第29話 癒しを求めて

「さて……そろそろ俺も寝るとするか。じゃあなメリス、おやすみ。明日もよろしく頼むぞ」


 夜も深まってきたのでデュランはメリスに就寝の挨拶をすると建物の中へ戻ることにした。


「ん? 中に灯りが……リサかな?」


 そうして店の中へと戻ろうとしたそのとき、先程まで暗かったはずの店内に何故か蝋燭の明かりが灯っているのが目に入った。


 デュランは不思議に思いながらも、その光へと導かれるよう建物の中へと入って行った。

 

「あっお兄さん。お帰りなさ~い」

「ただいまリサ。もしかしてうるさくて起こしちまったのか? ごめんな騒がしくしちまって」

「うにゃ? 別にいいよいいよ。お兄さんを外で凍えさせるわけにもいかないしね」


 見ればリサが上半身だけ起こしてデュランが帰って来るのを待っていたらしい。

 デュランはメリスとの会話がうるさくて彼女を起こしてしまったのかと勘繰り謝罪すると、蝋燭の明かりに照らされているリサの正面に座った。


「それはそうとお兄さん、さっきは誰と話していたの? それに馬の鳴き声も聞こえたような感じするけど……」

「ああ、実はな……」


 デュランは今日会った出来事を彼女に掻い摘みながら話をした。

 リサは彼の話を聞き、とても興味深そうに頷いている。


「そっか。お兄さんには婚約者がいたんだ……」

だけどな。それで明日……正確には今日結婚式をするそうなんだ。それで今日は二人に店の掃除を任せっきりにしちまって……」

「いいんだよ。そんな大事なことなら仕方ないもんね。それにお店の掃除くらいならボクとアルフとでなんとかなったしね。それに後は二階部分の掃除が残ってるくらいだよ」


 デュランは申し訳なさそうな顔をしながらリサへと謝罪すると、彼女は少しだけギコチナイ笑顔を浮かべていた。


 リサの話によれば店の中の掃除は粗方終わり、残ったのは二階部分だけだそうだ。

 二階にはいくつかの部屋がありベットもあるらしいのだが、今日一日は一階部分の掃除だけで終わってしまったために二階の部屋部屋へやべやには未だ埃を被っているので、これまでと同じく店の床に藁を敷いて寝ていたとのこと。


 またアルフは家に残している妹や弟が心配なので日が暮れ始め掃除が一区切りしたら、さっさと家に帰ってしまったらしい。


「アルフは家族想いなんだね」

「ああ、昔からな。そういえばリサの家族は……」

「ボクの家族? ボクはずっと一人なんだよ……お兄さんもそれは知ってるよね?」

「あっ……わ、悪い。なんか変なこと聞いちまったよな」


 デュランはそこでリサがラインハルトの名を騙っているのを思い出した。

 最初は自分達に取り入るため嘘をついているのだと思っていたのだが、財産を失い没落してしまったデュランに嘘をついても何の得にもならないし、今の彼女の表情から「もしや本当の話なのではないか?」と思い始めていたのだ。


 彼女の顔はとても悲しそうで本当に家族を失くしてしまったとしか思えない。

 自分も同じ境遇だからこそ理解できる彼女との共通点であると同時に、それが彼女の話が嘘ではないとの確信へ繋がる証拠でもあった。


「(俺、リサの話をちゃんと聞かないで……それなのに疑っちまって……)ご、ごめんな」


 彼女の家族は父親が謀反の疑いで処刑され、他の家族とも散り散りとなってしまったため、リサはずっと一人ぼっちだったはず。


 デュランは彼女の話を疑ってしまったことを心の中で恥じると、自然と謝罪の言葉が口に出ていた。


「ううん。いいんだよ。お兄さんが悪いわけじゃないもん。それにボクの父さんは何にも悪いことをしていないからね! あの事件だって証拠もなしにボクの父さんだって勝手に決め付けられちゃって、それでそれで……っ」

「リサ……」


 デュランは目に涙を溜めているリサへと寄り添うと、彼女に頭を自分の肩へ乗せるように抱き寄せた。

 そして慰めるように彼女の頭をそっと優しく撫でた。


(まだこんな幼いっていうのに、リサは家族も家も無くしちまったのか……。これじゃあ、まるで俺の境遇と同じじゃないか。いや、リサの場合は俺なんかよりもずっと……)


 デュランは心の中で彼女の境遇に共感してしまっていた。


 実際デュランもリサも元は名のある貴族だったが、今は家も財産も家族さえも失い孤独だったのだ。


 いや、リサの場合はデュランとは違い知り合いも友達もなく、10年以上という長い月日をたった一人で下流階級の宿無しプレカリィとして、今日この日まで生き抜いてきたのだ。


 それはデュランなんかではとても想像もつかないほど、過酷で寂しい月日だったに違いない。


 それでも彼女は笑顔を浮かべながらデュランの前へ現れた。

 デュランにとってそれはまさに救いの笑顔に見えてしまったのだ。


 内心では彼女自身も傷つき、どこかで救いを求めていたのかもしれない。

 そのように寄り添うデュランの目には映り、なんだか彼女を放っておけない気分になっていた。


(家も家族も財産も婚約者さえも失ってしまったけれど、リサに比べれば俺はまだ恵まれていたんだな。もし彼女の寂しさを俺が癒すことができるならば……)


「リサ……んっ」

「お……にい……さん……んっ」


 デュランは自然と彼女の唇に吸い寄せられるように口付けをしてしまっていた。

 何故デュランは自分がそんなことをしてしまったのか最初は分からなかったが、きっと彼女に泣き止んで欲しい……そんな気持ちが心のどこかにあったのかもしれない。


「ご、ごめん……リサ」

「あ、ああ……うん。ボクなら平気……だよ」


 デュランはすぐさま彼女の口から唇を離すと自分がしでかした事がとても恥ずかしいことだったと思い、謝罪の言葉を口にしてから彼女に顔を見られないようにと体ごと後ろへと背けてしまった。

 リサもいきなりキスをされてしまったと戸惑いながらも、デュラン同様に恥ずかしい気持ちになって彼からそっぽを向いてしまう。


「…………」

「…………」


 なんとも言えぬ沈黙の中、それでも二人は寒さから逃れるよう示し合わせたわけでもないのに藁の上で背中合わせになったまま毛布をかけ眠ろうとしていた。

 暖を取れる薪もなくまた火も灯していないため店の床へと体を横たえている二人にとってはとても寒いはずだったが、何故か体の芯と口元からほんのりと不思議な温かみを感じ取りなかなか眠りにつけなかった。


(や、やっちまったーっ。勢いからリサにキスするなんて俺はどうしたいんだよ!? 俺にはマーガレットがいるはずなのに、なのになのに何故だかリサとのキスが印象的すぎて……)

(ぅぅっ。お兄さんにキスされちゃったよぉ~。でもでもなんか甘くて不思議で何か胸のあたりがドキドキする。これってもしかして……)


 互いに考えるのは唇に残る感触とその意味だけ。

 それを考えただけでも二人とも眠れそうにはなかった。


 ジジジッ。

 二人を照らしている蝋燭が溶ける音だけが唯一気を紛らわせてくれるのだった。

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