第185話 目先の利益

 それから二ヵ月の時を待たずして、デュランの『株式会社トルニアカンパニー』は証券所への上場を果たすことになる日がやって来た。

 通常であれば厳しい審査を経て、なおのこと最低でも半年または1年という月日が必要となるわけなのだが、そこにはルイスの思惑はもちろんのこと、公証人であるルークスの思惑までもが絡み合い、本来不可能であった事案を可能へと変えてしまった。


 それでも既存の大企業から見てみれば、とてもちっぽけなものに過ぎなかったが、デュランにとってみれば大きな一歩と成り得たに違いない。


 そうして証券所に新たな会社の株式が上場された。

 その名は『株式会社トルニアカンパニー』。業種としては『鉱山』に値し、主に採掘できる鉱物資源は『岩塩』である。


 まだ採掘し始めてから日は浅かったが、事業主であるデュランには海水を用いる必要性の無い製塩所も持ち合わていたため、それらに対する期待と庶民への影響は計り知れないものがあった。よって特例的に創業開始から僅か1年足らずという期間での異例な上場であった。


 売り上げと利益こそ大きく目立つ物ではなかったが、別会社である製塩所では確実に利益を生み出す手堅い会社として、証券所に出入りしている投資家達からは思われていたのだ。また鉱山から齎される鉱物資源の岩塩も国内だけに留まらず、近隣諸国に関してみても慢性的な塩不足のため、興味を惹くには十分である。


 そうした中、トルニアカンパニーの株は公開時に一株あたりの値で銅貨50枚程の初値を付けている。

 他からみれば著しく低いと言えるのだが、社会的に見ればまだまだ無名の会社なので、それも致し方なかったと言える。


 デュランはとりあえず手始めとして株式を金貨3000枚ほどにあたる60万株分ほど発行することにした。そしてすぐさま自分の持ち株である全体の持ち株比率にして一割ほどにあたる6万株分、そのすべてを彼は上場当日に売り払ってしまい、新たな資金として金貨300枚を確保することに成功する。


 もちろんそれは利益の確保という成功ではあったのだが、彼は持ち株をすべて売り払ってしまったことは、一見すると危険極まりない行為と言えることだろう。

 だがしかし、そこには確かな考えがあっての行動であると同時に金貨300枚とはいえ、いつも資金の工面に困っていたデュランにとっては大金であった。


 それに付属する形で鉱山と製塩所からの収益も合わせると、金貨にして数千枚の資産価値を持ち合わせることになる。ここから更に資金を貯え近隣にある廃鉱山を買収することも出来るだろうし、それに伴って採掘できる鉱物資源の下、次の加工工程である製鉄所または精錬所の立ち上げをしても良いだろう。


 もちろんこれまでと同じく岩塩のような鉱物資源の採掘だけでも十二分に儲かるのだが、買収することで岩塩以外の鉱物、銅や錫などを採掘することができれば岩塩の精製時と同じく加工業者を通さず、自ら加工して材料や製品として世に送り出せば、その利益が膨れ上がることはまず確実と言ってもよい。そしてその果ては、ルイスがしているような鉄鋼業やその他異業種へと手を伸ばすことも視野に入れることが出来ることになるわけである。


 だがそれでも証券所を通して市場へと流通しているトルニアの株式総量はデュランの分を含めても、僅か二割にあたる12万株程度でしかなかったのだ。


 残りの株は創設時に出資していた株主達が持ち合わせていることになるわけなのだが、株主達はデュランのように持ち株すべてを売るような愚作的行動はすぐには取らず、むしろ彼に分け与えた分と市場との流通量を見れば極僅かな量しか流通していないとも受け取れる。


 それもルイスの計画の一部であり、また初めて企業が上場する際には、必ずご祝儀相場というものが存在するわけだ。


 皆、目新しい株に興味を持つためにその会社の株が買われることが多く、株価は上がり基調となり得る。

 そこでデュランのように株を売却すれば売却益が増え、着実に利益を確保することが株を持つ者の利得でもある。


 特にデュランの出資者のように上場前に株を持っている者ならば、当然額面以上に値上がりすれば利益確保の思考から全売りしても不思議ではなかったが、それは同時に第三者への持ち株比率を増やす結果となり、後々買収する弊害となってしまうかもしれない。だからこそルイスは当分の間は株主達にあまり持ち株を売らないようにと、事前にそのような指示を出していたわけだった。


 そのおかげもあってか、トルニア株はあまりに市場には出回っておらず、デュランの持分すべてを売却しても株価の変動はあまり起きなかった。


 それとは別に株売買の取引において売り時と買い時というものが存在しており、それを見極めることと決断力が何よりも重要になってくる。常に冷静な判断を持ち合わせ、市場の先の先を読むことこそが株式における絶対的な勝利の条件でもある。


 ルイスの父親であるロス・オッペンハイムが株取引で大儲けしたのと同じく、彼自身、自分にもそのような才能があると思いこんでいた。


「なに? デュランの奴はせっかく持ち株を株主から得たというのに売り払ってしまっただと?」

「ええ、それも上場するや否や、すべて売却してしまったそうです」

「くくくっ。目先の金に眩み、大金を得ることを選択したのか。どこまでも愚かなのか……いや、待てよ。あの・・デュランがそんな愚考を自ら犯すものなのか? それとも何か別の思惑、もしくはそれ自体に裏があるのか……」


 ルイスはリアンからそんなデュランの近況報告を受け、一瞬喜びはしたのだが、それと同時に何かが可笑しいと気づいてしまった。

 そして自分の父親が過去にした業績である株の全売りして、周りの株主達と駆け引きしていたのを思い出してしまう。


 当然のことながら、自分の会社にも関わらず株をすべて売却するとは不自然なこと極まりない。

 だが、ルイスも知っているようにデュランの資金は決して潤沢であるとは言いがたかったのも事実。


 それが何らかの意図があるのか、それとも目先の大金を得るための行動なのか、ルイスにはリアンのその報告だけでは判断がつかなかったのである。

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