第300話 お手製の人形

「どうしたんだ、ネリネ? 先程から何やら思い悩んでいるとも、悲しいとも言える顔をしているようだが……何か悩み事でもあるのか? あるなら、相談に乗るぞ」

「あっ……」


 先程まで過去の自分を振り返り、激しく後悔していたものが顔にも出てしまっていたのか、ネリネはデュランからそのように心配されてしまっている。


 彼に声をかけられ、そのことに気づいてしまうが、既に時遅しであった。

 ここから「何でもない」などと口にして、誤魔化すわけにもいかない。


 彼はそのような心の機微にも敏感だ。

 すぐにもそれが嘘だとバレてしまい、逆に自分に対する心配を助長させることになってしまうかもしれない。


 そう思った彼女は少し間を置いてから落ち着き払い、こんな言葉を口にする。


「少し、昔のことを思い出していまして……両親のことです」

「両親の……そうか」


 彼に具体的に自分の両親についてを話したことはなかった。

 けれども、彼はそれ以上何も聞いてくることもなく、何かを納得するように一度頷いただけだった。


 自分の母親が病で臥せっていることは彼も知っている事実であるし、また父親が居ないことも知っているに違いないだろう。

 それでも彼は両親について詳しい話を自分から聞きだすことはなかった。


 それが彼自身の優しさであり、相手が悩んでいればいつでも親身になって相談に乗ってくれる。

 以前も薔薇売りと母親の病気について話をしただけで、彼は自分の働き口とともに母親に飲ませる薬を買ってくれた。


 それは彼なりのさり気ない気遣いであり、またその恩を立てに対価を求めてくるわけでもなかった。

 そんな優しい彼だからこそ、自分も他の女性達も彼に心を寄せているのだろうとネリネは思っていた。


 そして彼が選んだのはリサだった。

 自分が選ばれなかった致し方ない面もあったが、せめてその幸せの輪の末端でも良いから加えて欲しいと彼女は思うようにもなっていた。


 しかし、先に思い悩んでいたこともある。

 彼へ心を寄せながらも、本音を言えば受け入れられることが怖かった。


 その恐怖心と相成って彼が与えてくれるであろう幸せを失う怖さを思えばこそ、何も行動に起こせずに現状を維持することが精一杯。

 結局のところ、自分は臆病な存在だと思い知らされるのみだった。


「その……最近の母親の具合はどうなのだ? また薬が足りないようならば、いつでも言ってくれていいからな」


 沈黙を嫌ってか、デュランが聞きづらそうな顔をしながらも、母親の最近の病状について聞いてくる。

 きっとそれが彼にできる精一杯なのかもしれない。ネリネは改めて彼の優しさに触れ、思わず泣き出してしまいそうになるのを必死に堪えると、彼が望んでいるであろう表情とともにこんな言葉を口にする。


「デュラン様のおかげで母もすっかり良くなって、ベットから起き上がれるようになりました。最近では母の唯一の楽しみだった裁縫もしているくらいなんですよ」

「そうなのか? それは良いことだ。ネリネ、良かったな!」

「はい♪」


 そうネリネは笑顔で答えると、彼も笑顔で胸を撫で下ろした。


 実際、デュランから受け取った肺に効く薬とリンゴのおかげなのか、ネリネの母親は日に日に良くなっている。だが、元々体があまり良くなかったことと長年に渡り臥せっていたためか、体力と筋力が衰えてしまい、まだまだ本調子とはいかない。


 けれども最近では一人でもベットから体を起こせるようになったし、趣味だった裁縫ができるまで回復している。

 後は少しずつ体を慣らし、体力を付けていけば以前と同じように外を歩けるようになると、医者からは言われていた。


「あっ、そうですそうです。母がせめてもの感謝の印にと、デュラン様の人形を作ったんですよ。ほら、ここに今日から飾っていたんです。是非とも見てくださいませ」

「お、俺の人形をか? ははっ。それはなんともありがたいというか、光栄のかぎりだ。うん、見せてもらおうか」


 ネリネは思いついたように両手を合わせながら、母親が作ったというデュランに似せた人形を置いているテーブルへと案内する。

 デュランは自分の人形を作ってくれたことに気恥ずかしさを感じつつも、それを見せてもらうことにした。


「ほぉ、これなのか? それにしても良く出来てるじゃないか! まるで店に並ぶ売り物のような質だな。うーん、隅々までしっかりと再現されてて、なんだか嬉しいやら恥ずかしいやらだな」

「デュラン様にそう言っていただければ、母もきっと喜びます♪」


 ネリネは母親が作ったデュランの人形をデュラン本人に褒められると、まるで自分のことのように喜び笑顔となっていた。


 その人形は手の平サイズでありながらも、しっかりとした作りをしていた。

 デュランの特徴でもある銀色の髪に、上から爪先まで黒を基調とした衣類。それにマントやブーツにまで一つ一つ丁寧なまでに再現され、精巧に作られている。


「これで趣味なのか? いやぁ~、ほんっとにプロ顔負けな仕上がりになっている。だが少し気になったのだが……この人形は何故ニヒル・・・というか、偉そうというか自信満々な表情をしているのだ? それに人形ながらも腕組みをしている。人形というのは可愛らしいものを作るものなんじゃないのか?」

「ふふっ。私が母にデュラン様の特徴をつぶさに話しましたので。普段のデュラン様、そっくりに作ってもらったんです♪」

「むむむっ。ネリネから見れば、俺は普段このように映っているのか。自分の顔をこうした人形として見ることなんて無かったから、何とも言えぬ不思議な感覚だよ」

「細部まで再現していますからね。これは手の平サイズの人形ですが、母ならばデュラン様と同じ背丈の等身大サイズの人形も作る気になれば作れると思います。この人形よりも本物の人らしく見えるでしょうし、きっと遠目では一目で人形だとは気づけないでしょうね♪」


 ネリネは嬉しそうに人形についてを語りだした。

 自分の母親が唯一と言って良いほど、誇れるものだったに違いない。


 彼女の母親は何の能力も無かったが幼い頃から祖母に教えられ、刺繍ししゅうたしなんできた。その腕があればこそ、このような人に似せたそっくりの人形を作るのはお手の物らしい。


 デュランはその道こそがネリネの母親が進むべき道なのではないかと思うようになっていた。

 だが今は彼女の体調が完全に回復するまで、そのことを口にすべきではないと敢えて娘であるネリネには伝えることはなかった。

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