第28話 小さな気遣い

 デュランは灯り一つ無い夜道をメリスと共にランタン灯りを頼りにしながら、ようやくツヴェンクルクの街へと戻ってきた。

 そしてレストランの目の前までやって来ると、そこで手綱を軽く引きながら馬へここで止まるようにと口の合図を鳴らした。


「ドゥドゥ。メリス暗い夜道の中、よく頑張ってくれたな。よしよし」

「ヒヒン♪」


 風を切るように颯爽さっそうと馬から下ると、すぐにメリスの頭や体などを優しく撫でながら褒めてやる。

 メリスは嬉しくもどこかくすぐったそうにデュランへと頭を擦り付けていた。それは馬から人への信頼を示す証だったのかもしれない。


「アルフ、リサ、俺だ。デュランだ。ここを開けてくれ」


 コンコン。

 デュランはメリスの手綱を持ったまま、レストランの戸を軽く叩いて自分が帰って来たことを知らせる。


 既に日付も変わろうかというような深夜の時間帯だったため、既に玄関は戸締りがされておりデュランは中へ入ることができなかったのだ。


「ヒヒン?」

「メリス、いい子だからそのまま大人しくしてくれよ」


 メリスは何か興味を惹かれるものがあるのか、どこかへ行こうと頭を明後日の方へと向け手綱を引いていた。


 レストランの外には馬繋場ばけいじょう(馬を繋ぐ場所)も無ければ綱木つなき(馬を繋ぐ木の固定具)も見当たらなかったのだ。きっとここが庶民のレストランだから馬で乗りつけるような、上品な・・・お客が来ることを最初から想定していなかったのかもしれない。


 デュランは仕方なしとばかりに手綱を持ちながら、戸を叩くしか方法はなかった。


「ふあぁ~いぃ~っ。どこのデュランさぁ~ん?」


 既に寝ていたのか、中からは寝ぼけたようなリサの呼びかけ声が聞こえてくる。

 そして内施錠が外されドアが開かれると、彼女が眠そうな目を擦りながら姿を見せた。


「ん~~っと、お兄さん? ふわあぁぁ~っ。ようやく帰って来たんだねぇ~。お兄さんがいつ帰ってくるか分からないからボク、ず~~~っと寝ないで待っていたんだよぉ~。んぅ~~っ? お兄さぁ~ん、なんだか体が横に細長になって肌の色も白くなったのぉ~?」

「そ、そうだったのか。それはすまないことをしたなリサ。……あとそれは俺じゃなくて馬のメリスだからな」


 未だ寝ぼけているのか、リサは馬のメリスへと話しかけていたのだ。

 もう日付は変わる頃合いと言ってもまだまだ宵の口でしかなく、どうやらリサはその見た目相応にまだ子供なのかもしれない。


「な、なぁリサ。お前、馬はどこに繋げばいいと思う?」

「馬ぁ~? なんでそんなこと聞くのさぁ~。でもそうだねぇ~っ……確か裏手にある井戸の傍に繋ぐ場所があったかもしれないよぉ~」

「店の裏か……ありがとうなリサ。もう寝ていいぞ」

「ふわあぁぁ~い」


 そうしてリサは寝ることを許されると玄関を開けっ放しにしたまま、レストランの中へと戻って行ってしまった。

 後に残されたのはデュランと馬のメリスだけだった。


「……い、一応玄関のドアだけは閉めておくとするか。このままだとどうみても物騒だしな」


 デュランは外側から玄関ドアを閉じるとメリスを引き連れながら、建物裏手にあるという井戸へと向かうことにした。


「うん。これでよしっと。メリス、今日は藁も何も無い場所だけど我慢してくれよな。明日にはふかふかの藁を使った寝床を作ってやるからな」

「ヒン♪」


 裏手には馬一頭が辛うじて入れるほどの小さな馬繋場があり、どうにか雨風を凌げる程度の屋根や外壁は残っていたが、肝心の体を休めるための寝床である藁などはまったく敷かれていなかった。

 たぶん長年の間使われていなかっただろうから、それも仕方ないと言えば仕方ないことである。


 メリスは「一晩くらい大丈夫♪」と言わんばかりに首を立てに振ることで、デュランの問いかけに応えてくれた。


 乾かした藁はクッション材の役割を担い直接地面に体を着けるよりも寝心地がとても良く、また断熱効果があるので温かさを保つ性質があるため馬も喜ぶのだ。


 デュランはメリスの体を撫でリラックスさせ鞍にぶら下げていたランタンを手に持つと、表通りへ回ってレストランの中へと入ることにした。


「邪魔をするぞ……とは言っても俺の店なんだけどな」


 一応の礼儀(?)として一声かけてから中へと入った。

 レストランの中は当然のことながら暗く、蝋燭ろうそく一つ灯されていなかった。


 きっとリサは蝋燭や油を節約するため、眠るときには灯りを消しているのかもしれない。


 尤もそれが庶民の暮らしとしては普通であり、貴族や王族のような財産を持っている人でもなければ、寝ているときにまで寝室や廊下などを蝋燭で灯すことはなかった。


「リサは……っと。相変わらず床に寝てるのかよ」

「ふみゅ~っ」


 見ればリサは出会った時と同様に床へ藁などを敷いて、その上にシーツを被せて毛布を体にかけて眠りについていた。


「ははっ。まったく……こんなんじゃ風邪ひいちまうぞリサ」


 先程リサを起こしてしまったせいなのか被っている毛布が少しだけズレていたため、デュランは彼女を起こさぬよう慎重に毛布を手にすると胸元付近までかけ直してやる。


「これでよし」

「ん~~~っ♪」


 良い夢でもみているのか、リサは少し満足そうな笑顔を浮かべて寝ている。


「……ここの藁を少しだけメリスに持っていってやるか」


 たぶんアルフかリサが用意したであろう、白いシーツの下には乾いた藁が敷かれていた。


 デュランは自分の寝床から乾いた藁を半分ほど抜き取ると、メリスが居る馬繋場へ持って行くため再び裏手に向かうことにした。


「んっ? なんだ寝ていたのかメリス。今日は疲れたもんな。悪かったな、日に何度も走らせちまって」


 見ればメリスは床へ伏せるように目を瞑って眠りについていたのだったが、デュランに気がつくと起き上がって首を縦に振っていた。


 一般的に馬が眠る際には立ったまま眠っていると思われがちなのだが、人が近くに居なくてリラックスしている場合には器用にも前足後ろ足を折り曲げ伏せるように眠りにつくことがある。


「起こしちまって悪かったな。少しだけど、この藁を敷いてやるからな」

「(コクコク)」


 まるでデュランの言葉を理解しているかのようにメリスは体を退かした。

 持って来た藁はあまり多くはなかったが、辛うじて馬一頭が縦に伏せながら休めるほどの量だった。


「ごめんな。あんまり藁がなくて。明日には飼い葉と水、それに乾いた藁を持って来てちゃんとした寝床にしてやるからな。今日だけはこれで我慢してくれ」

「(スリスリ)」

「ははっ。くすぐったいぞメリス。こら止めろってばっ。あっはははっ」


 メリスはそれだけでもデュランの気持ちが嬉しかったのか、彼の顔に横鼻っ面を擦りつけ嬉しそうにしていた。

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