第61話 リンゴの味

「ただいま。今帰ったぞ」

「あっ、お兄さんだ。一体どこに行ってたのさっ!」

「そうだぞデュラン。いつまでもお前が帰って来ないから俺達みんなで心配していたんだぜ!」


 デュランが外出から戻ると、すぐに彼の姿を見つけたリサとアルフが揃って苦言を口にする。


「デュラン様、おかえりなさいませ。あら、その胸に抱えている紙袋の中身は……リンゴですか? それもたくさんの」

「ただいまネリネ。ああ、帰る途中で偶然店を見かけてな。ついたくさん買ってしまってな」


 そんな二人とは対照的にネリネはふんわりと微笑みながら頭を下げ、帰ってきたデュランへ出迎えの挨拶をする。

 そして彼が胸に抱いている袋を見つけると、そこから顔を覗かせている赤色が目立つリンゴへ目を向けた。


「ほら、リサにアルフ。リンゴでも食べて機嫌直せよ」

「ぅぅっ。ぼ、ボクはそんなにチョロくないもんね!」

「お~っ! こりゃ美味そうなリンゴだな……んっぐっ。甘くてうめぇっ!」

「あ、アルフっ!? う、裏切りもの……ぅぅっ」


 デュランが二人に向けリンゴを差し出すとリサは物欲しそうにしながらも、食べ物で釣られたくはないと腕を組みそっぽを向いてしまう。

 だがそんなリサとは対照的にアルフは難なくデュランの手からリンゴを受け取ると、胸元で表面を磨きそのまま皮を剥かずに齧り付いた。


 美味しそうにリンゴを頬張るアルフに向け、恨み辛みのような声と共にリサは唸り声を上げている。


「ほ~ら、リサ。甘くて美味いぞ~」

「い、いらないよ!」

「はぁ~っ。まったく……強情なヤツだな。なら、ネリネはどうだ?」


 デュランは再びリサに向けてリンゴを差し出したが、またもや拒否されてしまい彼は溜め息をついて呆れながらにネリネへ声をかけた。

 

「私もよろしいのですか? では……」

「うん? どうしたんだネリネ? そんなにリンゴを見つめて……あっ、もしやどこか傷んでいたのか?」


 ネリネはデュランからリンゴを渡されると、何故か見つめるだけで一向に食べようとはしなかった。

 デュランは渡したリンゴが虫食いや傷みを生じていたのかと心配する。


「あっ、いえいえ。実はそのぉ~、食べ方と言いますか……」

「ああ、そっか。まぁ食べ方というか、リンゴは皮のままでも食べられるぞ。ほら、アルフのヤツを見てみろよ」


 そう言ってデュランは皮を剥かずに丸齧りしているアルフを横目に指差した。


「あっははっ」

「ま、まぁ女の子にはアレを真似するのにはちょっとばかしキツかったかな。厨房に行ってナイフ、持ってくるか?」

「いえいえいえいえ、そんなデュラン様のお手を煩わせるだなんてとんでもないです! 郷に入っては郷に従え……ちゃ、チャレンジしてみます!」


 デュランはネリネを女の子として気遣って厨房からナイフを持ってこようとしたが、すぐに彼女から止められてしまった。

 そして彼女は意を決してアルフの真似をしてリンゴへと齧り付いた。


「あ、あ……むっ。んっ……とても甘酸っぱいです♪」

「ふふっ。そうか、それは良かったな。あっ……」


 デュランはリンゴを美味しそうに齧り笑顔になっているネリネを微笑ましく思いながら眺めていた。

 だがふとリンゴを両手で持っている彼女の手を伝ってリンゴの果汁が垂れていき、今まさにスカートへ落ちようとしているのが彼の目に留まってしまった。


 そして何を思ったのか、デュランは咄嗟の判断反射的に彼女の手を取ると滴り落ちそうになるその果汁へと口付けをした。


「んっ……ごくっ」

「でゅ、デュラン様っ!?」

「……いいからじっとしてろ。服に垂れてシミになってもいいのか?」

「ぅぅっ(照)」


 ネリネは突然のデュランの行動に対して戸惑いを隠せず腕を引こうとしたのだが、彼はそれを許さずに舐め取っていた。

 そのデュランにされるがままにされている行為が恥ずかしいのか、それとも丸齧りして果汁を垂らしている無作法さに恥ずかしさを覚えたのか、ネリネは頬を赤らめながら彼の行為から目を離せなくなっていた。


「んっ? ふふっ♪」

「~~~~っ!?(照)」


 ふとした拍子に目と目とが合ってしまい、デュランは余裕を持って微笑むとネリネは声にならない声のまま更に顔を赤くしてしまう。


「あ~~~~っ!? お、お兄さん、ネリネに何してるのさぁ~っ!!」

「何ってお前……俺はただリンゴの汁が垂れそうになったから、吸っていただけだが? な、ネリネ?」

「はぅ(照)」


 リサはデュラン達がしている行為を目にすると、大声を張り上げながら詰め寄ってきた。

 だが当のデュラン本人は何食わぬ顔を続け、ネリネもまた見られてしまった恥ずかしさから動けないでいた。


「そういう破廉恥なことを昼間からしちゃいけないんだよっ!!」

「うん? そうなのか?」

「そうに決まってるでしょうがっ!!」

「そうか……なら、もしするなら夜ならいいのか?」

「す、するなら夜って……ぅぅ~~~っ(照)」


 リサの言い分にデュランがそう素のままで反論すると、彼女は何を想像してしまったのか顔を赤らめていた。


「ふふっ。リサは可愛いな。この程度のことで顔を赤くするなんてな。はははっ」

「あ~っ! お兄さん、もしかしてボクの反応が見たいがためにわざと言ったでしょ?」

「さぁ~てな。どうだろう?」

「もうっ!!」

「……そんな膨れるなって。もしや、俺がネリネにしていることに嫉妬しているのか?」

「~~~っ!? なななな、なに言ってるのっ! ボクがそんな……嫉妬だなんて……(照)」


 図星だったのか、はたまた自分がデュランにネリネと同じことをされている妄想をしてしまったのか、リサの頬はリンゴよりも更に赤くなっていた。

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