第39話 訪問者⑤
「それで、なんの用だ?」
瑞樹の勘はよく当たる。勘と言っても、確信する時と単なる勘に留まる時の二つあるが、高確率であることに変わりはない。
「なんとなく」なので、もちろん外れることもある。
だが、悪い方向への勘ほどよく当たる。
『用? そんなのはないけ――』
ブチッ――
――チロチロリン!
「…………」
鳴り止まない再コール。仕方なくそれに応答し。
「……なんだよ?」
『なんで消すの!? 話してる途中じゃん!』
「いや、用もないのに電話するか! 何かあった時用って言ったろ。意味もないのに長々と――」
『嘘、嘘。本当は要件あるから! だから切らないでー!』
それが本当なのか判断しかねたが、嘘ならまた切ればいい。そう考え、次の言葉を待つ。
『えっとね、ピンポーンって誰か来たよ。ミズキならこんな時、どうする?』
「誰か来たのか? まあ、何もしなくていいぞ。というか、何もするな。いない振りをするんだ」
この時間、瑞樹の家に用事がある人はいないはずだ。普段家にいないから何とも言えないが、本来なら家にニーナはいない。だから知るはずのなかった情報だ。応答する必要はない。
そのつもりだったが。
『え、えっと……出てしまった時はどうしたらいいの? それと紙を一枚貰ったんだけど、これ、なんの紙?』
「……事後報告かよ。ところでその紙だけど、なんて書いてるか読み上げてくれ」
『ごめん、まだこっちの文字は読めないの』
「マジかよ」
「お前らー席に座れー。チャイムは鳴ったぞ。スマホ弄ってる奴は、10秒待つから速やかに片付けるように」
瑞樹が嘆いたのとほとんど同時にチャイムが鳴る。やがてこのクラスの担任である小葉が教室に入った。
「ま、出来ないことをどうこう言っても無駄だな。そろそろ切るが、誰かが家に来ても出なくていいからな?」
そう言って瑞樹は通話を切った。
この学校の校則は厳しい。厳しさだけなら、県内でも一位二位を争うレベル。ペナルティも重い。
しかしその判断基準は教師によって異なり、小葉はそこの所が甘かった。
年齢も瑞樹達と近く、厳しい校則は生徒の実行力を削ぎ落とすのだと言う。
彼と彼なりの意思があるらしく、加えて授業では生徒の自由を優先させるため、生徒達からの人気が高かった。
担当科目は現代文である。
「先に伝えておくぞ、授業の初めで漢字の小テストをやる。範囲は前回終わった単元に出てた文字だ、満点は取れて当たり前だよな?」
「ちょ、マジかよ先生。二限目じゃないっすか」
喜多嶋がクラス全員の声を代表して言う。
「はっはっは、いつものことじゃないか! 心配せずとも、成績には加えないから、全力でやるんだ」
「ってことはもしかして、満点とったら――?」
「仕方ないな、校内の自販機に売ってるやつだけだぞ?」
「よっしゃ、流石先生だぜ!」
こういう太っ腹な所も人気の要因の一つだ。しかし、この流れになった時は必ず最後の一問が最高難度であり、一定数以上の勉強をしなければ満点を取ることは不可能だった。
所詮、範囲の狭い漢字テスト。覚えさえすればいい。それでも難しいというのは、問題の形式の方が厄介なのだ。
その後、小葉が何か重要な連絡が入れることもなく、静かに朝礼を終えた。
「というわけでよ、瑞樹、今回も頼むぜ」
小葉が教室を出た途端、喜多嶋は机に身を乗り出して言った。
彼が頼むのは、小葉から奢られる権利の委託だ。
自分では満点は取れないと諦めているため、権利の得られる瑞樹に頼むのだ。
瑞樹が満点を逃すことは、余程でなければありえない。そして、瑞樹はその権利を行使するつもりがない。あまり親しくない人からの「奢られる」という行為に、微かな抵抗があるからだ。
「それは構わないが、自分で勉強して貰う気はないのか」
