現代病床雨月物語   「司馬遼太郎氏が 書かなかったこと(その三)」

秋山 雪舟

第三十一話「司馬遼太郎氏が 書かなかったこと(その三)」

 司馬さんは大阪府東大阪市に住んでいました。現在ではその場所に司馬遼太郎記念館があります。大阪府の登録博物館です。私も一度訪れましたが司馬さんの蔵書の数の多さに圧倒されました。私はその本の多さを観て疲れたので記念館内の喫茶コーナーに行きコーヒーを注文しました。そのコーヒーがとても美味しかったのです。私の勝手なイメージですが作家といえばコーヒーとセットのように思っています。この博物館は司馬さんの蔵書と喫茶コーナーのレイアウトがとても調和していて理に叶っていると感じました。

 司馬さんのペンネームである「司馬遼太郎」は中国の偉大な歴史家「司馬遷」から名付けたとしています。「司馬遷」に遠くおよばない(遼・はるか・遠い)日本人の男性(太郎)として「司馬遼太郎」と名付けたそうです。しかし私は、記念館の蔵書を観た時に「司馬遷」に近づき、または凌駕したのではと感じました。

 こんな司馬さんが自分の身近な河内・摂津のキリシタンの事を書かったのには何か謎があるように思うのです。

 大阪において戦国時代に登場する自治都市の堺はキリシタンと密接な関係がありました。また多くの人が堺を戦国時代の先進地域として認識しています。堺だけが存在したのではなく堺に隣接した大阪河内の平野地区も同じく自治都市で先進地域でした。京の都から摂津・河内そして堺へと続く先進地域の道が文化や経済の発展に大きく関係していました。堺の発展はこれらの周りの存在なしには考えることは出来ません。またそれと同時に京都から堺を結ぶライン上には多くのキリシタン信者が存在し新しい価値観が生まれ今までの日本人が体験した事のない自由な雰囲気が誕生したのです。現在でも大阪人の気質を一部ではラテン系と言われるのはこの時の体験が今でも受け継がれていると思われます。しかし私は、この気質の最も古い歴史は聖徳太子の時代にシルク・ロードによるギリシャ・ローマの文化が大阪の四天王寺や奈良の飛鳥(明日香)に伝わった事から始まったと考えています。

 なぜ司馬さんが「街道をゆく」で長崎や島原を取り上げても近畿のキリシタンの事を深く取り上げなかったのか謎であります。近畿のキリシタンの事を取り上げないことが日本の歴史教育の欠点をあぶり出していると思っています。日本の歴史教育について巷でささやかれるように現代史はあっと言う間に終わってしまうので一番知りたくて一番重要で自分達に密接に関係している歴史にはふれないような構図だからです。

 私が考えた事は、司馬さんは知っていたがそれを書くためには多くの時間と体力が残されていなくて間接的に表現することによって未来に託したのであります。その作品が「この国のかたち」だと思っています。

 織豊時代=安土桃山時代までは近畿地方が日本の経済・文化の中心でした。しかしそれに続く徳川時代=江戸時代から日本の中心を江戸に持っていく政策をして近畿の影響力を低下させたのです。それに続く明治政府は天皇まで江戸から東京に変わった東京に遷都させました。徳川政権の影響力を取り除くために江戸城に天皇家を迎え皇居としたとしていますが実はそれだけではなくもっと深い考えのもと行われました。それは長い歴史のある近畿、そして幾度も近畿内で遷都が行われたり、武士勢力が群雄割拠し宗教勢力の栄枯盛衰も行われた近畿地方を最も恐れたからなのです。明治維新の為政者達は、徳川政権の復活を恐れました。それと同時に常に歴史の変化や変革の先頭を走ってきた近畿地方に天皇家が存在続ける事を恐れたのです。ですから公家勢力も冷泉(れいぜい)家だけを京都に残し留守番役としました。それ以外の公家は東京に移させたのです。

私がキリシタンの事に対して何故関心を持つのか、それは知りたいからであり平和であってほしいからです。日本はこれまでの歴史の中で三度もキリスト教に対して間違った対応をしました。一度目は戦国時代末期に始まる弾圧であり、二度目は明治維新以後も続けた弾圧であり三度目は太平洋戦争(第二次世界大戦)前から続くキリスト教への弾圧です。これらを知ることこそ平和に近づく確実な一歩の前進だと思うからです。皆さんはどう思われますか……。

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現代病床雨月物語   「司馬遼太郎氏が 書かなかったこと(その三)」 秋山 雪舟 @kaku2018

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