第14話 海浜アウトレットモール③

 ポツポツと増え始めてはいるが未だ人通りの少ないグルメ街に、男子高生の笑い声がこだまする。

 彼らの他に客は歩いていない。どの店にも並ばずに入店できるからだろう。

 だからこそ、声がよく響く。


 この大きい声は明らかに迷惑行為だ。他者の思考を無理矢理中断させる。

 しかし皮肉なことに迷惑をかける、人がいない。喜多嶋達も遠慮なく大声を出せる。


 それぞれの店とは扉で仕切られていて、声は届かない。ちゃっかり防音質の扉だ。


 そんな中、仕切りがない店もある。

 オープンテラスになっているその店の店員は、瑞樹達を見つけると、また来たか、と言わんばかりに眉間にシワを寄せる――がしかし、彼らを注意することはない。

 瑞樹達は、関わってはいけない集団、という扱いだった。


 その反応に、瑞樹は気にる点を見つけた。

 すなわち、一度通っただけでこうも覚えられるものなのか、と。


(この煩さならありえないこともないのか?)


 そうは思えど、喜多嶋達が何度もここを行き来したのでは、と瑞樹は仮定する。


「なあ、お前達。ここを通るのは何度目だ?」

「え、えと、初めて……かな?」

「本当か?」

「……悪い、嘘だ。十回目から先は数えてねぇ」


 問い詰めたところ、仮定はあっさりと証明された。

 喜多嶋曰く、この店で注文していたニーナ(であると瑞樹は推測)に気づかれないよう、何度も往復したのだと言う。


 店員からしてみれば確かにからかいに来たんだと思う。


(ていうかニーナは何やってんだ。買ったのに戻ってこないって、本当に迷子か?)


 その問いに答えてくれるものは誰もいない。


「おい、見つけたぞ! あの店の近くにいる!」


 と、しばらく進むと、一同はふと足を止めた。

 五十嵐が見つけたのは、それらしき人物が通りの最後の一軒に入ろうか悩む姿。

 五十メートル近く離れていても存在感を放ちまくる彼女は、間違いない、ニーナだ。


 この店の先はスーパーマーケットに続いている。新鮮な生野菜に見守られながらナンパ。場違いすぎる。


 さらに売り場面積は広大で、発見も困難となる。四人は同時に安堵の息を吐いた。


 ニーナはショーウィンドウを眺めているのか、店の前で必死に首を動かしている。もしくは食品レプリカのクオリティに驚いているのかもしれない。


 瑞樹達が近寄ってもそちらに顔を向けず、あたかも餌を目の前にした猫のように見入る。

 彼ら四人とニーナとの距離、僅か五メートル。恐ろしい集中力だ。


 やがて一分ほど考えた後我慢の限界が訪れたのか、軽い足取りで入店した。


「入ったな」


 その様子を瑞樹達は、一部凹んだ従業員専用入口の物陰に隠れて伺っていた。


「……お前どうして隠れてたんだ?」


 と問うのは、最後尾を歩いていると喜多嶋に強制的に連れてこられた瑞樹だ。


「い、いや、少し作戦会議をしようと思ってな」

「怖気ついたとは断じて認めないんだな」

「び、ビビって、ないし?」


 そろりそろりと接近し、ニーナが動くたびに身体を強張らせる。挙句には喉まで出かかった言葉を飲み込んで瑞樹もろとも逃げ出す始末。

 ビビり、怖気付き、逃げ出し、隠れる。


「意気地なし」

「腑抜け」


 同じ馬鹿の言葉を聞き流すところは、ある意味肝が据わっているのかもしれない。


「作戦だが――じゃん負け、行こう」


 それは作戦と呼べるものではなく、言うなれば責任逃れの悪あがき。


 本来は喜多嶋の言い出した事柄、彼自身に行かせるのが本筋だ。じゃんけんをするに至っても、流れ的に喜多嶋の負けはテンプレだ。

 そもそもこのじゃんけんに応じる義理はない。


 しかし瑞樹は逆に、この勝負を利用してやろうと考えた。


「乗った。やろうか」


 自ら負けに行き、先にニーナにネタバレする。喜多嶋達三人の思惑を事前に伝えればニーナは変に慌てる必要がなくなり、また必要以上のことを口走る恐れも無くなる。


 瑞樹は期せずしてその機会を手に入れたのだ。


 じゃんけんで勝つことなんて、簡単だ。何も馬鹿正直に三分の一の勝負に出る必要がない。

 人並み以上の優れた動体視力と反射能力があればいつでも確定で勝てるのだ。


 後出しという卑怯な手ではあるが、気づかれなければ指摘されることもない。何も言われないからこそ正式な戦いとなる。


 方法は簡単。出す瞬間までは手を緩めておき、何に対しても瞬時に対応できるようにしておく。

 そして相手が出す瞬間が狙い目。


「グー」を出すつもりなら拳を強く握るはずで、「パー」ならそれと反対に全指が開きかける。「チョキ」の時は中間を取れば良い。


 出すタイミングが遅すぎると相手に怪しまれるため、一瞬の観察のしすぎが命取りだ。

「じゃんけん、p、ポン」と一拍置くくらいがちょうど良い。


 相手も同様のことを考えていた場合はひどく不恰好な試合になるため純粋なる運ゲーに持ち込むしかないが……。そんな人物はそういない。


 一対一の対戦において、この技術を用いて瑞樹は狙った結果を出せなかったことない。


 それ故、わざと負けるなんてことも造作もない訳で。


「瑞樹が乗るとか珍しいな。俺もさんせーい!」

「同じく賛成!」

「おっしゃ、決まりだな。いいんだな? 約束は約束だ!」


 一対一のじゃんけんと比べ、人数が一人増えるだけで成功率はぐっと下がる。ましてや四人で行うとなれば、難易度は単純な足し算では測りきれない。


 飛んでいる蝿二匹を同時に、片手ずつで捕まえるような動体視力と反射神経が求められた。いや、それよりも難しいかもしれない。


(確かこいつら、全員初手はグーで統一されていたよな)


 だが、相手は学年でも群を抜いて思考が単純である。

 事前に情報を知っていれば予測はずっと易しい。特にこの場合は、グー以外を出さないかな確認だけで十分だ。

 他のものに変えてきたら、その時に変えれば対応できる。


「じゃ、始めるぞー。じゃーんけーん……」

「「ぽん!」」


 過去の例にもれず、お馬鹿トリオはみんなグー。そしてそれを読んだ瑞樹は、見極めるまでもなく当然のようにチョキ。


「あー、あっぶねぇ! 俺チョキを出そうか迷ったんだよ!」

「でもすごいな、あいこなしで決まるなんて」


 終わりかたとしては瑞樹の一人負けだが、これも狙って出した結果。


「まじか、一人負けだ」

「よぅし、頼んだぞー」


 精一杯悔しい思いをしているという演技をしつつ立ち上がる。

 望んだ形過ぎて笑いたいの必死にこらえていた瑞樹は、肩を落とし喜多嶋達に背を向けるとついにこらえきれなくなり、しかし表情だけは崩さなかった。

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