第12話 古い権利書

「それで、デュラン。これからお前はどうするつもりなんだ? 行く当てはあるのかよ?」

「今はまだ……何も分からない」

「何も分からないってお前なぁ~、このままケインのヤツにマーガレットを盗られてもいいって言うのかよ!?」


 アルフの怒りは道理に適ってはいる。


 デュランも本当のところはケインのことを殴り倒したい気持ちもあったが、それだけは出来ないと知っていたのだ。


 旧ツヴェルスタ家はデュランのシュヴァルツ家同様、代々続く家系であった。

 だがそれも今では『あった……』という過去形であり、近年ではその力が弱まってしまい銀行から借り入れている借金が膨らみ、持っていた田畑の土地や店などをすべて取り上げられたのはもちろんのこと、挙句の果てには住んでいる家までも銀行の抵当へと入っていたのだ。


 今現在の旧ツヴェルスタ家に残されている唯一の財産と言えば、ツヴェンクルクの街の南西に位置するウィーレス鉱山近くにある、何の価値も生み出さない広大な森林地帯くらいなもの。


 そんな彼女の家の財政難を知っているからこそ、デュランはアルフに対して何も言えなくなっていたのだ。


 そしてデュランはこう思った。


(マーガレットは自分の実家を守るため、自ら進んでケインと婚姻を結ぶはずだ。今の自分では……財産も何も持ち合わせていない俺なんかでは、彼女のことも、その家も救うなんてことはできやしない。でも、もし……もしも自分が戦争へと赴かなかったら、こんな結末にはならなかったんじゃないのか?)


 今日マーガレットと再会して以来、何度もそう思いながら後悔をしていた。


「ご、ごめんな。デュラン……」

「うん?」

「お前の気持ちも考えずに色々怒鳴り散らしちまったよ。ほんとは何か理由があるんだろ?」


 とても険しい顔を浮かべたデュランの心中を察してか、親友であるアルフは彼を気遣うように謝罪の言葉を口にした。


「……すまないな。詳しい説明ができなくて」

「いや、俺のほうこそ好き勝手言っちまったよ。謝るよ」


 いくら親友であるアルフといえでもマーガレットの家の事情までは勝手に言えず、それに対してデュランは彼に謝罪の言葉を口にした。


 アルフも言い過ぎたと思い、頭を下げていた。


「そ、それでデュラン! 一体どうしたんだよ、お前がツヴェンクルクの街まで来るなんて。何か用事があったんだろ?」

「ああ、実はなアルフ……」


 アルフは気まずい雰囲気を吹き飛ばすかのように、別の話題を振ってきてくれた。

 デュランもそれはありがたいと、街へと赴いた理由を彼に説明する。


「……なるほどな。じゃあ、まずはその今は使われていないっていう、レストランってヤツを探してるんだな? 何か手がかりになるような、具体的な住所か何かはその権利書に書いてなかったのか?」

「いや。俺も何度も確認してみたんだが、店の権利書には店の名前しか書かれてなくて、どこにも詳しい住所も何も書いていなかったんだ。たぶんこの権利書がとても古いもので、その店が開店する以前に結ばれたものなのかもしれない。それに店の場所に関しても、昔はこんなに大きな街じゃなかったろ? 今のような大きな街として発展する前なら、きっと『シュヴァルツ家の店』とでも言えば、それだけで通じていたんだと思う」


 アルフのもっともな疑問に対して、デュランは出来うる限り受け答えをした。

 事実、権利書には店の具体的な住所すらも記入されていなかった。


「それじゃあ、探しようがないじゃないかよ!?」

「だからこそ、こうして元レストランだった場所を一軒一軒回りながら、街中を彷徨い歩いているんだ」

「い、一軒一軒って……おいおいデュラン。お前、この街にどれだけレストランがあると思っているんだよ!? それこそ何十軒……いいや下手をしたら何百軒あるか分からないんだぞ! それを徒歩で探すって言うつもりなのか?」

「ああ、そのとおりだよ」

「そのとおりだって、お前なぁ……はぁ~っ」


 アルフは呆れ果ててしまったのか、深い溜め息を吐き出した。


 デュランもそんな風に呆れてしまうアルフの気持ちはよく理解していた。

 けれどもデュランに残されたものは、廃鉱山とその元レストランだけなのだ。


 それしか今の自分に活路はない……そう思い、古い店の権利書片手にデュランは捜し求め街中を歩いていた。

 だがそこでデュランは自分の言葉に違和感を覚えた。


 それは……。


(待てよ……古い・・権利書だと? ああっ! も、もしかしたら……)


 そのときデュランは気づいた。

 権利書が古いということは当然ながら、その店だって古い建物な・・・・・はずである。


 そもそもこの街の歴史は新しく、今のように発展し始めたのはここ数十年のことだったのだ。

 だから古い建物で尚且つ元レストランだった店なんて、そう多くは存在しないはず……。デュランはアルフに今思ったことを聞いてみることにした。


「どうしたんだよデュラン? そんなに考えちま……」

「アルフっ! この街で一番古くて今は使われていないレストランってあるか!?」

「この街地で一番古いレストラン~? そうだな……。そういえばこの通りを真っ直ぐ行ったところに何故かいつも閉まってる古ぼけた建物のレストランがあったかもしれない。こんな大通りに面して人が多いってのに何で閉まっているんだろう? っていつも思ってた店が一軒あるにはあるな」

「そこ! そこだよアルフ! そこが俺が探していたレストランなんだよ! さっそく悪いんだが、そこに案内してくれないか?」

「あ、ああ。もちろんいいぜ。なんせ親友の頼みだからな♪」


 こうして捜し求めていた店の場所が分かるとデュランとアルフは急ぎ、この街で一番古いというレストランへと向かうことにした。

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