「はっ、出来たらやってるよ。努力は実らない、ただそれだけのことさ」
「……努力してないによく言えるな」
変哲もない一般的なやり取りだが、瑞樹はここでニーナの名前が出てこないことに、少なからず安堵していた。説明に困る。それ以上でも以下でもない。
そしてやってきた小テストの時間――その前の10分休み。
全校放送で瑞樹の名が呼び出され、理事長室に足を運ぶ。
そして授業に復帰したのは、ちょうど小テストを終えた時だった。
『二年二組河西瑞樹。至急理事長室まで来なさい。さもないと、君のロッカーだけを暗証番号形式にするよ。それと下駄箱の扉が閉まらないように……』
理事長は瑞樹を呼び出すために、自身の声で幾つかのオリジナルの音源を作っている。これもその一つだが、どれも瑞樹の
故に毎回呼び出しに応じているのだが、今回は自ら向かっている。
呼び出す必要はないのではないか。それについても訊ねるつもりだった。
その日は、理事長に呼ばれたことを除けば、比較的穏やかな日だった。
三日前に喜多嶋の手伝いをすっぽかしたことを咎められたりしたが、理事長との話が長引いたと言えば軽く納得していたし、何より個人の時間があるだけで、瑞樹の心苦しさは解消された。
今までに戻っただけ。
間に騒がしい休日を挟むだけで、一気に気分が楽になる。
「喰らえ、瑞樹ッ! 曲がるシュート!!」
――バスッ!
「くっそ、止められたか! お前ら、戻れ! ディフェンスだ!」
「「おう!」」
渾身のシュートを止められた喜多嶋は、味方を指揮していち早く防御に切り替える。
「五十嵐、ほらよ」
「サンキュ、瑞樹。行くぜ、反撃開始だ!」
この日最後の授業はグラウンドでの体育で、男子はサッカーだ。
学校での授業のため、ゴールは小さくコートも狭い。そのため人が密集して激しいせめぎあいになっているが、それを見越して瑞樹はゴールキーパーを買ってでた。
(キーパーは楽だ。動かなくていい)
瑞樹は運動が苦手ではないが、体力がない。体力テストに関しては、日本人の平均的な記録とほぼ同値。
小手先の技術は難なくこなせる瑞樹だが、彼はインドア派。
ぼんやりとボールの行先を眺めながら、瑞樹は考える。何故ニーナ達が空間移動を成功させたのか。
一から考え直す。ニーナと出会ってからではなく、その前――ニーナがいた世界の様子を想像して。
しかし、ニーナが瑞樹のいる世界に来た理由に関して、一切の原因が思いつかない。二つの世界を繋げる程の力が加わったのだろうが、それが自然現象のようなものなのか、人為的なものなのか、あるいは転移用の魔法が既に存在しているのか。
それを確かめる最も簡単な方法は現地に赴くことだが、瑞樹の部屋は既に調べ終えており、ニーナの世界に行くことが出来たならば、研究のテーマが完遂されたのと同値だ。
(空間移動のために異世界に渡る、か。簡単そうでそれが難しい。見事なまでのパラドックスだな)
そして瑞樹の疑問はそれだけでは無い。ニーナと「おじさん」がこの世界に来た
「おっしゃ、また来たぜ! 今度こそ行けー!」
再び瑞樹の前にやってきた喜多嶋が全力でボールを蹴り飛ばす。が、ボールの描く軌道上にゴールネットはなく、瑞樹が触れずともゴールの上に弧を描いて飛んでいった。
「……おいおい、何処に蹴ってるんだよ」
「あっはは、失敗しちまった。悪い悪い」
駆け足でボールを追う喜多嶋を目で追う。速い。学年でトップを争う運動能力。腐っても野球部か。
スポーツはそこそこ強いこの学校においてトップ。それは県内で見ても、決して低くはない数値である。
「あれは――」
転がったボールはちょうどそこにいた人物に拾い上げられ、喜多嶋がそれを受け取る。
「どうして
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