鑑識の鋏塚君の事件ファイル
どら焼きパンケーキ中佐
鑑識の鋏塚君の事件ファイル
鑑識の鋏塚君の事件ファイル
著:どら焼きパンケーキ中佐
『事件は会議室で起きた』
前編
昔どこぞの警察ドラマだったか映画だったか「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ!」と言う台詞があったが、まさか警察署内の会議室において殺人事件が起きるとは思わなかった。その瞬間からこの会議室は殺人『現場』となった。
被害者は【桜庭浩一郎 51歳 警視】。殺害されるような理由、或いは被疑者足る人物が何かしらの動機を持っていることになる。ちなみに会議室への入り口は一カ所入口兼出口のドアだけである。
俺はこの現場を調べる為にここへ来た【鑑識の鋏塚新次郎 27歳 巡査長だ一応】。会議室には、ペットボトルのお茶がセルフで振る舞われていたらしく、伏せて積まれた未使用の紙コップと各席に飲みかけの紙コップが残されていた。勿論のことだが紙コップ等に薬物等付着物の有無も調べるし床やら机やら髪の毛一本、塵の一つでも手掛かりになりそうなものはトコトン回収した。あとは検死の結果も無いと何も解らないだろうな。流石にどんなに優秀な鑑識がいても胃袋の中までは調べられないもんな。
司法解剖の結果が出た。直接の死因は会議で出された弁当に混入された薬物であると断定された。死亡推定時刻は午前十一時から正午までの一時間と推定されている。ではその薬物とは何だったのか。会議用の弁当が注文されたのは会議開始の一時間前。弁当屋は急な注文に右往左往しながらも会議開始から三十分後れて六名の出席者全員分の弁当を用意した。正午に全ての出席者が一様に弁当を食べ始めた。それぞれが静かな雰囲気の中黙々と弁当を食べていた。その時にペットボトルのお茶を飲んでいたのは桜庭浩一郎のみでほかの人は手に取りさえしなかったという。他の人は皆一様にお茶嫌いであった。しかしそれが事件とどう結びつくのかはわからない。そもそも薬物を混入出来たのは誰か?ここで真っ先に弁当屋が疑われるが、割と即効性があり致死量も少ないような薬物を一般の民間人が手に入れるのはほぼ不可能だと思われる。そこで被疑者と会議を同席した面々に話を聴いた。氏名・年齢・階級は以下の通りである。
会議出席者
【梅澤周五郎 55歳 警視正】
【岳川源三郎 53歳 警視】
【桜庭浩一郎 51歳 警視】死亡
【和泉七津穂 56歳 警視】
【山畠幸二郎 52歳 警視】
【金森京四郎 54歳 警視】
この六名はいずれも国内最高学府の法学部卒の所謂キャリア組の人たちであった。
今はそれはどうでもいい。薬物混入のチャンスである弁当を受け取ったのは誰か?受け取ってから誰の手に渡ったか受取から配膳までの時間経過はどのくらいか?薬物混入に関してはこの時以外にあり得ない。動機は何なのか。誰でもよかったのか?桜庭浩一郎だけを狙ったのか?今はもうしばらく考えよう。まあ考えるのは俺ら鑑識じゃなくて刑事のお仕事だけどな。(つづく)
鑑識の鋏塚君の事件ファイル
『事件は会議室で起きた』
中編
事情聴取の結果明らかになったことは、弁当の受け渡しは会議室まで弁当屋にお任せしていて気づいたら配膳されていたという、何とも言えないお粗末な口裏合わせが疑われたが、実際に弁当屋に問い合わせると「確かにお運びしましたが。お受け取りになられたのは女性の職員の方かなと思いますが。」と返答があり、ひとまずこの弁当屋の証言を信用するとしよう。
