第121話 鉱山での落盤事故

 時に人の運命とは皮肉なものである。


 デュランがレストランの仕事を終えいつものように自分の鉱山へ向かうその途中、トルニア鉱山の坑道で落盤があったのだと街行く人伝に聞かされた。


 最初は普段労働者達が作業をしている場所よりも更に下層付近で起きた落盤だったため、犠牲者は居なかったと言われ、デュラン自身も心のどこかで油断しきっていたのかもしれない。


 いざ鉱山について現場を監督しているアルフから聞かされた話では、彼が管理する労働者全員の無事は確認できたものの、どうも労働者の一人が普段は立ち入りを禁止されている下層へと降りていくケインの姿を見かけたらしく、依然として彼の行方は不明のままだった。


 ケインは労働者がいつも採掘をしている場所で作業を手伝っていたらしいのだが、時折一人で何かを探すような単独行動を取っていたとの話。

 そして今日は間の悪いことに誰一人とケインの傍には付いておらず、彼自身も他の労働者達に知られたくない様子に見受けられたらしい。


 当然デュラン達はケインを探すため、下層奥深くへと決死隊を数人引き連れて坑道内部へ潜るわけなのだが、そこはデュランの父親の代からある古くからの坑道であった。

 数十年以上の長きに渡って放置されてきた坑道内部では、壁を支えるための支柱が金属ではなく木製であり、湧き出る地下水や湿気によって腐っている場所もあるほど。


 そのように危険な場所だからこそ、デュランやアルフは普段から立ち入り禁止区域にしていたのだが、ケインは労働者という立場ではなくデュランと同じ共同経営者という立場であるため、共に働いていた労働者達とはいえ、誰も彼に異議を唱えることはできなかった。


 そんな彼の立場と冒険心が災いし、今回のような単独行動を許してしまい、結果として落盤事故に巻き込まれてしまったことをデュランは激しく後悔した。


 そうしてデュラン達がようやく落盤のあった場所へ辿り着くと、そこは坑道内部でもより古く足元には地下水が溜まり、とても狭い場所だった。


 所々落盤によって天井から崩れ落ちてきた大きな石が見られ、デュラン達はそれを退かしつつ持ってきていた木の支柱で壁を支え、落盤に気をつけながら探索を続ける。

 循環が無いため澱んでいるのか、やや黒みがかった水は足首辺りまで達している。


 更に奥へと進むと水は引き、やや開けた場所が現れ地面に横たわっている捜し求めていた人物を発見した。


 それは横たわったケインの姿だった。


 特にこれといった外傷は見受けられなかったが、彼は既に息をしていなかった。


 アルフの話では途中であった落盤から逃れるため、鉱山の奥へ奥へと逃げているその最中に酸欠不足になったのだろうと話す。

 確かにここに到る道中で何度も道が大きな壁石によって塞がれ、外と切り離されていたのをデュランも思い出した。


 坑道の奥へ行けば行くほど、地表の酸素は行き届かなくなる。

 だから普段から蒸気ポンプに連携する形で、作業場へダクトで空気を送りながら作業をしていた。


 ケインが居たこの最下層部では、そうした配慮は一切なされておらず、また落盤によって道が塞がれてしまい、酸素が不足してしまっても何ら不思議ではなかった。


 デュランはズボンが汚れるのも厭わずに地面へと膝を着き、彼の横顔に手を当てることで、これが現実に起こったことなのかと肌で感じようとする。


 触れる右手からは人の温かさは感じられず、ただ冷たさが伝わるだけだった。それでもまだ触れる頬は柔らかく、今すぐにでも彼が生き返り起き上がるのではないかとの思いを抱いてしまうほどに。


「ケイン……」

「…………」


 デュランはケインの名前を呼ぶが、当然その返事は無かった。

 

 彼はまるで寝ているかのようにとても穏やかな表情を浮かべている。

 デュランにはそれは彼が微笑んでいるようにも思え、心の中でそれが彼への救いではないかと思ってしまうほどである。


 何故そう思ってしまったのか、デュラン自身も分からなかった。

 それでもケインの顔を見ていると、不思議とそう感じることができたのだ。


 そしてデュラン達は数人がかりで彼のことを坑道から運び出すことにした。


 ようやく外へ運び出すと、共に働いていた労働者達も皆一様に物言わぬ骸と成り果ててしまったケインをただ黙って見つめ、いつか来るであろう自分の未来の姿へと重ね合わせていたのかもしれない。


 ケインの遺体をシートが敷いた上にゆっくり丁寧に降ろすと、デュランはそっと彼の両目を瞑らせ両手をお腹の上に置き乗せる。


「ぐっ」

「デュラン……」

「……ああ、すまない」


 アルフが見るに見兼ねてそんなデュランの肩に手を置き、声をかける。

 デュランは見られないよう目元を指で覆うが、その隙間から冷たい一筋の光が今は冷たく眠るケインの顔へと流れ落ち、彼の頬を濡らした。


 それは地面に横たわっているケイン自身が泣いているかのような、そんな錯覚を覚えてしまう。


「…………ケインの家には誰か伝えに行ったのか?」

「……いいや、まだだ」

「そう…か。マーガレットにちゃんと伝えなければ……あっ」

「おっと、大丈夫かよデュラン」


 デュランが立ち上がろうとしたとき、よろめき倒れそうになる寸前、アルフが彼の腕を引っ張り事無きを得る。


「何なら俺からマーガレットに話すか? その、お前の口からは言いにくいだろ? 俺なら既に嫌われてるから、代わりに言ってやっても……」

「……いいや、それも俺の仕事だ。責任は……果たす」

「デュラン……あっ、おい!」


 デュランは鉱山で落盤があり、ケインが亡くなった事をマーガレットに伝えるため、ケインの家に向かうことにした。


 その足取りはどこか覚束無おぼつかない死人のような歩き方であり、その後ろ姿を見送るアルフは不安を覚えてしまう。

 アルフは思わず声をかけてしまうのだが、村へと歩みだしているデュランから反応が返って来ることは無かった。

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