第186話 言葉尻

「それでリアン。証券所ではデュランの株……いや、トルニアの株の値は今いくらになっているのだ?」

「株価ですか? 確か初値を割り込むほどだったかとも……。あ、そうですね。トルニアの株式は一株当たり銅貨48枚ほどになっていますね」

「銅貨にして48枚か」

「買い占めるには、まだ少々高いでしょうかね?」

「……だな」


 リアンは意味深にもトルニア株の株価を呟いた主であるルイスに対して、買い占めるかどうかのお伺いを立てると、彼もリアンの意見に賛同するように今はまだ買占め時ではないと頷いた。

 なんせルイス達の手中にはトルニアの株式総量の大半を持ち合わせているあの株主達が手札としてあるため、その株式すべてをいつでも自分の意思一つ示すことで、即座に売却することができ値崩れを誘発的に引き起こせるわけである。


 だがいては事を仕損じると言われているとおり、何事にもタイミングというものがある。

 それにデュランが持ち株すべてを売却したことも気がかりとなって、彼は疑心暗鬼に陥ってしまっていたのだった。

 

(デュランの奴は一体何を考えているのだ? 何か裏があるのではないか……。それとも本当に資金を得るため、株を全部売り払ってしまったのか? だがしかし、奴がそのような愚かな真似事をするであろうか? もしこれがケインだったならば、話は簡単なのだが……)


 ルイスは裏付けなくして行動を起こせないほどの慎重派であったが、それと同時に自ら何かしらの行動を起こさねば事態が動かないことも知っていたのだ。


 だがルイスはデュランよりも先に先にと仕掛けたはずなのに、今では後手後手に回されてしまい、まるでデュランの手の平で踊らされているような錯覚まで覚えてしまっていたのだ。

 もしここでその違和感を信じることで次への行動を起こさなかったら、もしくは慎重に慎重を期して調べ上げた上で行動さえすれば、この後に待ち受けている痛手を負うことはなかったかもしれない。


 だが、そこはルイスと言えども人であるが故の欲が顔を覗かせてしまう。

 そしてそれはリアンが問い促す形として、刺激されてしまうのであった。


「ルイス様、それではどういたしましょうか? 私としては銅貨45枚あたりが境目かと考えておりますが……ルイス様?」

「あっ? あぁ、それならばリアンの言うとおりにすることにしよう。トルニアの株価が一株あたり銅貨45枚になったらあの株主の連中に指示を出し、持っている株すべて売却させろ。その後、リアンが指揮を取りつつも第三者を間に噛ませ、トルニアの株を買い占められるだけ買い占めるのだ。金に糸目はつけなくていいからな!」

「私が申しておいて、なんですが……一株銅貨45枚で本当によろしいのでしょうか? もう少し下がるのを待つというのも手なのでは?」

「いや、証券所に出回っている流通量が少ないため、これ以上トルニア株が下落することは期待できないはずだ。それにこちらから何らかの動きを見せてやらねば、デュランの動向を推し量ることもできやしない」


 ルイスは自ら動くことで、デュランの動向や考えを探る一手に動くことにした。

 結局のところ上場されている株さえ買い占めてしまえば、いくら彼にアイディアがあろうとも無駄に帰すとの考えの下、そしてどんな罠が用意されていようが食い破れるとの自身からルイスはそのように指示を出した。


「なるほど……。ですが安価である株式とはいえ、証券所に上場されている株、そのすべてを買い占められるだけ買うというのは、さすがに無謀な計画なのではないでしょうか? 金額にしましても、最低でも金貨3000枚はくだらないと思いますし、何より私が思うにあまりにもリスクが高いように思えるのです」

「だがこの場でいくら考えても、奴の思っていることやしようとしていることの理解できるわけではない。リアン、構わないからお前は指示通りにしていればいいのだ!」

「そうですか……はい、畏まりました。それではルイス様のご指示どおりにすべて・・・そういたしますので……それではこれで」


 リアンはこれ以上言葉を弄してみても主である彼が意見を変えることが無いと判断すると、頭を下げ部屋から退出した、

 そしてさっそくルイスから指示を受けたばかりである『上場されているトルニアの株式、そのすべてを買い占める』ことにしたのだ。それも先程彼が口にした『金に糸目は付けず……』という言葉も含めてである。


 奇しくもルイスがそんな指示を出してから数日の後、彼のその勘は悪い方へと当たってしまうことになるのである。

 それはデュランの行動はもちろんのこと、先程自分がリアンに向かって口にしてしまった言葉も引き金になってしまう。


 これこそが狡猾なまでに策を弄するルイスを出し抜くデュランの一手であり、それと同時にデュランの名を国中の証券所は元より、国外の証券所に到るまでその名を知らしめることになる要因でもあったのだ。


 またトルニアの株主達とルイス側とは既に話が付いており、事前に打診したとおりにすれば投資するため、貸し付けていた貸し金も清算するとの約束を取り付けてもいた。

 彼らはそれで詐欺被害の損失を埋め合わせることができるが、同時にデュランのトルニア株をすべて売却してしまうことになる。


 それによって得られる利益は以前、デュランに出資していた分とほぼ同額程度であり、結局彼らが手にした利益としてはこの数ヵ月の間に岩塩の売買で齎された配当金くらいなものである。


 だがそれでも大損をせずに済んだだけでも、ありがたいことだったのかもしれない。なんせルイスの策略に嵌められ、モルガンの詐欺であった投資話にまんまと乗ってしまい、彼らは危うく返しきれないほどの借金を背負ってしまうところだったのだから、むしろ幸運と言っても差し支えない。


 だがしかし、これで彼らはルイスはもちろんのことデュランの信頼までも裏切ってしまい、もう事業家としての拠り所を見失うまでになってしまうことになるのであった。


 そしてそれはデュランがこの後、この国の経済でさえ支配する存在へと育つことになろうとは、彼らでさえ夢にも思ってはいなかったのが一番の失敗であるかもしれない。

 もしルイスの申し出を断りトルニアの株を持ち続けていたならば、そこから受けられる恩恵は計り知れないほど莫大な富へとなっていたことは言うまでもなかった。


 目先の欲に目が眩む人間は何事においても成功するはずがない、ということはこれまでの歴史が証明している。

 彼らがそのことに気づくのは、デュランがルイスから莫大な利益を奪い去った後になることだろう。

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