第111話 リサの心配

「う~ん、これは困ったことになったぞ」


 ケインがデュランの鉱山で働き始めてから早数ヶ月があっという間に過ぎ去った頃、デュランは目の前に置かれた一冊のノートを前にして腕を組みながらとても頭を悩ませていた。

 そのノートの表紙には総勘定元帳と書かれている。


 総勘定元帳そうかんじょうもとちょうとは、その名の通りデュランが持つレストランや鉱山から入る収益はもちろんのこと、材料費や人件費それと消耗品などの支出が名目ごとに分かれ事細かに書かれている。

 またそこには名目や日付だけでなく具体的な数字も書かれており、デュランは計算しながらその合計を見てしまい、笑うに笑えない状態になっていたのだ。


「このままだと来月には資金が底をついて、ウチの鉱山も閉鎖しなくていけなくなる。そうなれば今ウチで働いている労働者達も全員が全員を解雇せざるを得なくなってしまう。どうにかそれだけは避けなければ……」


 ……というのもデュランが所有しているトルニア鉱山からは未だほとんど何も産出されず、僅かばかりの鉄鉱石が取れるだけで利益と呼べるものなど無いに等しかった。


 当然そんな経営状態なので利益を残すどころか、逆に資本金まで食いつぶしていた。それは出資者から出資して貰った意に背くことでもあり、利益の分配どころか大損させてしまっている。

 それは出資者も理解しているからこそ、今日に至るまで何も言わなかったのだろうが、さすがにこのまま何の説明をしなくて済むような話ではない。


 これからの鉱山へ経営の在り方や費用の削減、そしていつになれば結果が出せるかをハッキリと出資者達へ説明しなければならないのだ。

 既に出資してくれた資金を返すことは出来ないが、もし彼らを言葉巧みに説得できれば更に出資してくれる可能性はあるかもしれない。


 株主総会を明日に控え、デュランは出資者にどう説明すればいいのやらと考えていたのだ。


「あれ? お兄さん……まだそこに居たの?」

「ん? リサか。あっ、いやこれはそのぉ~……」


 背後から声をかけてきたのはリサだった。

 右手には足元を照らす小さな蝋燭皿を持ち、二階から降りてきたようだ。


 デュランは会社を持っているとはいえ、名ばかりなので新たに事業所を借りられるだけの資金はなく、当然事務仕事をする執務室なんてものはなかった。

 だからこうしてレストランの営業が終わると店のテーブルの片隅を借りて、いつも各事業についての書類仕事をしていたのだ。


 尤も事業なんて呼べるほど大それたものではなく、小さな街のレストランと潰れかけの鉱山だけなのでもはや家業と呼んでもいいくらいである。

 それでも一応鉱山のほうは『株式会社トルニアカンパニー』と銘打ってはいるので、あくまでも事業かもしれないが。


「もしかして鉱山のほうが上手くいっていないの?」

「うっ!? あ、ああ……そのとおりだ」


 さすがに一つ屋根の下で一緒に暮らしている手前、リサに隠すことも出来ないのでデュランは気まずそうに顔を背けながらも頷いてみせた。


「そっか。そう……なんだ。ちなみにあとどれくらい保ちそうなの?」

「……よくて、来月末までってところだな」


 リサは直接デュランの鉱山には来た事はないので現状を知らない。

 この場を凌ぐため、嘘をつくこともできるがデュランは聞かれるがまま素直に鉱山経営の現状を口にした。


 嘘はその場は凌げても後々尾を引き、足枷となることをデュランは知っていたのだ。

 それにリサに対して嘘をつく気にもなれなかったのが本音なのかもしれない。


 実際レストランには街で働いている人が食事に来るため、意図せず様々な情報がそれこそ毎日のように耳に入ってくる。

 今日話さずともデュランが所有している鉱山の話は、遠からずリサの耳まで届いていたに違いない。


「ほんと、情けないよなぁ~。あんな大見得切ったってのに、来月には働いてくれてた人達を全員解雇しないといけなくなるんだ。ははっ……リサも今の話を聞いて、俺のこと情けないと思ったよな?」

「んーんんっ。全然そんなことないよ。だってお兄さんは頑張っているもん」


 愚痴を零すかのようにリサに向けてそんなことを口にすると、リサは首を横に振って否定した。


「そんな、俺に気を遣う必要なんて……」

「嘘じゃないもんっ!!」

「り、リサ……」


 突如としてリサはこれまで聞いたことのないような大きな声を出したため、デュランは驚きを隠せずに動揺からリサに気負されてしまい、後ろへと仰け反り思わず椅子から落ちそうになってしまった。

 それでもどうにかテーブル上に乗っていた右肘で、必死に体を支え床へと落ちることはなかった。だがリサはそんなことはお構いなしにデュランの元へと詰め寄ると、こう言葉を口にする。


「だってだってお兄さん、お仕事頑張ってるもん! 鉱山の仕事だって本当は今でも人が多いくらいなのに、それでも困っている人がいるからって一人でも多く雇ってたよね? そんなこと普通の人は……んんーっ、どこの貴族や鉱山主だってできないよ! 他の鉱山なんて働いた分だってまともに払って貰えないし、いつ止めさせられるかも分からない。下手をすればその日の朝に解雇だって言われちゃったりして、それにそれに……」

「リサ……お前、いつの間に……」


 それはデュランがリサに聞かせたことの無い話だった。

 デュランが所有している鉱山の経営状態についての苦労話を聞かせ、これ以上彼女に心配させたくは無いという気持ちもあったため、話したことはなかったのだ。


 きっとリサはアルフから鉱山の現状を事前に聞いていたのかもしれない。

 でなければ、デュランの鉱山が人員過剰だというのに余計に人を雇い入れているということをリサが知ってるわけがなかった。

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