第59話 病に効く果物の正体

 それからデュランは薬屋に赴き、肺に効く薬を銀貨20枚分ほど買い入れた。


 最初こそ、店の主はデュランが薬の代金として金貨1枚を出してきたことに大層驚いた様子だったが、彼の背格好から貴族だと分かると、すぐに受け入れ店奥にある金庫から大量の銀貨が詰まった手持ち金庫を持ち出し、薬代金の釣り銭としての銀貨80枚を手渡した。


 またこの時代、この世界及び街においても金貨は大変貴重な価値を有しており、銀貨に換算すると実に100枚分ほどの価値となる。

 これがもしも普通の店ならば、代金として金貨を受け取ったとしてもそれに見合う釣り銭を用意できずに、そのほとんどから受け取ることを拒否されてしまう。それほどまでに金貨とは価値あるものなのだ。


 それと同時に庶民達にとってはとても縁遠い存在であり、そのほとんどが『金貨』という名の通貨の存在を知ってはいても、実際には見たことがないのが普通であった。

 何故なら手の平に乗るサイズのたった1枚の金貨で家族四人が1年間は食うには困らないほどの価値を持っている。むしろ銀貨すらも一度も目にしたことのない庶民がいてもおかしくはない。


 それほどまでに貧富との差が激しく、また一部の資本家達による労働者というある意味奴隷階級のような支配下に置かれてしまい、資本主義という言葉すらも知らずに生活しているのが現状である。


 その地獄ような淵から自力で這い上がるには、奇抜なアイディアもしくは並外れた頭の良さやどんな状況でも対応できるほどの機転が必要になることだろう。



「さぁさぁ、そこのお兄さん、新鮮なリンゴはどうだい?」

「うん? リンゴ? ああ、ここは果物屋か。一体いつの間にここにやって来たんだ……」


 デュランは薬屋を後にしてから頭の中で色々考え歩いていると、いつの間にか市場へと足を踏み入れていたことに今頃気づいた。


 そして周りを見渡すとどうやらもう店仕舞いの時間帯らしく、野外露店のワゴンは昼間のような活気はなかった。代わりにまだ売れ残りの商品を置いている店がポツポツっと、所々に見受けられるほどであった。


「もう今日は店仕舞いの頃合いだからね。今なら安くしておくよ!!」

「リンゴ……か。そうだな……」


 通りすがりにある果物屋の店主らしき中年女性からそう声をかけられ、デュランはワゴン前に並ぶリンゴへと目を落とす。

 目の前には真っ赤に熟した手の平サイズよりも少し大きく、見るからに不揃いな形や大きさがバラバラのリンゴが20個ほど並べられている。


(手持ちの残りは金貨が1枚と銀貨が80枚ほどか。だが、今この場に金があるからと言って、おいそれと無駄遣いするわけにはいかないよな……)


 大切にしていたネックレスと指輪を売ってしまったため、デュランにはそれなりの持ち金を有している。

 だがそれと同時にこれから店の経営や鉱山を再開させるための資金のことを考えると、その手持ちの持分ですら全然足りないほどであった。


「ほぉ~ら、こんなにたくさんのリンゴが入ってたったの銅貨2枚だよっ!」


 中年の女性は茶色の紙袋に余っているリンゴを全部詰め込み、デュランへと差し出しながら銅貨2枚と言葉を投げかけてきた。

 きっとこれだけが売れ残り、これ以上の客が見込めないと思ったため、少しでも値を安くしてデュランへ売りつけたいのかもしれなかった。


 そして最後に、中年の女性は未だ買うのを躊躇っているデュランに向けて後押しする一言を口にするのだった。


「それに昔から言うじゃないかね、リンゴは病に効くってね。特にお兄さんみたいに暗い顔をしている人はたくさんのリンゴを食べなきゃいけないよぉ~」

「病に効く?」

「ああ、そうさ」


 それはただの売り文句であったが、何故か今のデュランにはまるで魔法の言葉のように思えてしまっていた。


(確かに薬だけで良くなるとは限らない。ちゃんとした食生活が土台として成り立ってこそ、病も完治するというものだな。それに今店主が言ったとおり、リンゴは病に効くとも聞いたことがあるな)


「ちなみになのだが、そのリンゴは肺の病にも利くものなのだろうか?」

「んんっ? アンタ、若いのに肺を患ってるのかい?」

「いや、そういうわけではないのだがな」


 デュランの言葉が引っかかったのか、中年の女性は少し訝しげな顔をしてみせた。


「ふーん。でも最近なんだかそんな人が多いんだよねぇ~。この街全体で流行り病が蔓延する兆しでも……っとと。話が逸れちまったね。ああ、もちろんそうさ。肺の病だろうとなんだろうとちゃ~んと効くよ。なんせリンゴは万病の薬とも言うくらいだからね~」

「リンゴは万病の薬……か。ふふっ。なるほど……そのリンゴ、買った!」

「はいよ! まいどあり♪」


 中年の女性と話をしているうちに乗せられてしまったようにも感じとっていたが、デュランは「少しでも良くなるのであれば……」っとリンゴを買うことにした。  

 そして内ポケットから銀貨を1枚取り出すと、中年の女性へとリンゴの代金として差し出した。


「なら、これで……」

「あいよ……って、んんっ!? こ、これは銀貨じゃないかい? もしかしてこの銀貨でリンゴの代金を支払うつもりなのかい? これは困ったことになったねぇ~」

「んんっ? 何をそんなに困って驚いているというのだ? もしやこれが偽物の銀貨だとでも言うつもりなのか?」


 代金として差し出したはずの銀貨に対して中年の女性はとても驚いた表情をみせていた。

 デュランもデュランでまさか銀貨での支払いを拒否されるとは思わず、少し顔をしかめてしまう。

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