ところで俺ら鑑識が調べた結果、桜庭浩一郎だけが使用した紙コップから和泉七津穂の指紋が検出された。これをふまえると少なくともお茶と紙コップを配置したのは和泉七津穂であることが推測される。弁当屋が会議室まで届けに来る前か後に来れば顔を見られる心配もない。恐らく紙コップに睡眠導入を誘う薬物を溶かして塗りたくったのかも知れない。少量でも初めて飲むような人であれば簡単に意識が落ちるだろうし、必要量が足りなくても重い眠気で上の空だろう。その後に目覚めてから薬物が混入された弁当を食べて桜庭浩一郎は亡くなったという流れになる。この事件を解らなくさせているのはまるで互いを庇いあうかのようなアリバイだった。岳川源三郎・山畠幸次郎・金森京四郎の3人は直接犯行には及ばないまでも軽々しく協力してしまったかのような印象を受けた。しかし、有力な情報も得られず物証に乏しい現状では紙コップとペットボトルのお茶を準備して配置した和泉七津穂以外の人間に直接の犯行は無理ではないかと思う。逆にいずれ被疑者として七津穂に答えが辿り着いたとしても構わないのだとしたら?己の地位や名誉を犠牲にしてでも成し遂げたい真の動機があったとしたら?つまり殺害対象が桜庭浩一郎だけとは限らないとしたらどうだろうか?本当に殺害したい人物が梅澤周五郎だとしたら?桜庭と梅澤に対して殺害の動機があり、その他の3人は犯行に協力させることでその地位と名誉と職を失わせればそれでいい位にしか考えてなかったとしたら一応の辻褄は合うのだろうか?(つづく)
鑑識の鋏塚君の事件ファイルNo.1
『事件は会議室で起きた』
後編
そういえば事情聴取の中で梅澤周五郎が早期退職することになり、そのあいたポストへの便宜を図るために梅澤周五郎から国家公安委員会に後任の打診を働きかける動きがあったらしい。しかし、上層部は桜庭浩一郎を推しておりこのまま後任は桜庭浩一郎だろうというところで今回の悲劇は起きた。梅澤周五郎の後任に収まれるのはこの場にいる梅澤を除いて会議出席者全員にある。桜庭殺しに至っては全員に動機がある。これはまだ、強引に導き出した憶測に過ぎない。
刑事課の入交警部は梅澤・和泉以外の3人を法律上許される範囲内で搾り上げた。現場叩き上げはもともとキャリア組が嫌いだ。しかしいかなる理由があろうと法のもとに平等の国家である。故に公平に取り調べた。3人が弁当受け渡しの目撃証言について嘘の証言をしていたことを自白。一応の参考として記録した。やはり和泉七津穂が桜庭浩一郎殺害の犯人だ。鑑識の俺だって警察官の1人だ。その位はわかる。今はとにかく和泉七津穂を誰かが確実に確保しなければならない。和泉七津穂の本当のターゲットは梅澤周五郎だ。
「おや、和泉さんじゃないですか。物騒な顔して私をどうするんです?」
「1歳年下のアンタに階級を抜かれた屈辱は理解できないわ。男のアンタにはね。」
「おや、理由はそれだけですか?」
「そ・れ・だ・け?女ってだけで昇進に影響するの!男が男に都合良く作った社会だからでしょう?桜庭も和泉七津穂は女だから梅澤に追い抜かれたって嘲笑った。岳川・山畠・金森達と一緒にね。だから、アンタが早期退職するのを口実にあいたポストを巡って先ず邪魔な桜庭殺害を会議出席者全員の共犯にする必要があった。事件が解決すればどのみち犯罪者の仲間入り、警察官・キャリア組ともなればメディアが面白半分に取り扱うこと請け合いだもの。アタシはどうなってもいいアンタ達さえ社会的に葬りさえ出来れば取りあえずの目標は完遂だもの。」
和泉七津穂は懐から吹き矢を取り出した。マズイ!毒の吹き矢だ!そう思った時には俺は既に間に合わない距離にいたので無理だった。だが、その時を予測していたかのように物陰に隠れていた入交警部が和泉の犯行現場を取り押さえたのだ。
「和泉七津穂〇〇30年2月26日午後11時59分殺人未遂の現行犯で逮捕する。」
入交警部がそう告げた時、
「警察官って因果な職業ね。逮捕する側とされる側とではこんなにも景色が違うなんて。」
どういうものなのかわからないが和泉七津穂は誰に言うでもなくそう言い残して連行され、一連の事件は決着した。後日、科捜研などから送られたデータと和泉七津穂の所有物から見つかった薬物から当該事件に使用されたと断定される薬物と一致した為、和泉七津穂は殺人の容疑で再逮捕された。
翌日発売の写真週刊誌に『事件は現場だけじゃない、会議室でも起きてるんだ!』とデカデカと見出しが躍っていた。(了)
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