

『湯葉県警秋庭署襲撃事件』Page5

 遂にと言うべきか、とうとう犠牲者が出てしまった。鬼瓦権瓶<オニガワラゴンペイ>警部の亡骸は、なるべく丈夫な警察車両で搬送することになった。

「佐波読課長。私に行かさせてください。せめてそのくらいは奴にしてやりたいのです。」

 入交俊彦<イリマジリトシヒコ>警部の必死の嘆願により搬送役は入交さんに決まった。そして、 支度も早々に秋庭市民病院を目指して出発した。死者を搬送していることも知らずに犯行グループは銃弾を浴びせ続ける。

「お前等にやられてたまるか!」

 入交さんが秋庭市民病院に辿り着いたとき、車体はボロボロに変わり果てており、入交さん自身もかなり負傷していたらしく、紙一重の差で一命をとりとめたそうだ。

 

 鬼瓦さんの葬儀が終わり遺骨を持って入交さんの見舞いに来た遺族は、

「入交さんのおかげで無事に葬儀を終えることが出来ました。ありがとうございました。」

 そう言いながら遺族は骨壺を取り出した。

「権瓶です。見届けてやっていただけませんか?」

 言われるまま骨壺の中を見た入交さんは、

「あのイカツイ組対四課の鬼瓦もちっちゃくなっちまいやがって…すみませんでした。葬儀にも参加できないままになってしまって。あっ!秋庭署はどうなっているんですか?」


 その頃秋庭署の安宅次郎<アタケジロウ>二尉は二戸口励三<ニトグチレイゾウ>曹長と揉めていた。

「もう我々は狙撃隊に攻撃命令を出しているではないか!それをこの期に及んで専守防衛とはどういうことだ!」

「直接攻撃を受けてから反撃するのが専守防衛ではないですか?戦後から守り続けてきた自衛隊の伝統をあなたはここで終止符を打ちたいと仰るか!」

「目の前の人間を守れんでそれが国民の負託を受けた自衛隊員と言えるか?もうこの事件は犯罪レベルをこえたテロだ。テロリストどもにルールを適用する必要はあるのか?」

「そこまで言われるのならば仕方ありませんな。我々はあなたに従って行動します。小隊長殿。」


 市民の安全の為に戦う警察・警察を守る自衛隊・市民と警察を攻撃する大義を見失ったテロリストの戦いになり果てた秋庭署はもはや戦場と呼ぶに相応しい有様だった。

 もう、秋庭署側には生け捕り至上主義などと呑気なことを言ってはいられなくなっていた。相手は犯罪者集団をこえたテロリスト集団として認定されたためだ。他の所轄署でも同様の事件が発生したために、時の総理・【矢部甚蔵<ヤベジンゾウ>】は円蓋実松とその構成員をテロリストとして認定する閣議決定をし、本格的に壊滅へのシナリオを描き始めた。


「そう。政府が生け捕りを諦めたのね。テロリストに生け捕りは適用せずか…段々とアメリカ色に染まって行くのね。良くも悪くも。」

 現場で指揮を執り始めた佐波読課長以下刑事課の部下たちは銃撃戦の基本原則である発砲許可は通達していたが生け捕りの方針を崩してはいなかった。

「犯行グループを見つけたら迷わず撃ちなさい。今回はそこまでしなければならない相手よ。手加減したら殺られるわ!」

 上手に基本方針からブレることを厭わない佐波読課長は上からの指示に対して柔軟に対応した。これ以上の殉職者を出すわけにはいかないのだ。(つづく)


『湯葉県警秋庭署襲撃事件』Page6

 ことここに及んで犯行グループの射殺へと大きく舵を切った政府の方針により安宅小隊は犯行グループの射殺を名実ともに実行せねばならなくなった。あれほど望んでいたのにいざ実行せよと命じられたら少しは躊躇いと戸惑いを覚えるものだが、呑気なことは戦いの後ですればいい今やれることに集中しなければ。

 安宅二尉の表情は指揮官としてのそれに変わっており、『坊や』じみた甘さを棄てることが出来た様子であった。二戸口曹長は成長を見せ始めた若き指揮官の成長に目を細めた。


 少しずつではあるが秋庭署陣営は攻勢に転じつつあった。政府の記者会見をフリー動画サイトで観た傭兵集団の中に、

「軍隊まで相手にしてこれしきの報酬では命はかけられない。俺たちゃあんたの薄っぺらい大義に命を捧げたわけじゃねぇんだ。とっとと帰らしてもらうぜ。あばよ。」

 そう言い残して国外逃亡を図るために円蓋実松の陣営から脱退していったのだ。勿論のことだが水際のところで逮捕に至った。皮肉なことに犯人を逮捕したのは海の警察『海上保安庁』だったのだ。

 

 寄せ集めの集団で特に金で雇われた傭兵は命が資本だ。であるから命を懸けるに値しないと見切ったらあっさりと見限り次の仕事を探すのである。円蓋実松のもとに残ったのは一個小隊にも満たないごく少数であった。


 フリー動画サイトに円蓋実松は動画をアップした。

「我々は警察権力に挑み敗れました。この期に及んで投降は致しません。それではみなさんさようなら。Merry Crisis.」

 秋庭署敷地内で爆発音が響いた。動画もそこで消えた。円蓋実松らが自爆自決したのだろう。


 こうして今回の事件はテロ事件として処理解決されたのであった。マスコミには自衛隊の行動の詳細は非公表とされたが、日報はつけられており防衛大臣はそれについて後手後手の対応に追われた。矢部総理は記者会見を開き、日報問題には一切触れずに、

「尊い犠牲者を出した今回のテロ事件を踏まえて破壊活動防止法の適用基準の見直しを行いたく国会に法案を提出しました。」

 と答えた。

 機密文書化した日報には如何に自衛隊員が戦いどれ程の人間を殺したかについて事細かく記述されていた。これを公表したら自衛隊法を逸脱したと野党に糾弾されかねない。と政府が判断したのだ。


 どうやら今回の事件を政治家の方々は利用したらしい。

「くそ!鬼瓦はなんの為に死んだんだ!」

 入交さんの怒号は果てしない青空に吸収される様に霧散した。(おわり)





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