第40話 世界の異変①

「彼はどんな人物なんだ、ニーナ? 他人と話す時は誰でも、自分を偽るからな。ニーナが感じた通りに教えてくれ。それと、出来れば研究の内容も」


 これは、昨日監視カメラの調査を終えた直後の会話だ。瑞樹も彼とは直接対面した訳だが、対話時間は短く、その人となりを知るに能わなかった。瑞樹のように他人用のフィルターを介していないとも限らない。

 本性を知るものに聞くのが手っ取り早いのは明白だ。


 ニーナは喧嘩中で、彼を見るレンズに偏りがあるのは承知の上。悪い方向に下方修正されていると知っていれば、復元するのも容易い。


「なんて言うか、優しい人だったよ。基準を知らないからそう言うしかないけど。でもでも、基本私の自由を許してくれたよ! 研究については、ゴメン、あんまり教えてくれなかったんだ」

「いや、いいんだ。そこは彼の自由――そういえば彼の名前って何だ? 今更だが、呼び名がないと流石に不便だ」

「私もおじさんってしか呼んでなかったから、完璧には覚えてないよー。でも最初の方は名前で読んでたかな、禁止されたけど。確か――」


 ニーナは名前らしい単語を幾つか呟いた後。


「アルヴァート……。そう、アルヴァートさんだよ! 間違いない!」




 瑞樹は、家中に響いたその声を思い出した。


「……アルヴァート、ね」


 喜多嶋にボールを手渡す彼を見つけた時、瑞樹は知らず知らずに言葉にしていた。

 この学校に何の用事があるのだろう。学校公開期間中ではないし、部外者が入るには相応の理由と手続きが不可欠だ。

 そのことが解って来ているとは思えない。


 そして、言語の壁もある。


「いや、そこは何とかなったのか? ニーナが使った翻訳魔法、それが使えないとは限らない。むしろニーナよりも上手く使えると考えるべきか」


 魔法が上手いというフレーズに、何処かしっくりこない点を感じるが、普段使わない言葉故だろう。


 瑞樹はアルヴァートの前に出ることにした。理由がどうであれ、グラウンド横は関係者以外は簡単に入れないのだから。

 警備員が来る前に帰ってもらった方がいい。言葉が通じなかったらニーナに電話して。


 しかしその手間は無くなった。


「少年、君か! また会ったな」


 瑞樹が体育教師にトイレに行く旨をを伝え――無論、嘘である――グラウンドを出ると、その姿を見つけたアルヴァートが声をかけた。

 流暢な日本語。魔法は問題なく使用できたらしい。

 ならば先日その魔法を使わなかったこと等、気になる点は見つかるが、ひとまず会話ができることに安心するところ。


「ええ、そうですね。で、どうしてここに?」

「ああ、まず1つ目は、ここに来たら知り合いに会えるという予感がしたからだ」

「それが俺、と」

「君のお陰で魔法での翻訳が可能になったんだ。何をしたのかは不思議だが、感謝している」

「やっぱり魔法だったんですね。何らかの条件があり、俺がそれを解決した、ですか。そこまで判るとは、凄いですよ」

「そうでもなければ、学者なんてやってられないさ。それに、めいに負けたばかりだ。彼女は本当にすごい。まさに才能の塊で……」


 話が長くなりそうだったので、瑞樹は強引に話を区切る。


「ところで、2つ目の理由は?」

「そうだった。2つ目たが――空気の流れがおかしい。何か大規模な変化が起きると予想される。そしてその中心が――この先だ」


 疑問――何故そんなことが分かるのか。変化とは言うが、具体的には? 何故この先だと分かる。

 幾つも疑問が湧くが、嘘だとは思えない。


「何も感じませんが?」

「君はつくづく不思議だ、魔法が使えるのに。魔法を使う時に空間に干渉するだろう? そのエネルギーの向きはいつも不規則なのだが、今、それが一定を向いている。その中心があそこだ」


 アルヴァートが指差したのは、本校舎の中央。すなわち、理事長室。彼曰く、そこにベクトルが集中しているらしい。

 しかし、いくら感覚を研ぎ澄ましても、瑞樹には流れを感じることができない。


「…………」

「ここに寄って正解だった、貴重なものが見れる。遠くからじゃ分からなかっただろう」


 貴重なのは理解出来る。が、不安よりも好奇心が勝る、大規模な変化。何が起こるのか、瑞樹にはさっぱり予測がつかない。


 彼がどのくらいの力量のある学者なのかは不明だが、同じ研究者として解ること。それは、不確定なものないしは危険なものにこそ、強い関心が寄せられるということ。

 少なくとも瑞樹は、目標のためなら、多少のリスクは背負う覚悟はある。


「それを見ることの、俺達へのデメリットは?」


 ただどれだけ強い関心があろうと、重すぎるリスクは背負えない。彼の言葉を信じることになるが、リスク・リターンの計算は怠らない。

 そして、その許容量には個人差がある。


「不明、だな。感覚では作りの甘い建物なら崩れるくらいか。だがそれに見合う発見はあるはずだ。魔法の真髄という名の、な。魔法を研究する者のある種の到達点。君も気になるだろう?」


 アルヴァートは腕を大きく広げ、声高らかに言う。瑞樹のクラスメイトがこちらを凝視ていることなど、お構い無しに。


 試合は再開しているが、キーパー不在が痛手になっているようで防戦一方だ。眺める視線には、瑞樹への「早く戻れ」というメッセージが込もっているように感じた。


「……という訳で、そろそろ戻ります。それと、敷地の外に出た方がいいですよ。見つかるとまずいので」

「了解した。そうだ、せっかくだし言っておこう。私の見立てでは、それは日が沈みきった頃に来ると思われる。場所は変わらないだろうから、その時にまた来る」

「分かりました」


 この時点で、瑞樹はこれを見てみようと思った。

 建物が崩壊する規模の変貌。瑞樹はそれが、地震のようだと感じた。一種の自然災害なのだろう、だとすると、恐らく原因は超常現象――ここで言うところの空間移動――を引き起こしたはずみ。


 被害の大小は判断しかねるが、瑞樹がいるのは災害の国。世界でも類を見ない強度を誇る建物、それを知るからこそ、気がかりはない。


「おい、瑞樹! 何やってるんだ、はやく戻れ!」


 喜多嶋の猛攻を何とか食い止めながら、矢津が叫ぶ。突破を凌いでいるのは五十嵐との二人がかりでのディフェンスが大きい。どちらか片方だけなら間違いなく抜かれていたから。

 しかし五十嵐が応援に駆けつけた分、守備に穴が空いたのも事実。


「よしっ、チャーンス!」


 喜多嶋は運動能力だけは高い。それを活かし、ボールを強く蹴る。

 狭いコートを可能な限り広く使い、的確に空いた仲間に繋ぐ。


 彼がパスを受けた場所は、ゴールの目の前。キーパーがいない今、外す方が難しい。ルールの緩い授業であるのをいい事に、そこで待ち伏せしていた彼は、安全にゴールを決めた。


「……ではまた後ほど」


 そう言い残すと、シュートが決まり試合の攻守の流れが入れ替わるタイミングでコート上に戻った。

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