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 デブリーフィングでは、隊長のハナ・ハミルトンからシェンリー隊の一週間の停職と減給が伝えられた。彼女はカズキが警告なしでミサイルを発射したことが会社の上層部から問題視されたことを、なるべく感情を交えないように説明した。だが、最後にこう付け加えた。


「全く、また面倒を起こしてくれたわね……処理するこっちの身にもなってちょうだい?」


 ティエンラン隊のパイロットから非難された時と同じく、カズキは無言を通す。


「『ごめんなさい』くらい言いなさいよ?」


 そう言われて、カズキは渋々口を開く。


「睦月重工の連中が、役に立たないAIを積んだからです。味方機への警告くらい、AIにもできたはずです……」


 それを聴いて、ハナはさっきのシャオロンのよりも大きな溜息を吐き出した。彼女はパイプ椅子に重い腰を下ろし、ミニスカートから覗く長い脚を組む。カズキはその仕草に少しドギマギしながらも、彼女が言葉を返すのを待った。


「仕方ないでしょ……RINNEはまだ発展段階なのよ。機能はこれから追加されていくだろうけど、それまでは人間が上手く工夫して使っていくしかない。どんな機械もそう……車も、バイクも、戦闘機も……」


「じゃぁ、RINNEが完成したら、人間は要らなくなるってことですか?」


 カズキの質問に答える前に、ハナはジャケットのポケットからタバコとライターを取り出し、一服吹かす。煙を吐き出しながら、ゆっくりとカズキに語りかける。


「そんなことないわ……機械はあくまで道具。人間が使うためにあるものなの。どれだけ知恵を付けても、生物としての権利を主張することはない。ファン公司において、優先されるのは機械化ではなく、人間の雇用の確保よ……」


 カズキには彼女が言うことが信じられない。人間の職が無くなることは無いにしても、機械のサポート役に回るに決まっている。ファン公司も、本当は「給料の要らない労働者」が欲しいのだ。


「シェンリー隊が停職中は別の部隊がスクランブルのローテーションに入ることになっているわ。あなた達は安心して休暇を楽しみなさい」


 デブリーフィングの最後にハナはそう言った。カズキにはその言葉が「アナタの代わりは他にもいるのよ」と言っているように聞こえた。



『お前は用済みだ』


 父にそう言われたのは、何年前になるだろう?


 ある日、父は見知らぬ少年を連れてきた。彼はその少年について、新しい家族だと紹介した。いきなり弟が出来たことにカズキは混乱した。同時に、自分が父に「棄てられた」ということを理解した。


 不動産で富を築いた父は、大統領になることを夢見ていた。彼はカズキを亡き母に代わって将来のファーストレディに育てようとしていた。しかし、カズキは彼の期待を裏切ってしまったらしい。カズキにファーストレディとしての品格がないと判断した父は、自分の代わりにその少年を後継者として育てることを決めたのだ。まぁ、黒髪黒目の小娘より、金髪碧眼の美男子の方が自分にふさわしいと思ったのだろう。


 父に用済みとされたカズキは、自分を必要としてくれる他の誰かを探した。中学卒業後、家を出たカズキは、海を越えてファン公司に就職した。彼等がカズキの存在を必要としてくれていたからだ。空の戦士としての職を得たカズキは、父や弟のことを忘れて生きていた……忘れたつもりだった。


 今、カズキは再び必要としてくれる存在を失いかけている。RINNEの存在がカズキから翼を取り上げようとし、ティエンラン隊の隊員は「お嬢様」という言葉を使ってカズキに嫌味を言ってきた。それが忘れていたはずの記憶を呼び起こす。


 いつの日かMFDに「サヨウナラ」と表示されて、全てを失うのではないか……そんな不安を抱えて、カズキは毎日を過ごしていた。



 スイカやドリアンを積んだ三輪トラック、後ろにチワワや段ボールをくくりつけたスクーター、そして汗だくの人々……それらがごちゃ混ぜになって行き交う。人々の足の間では猫が魚をくわえて駆け抜け、路地では野良犬が誰かの落としたケバブサンドをむさぼる。朝市には車も人も動物も、この狭い道に集中する。パイモン島の熱さはもしかしたらこの人口密度に由来しているのかもしれないとすら思える。


 カズキがパイモン島に来たばかりのころは、この人混みに窒息しそうになっていた。だが、今となってはすっかり慣れてしまった。


「お嬢ちゃん! ココナッツジュースアルヨ! 美味しいヨ!」


「Hey! タピオカミルクティーデース!」


「暑いときは辛いモノ! バターカリーはドデスカ⁉」


 屋台の店主たちが呼ぶ声に耳を貸さず、カズキは先を急ぐ。視線を上げると、すすけたビルが林立している。大きくカラフルな看板がずらりと並んだ様子は、自己主張の強いこの街の人々の気風をよく表わしている。カズキは手前から銀行、コーヒーショップ、家電量販店……と目を動かしていき、看板の群れの中に「匋冥軒ヨウメイケン」の文字を見つける。


 逆さまに「福」の字が描かれたドアを開けて、カズキは匋冥軒に入る。朱色の柱や回転テーブルが並ぶ店内を見回す。窓際の席に、茶髪を三つ編みにした背の低い少年の姿を見つけた。あどけなさの中に野性味が見え隠れする子狐のような顔立ちは、一目見てシャオロンだと解る。朝食の豚まんをもしゃもしゃと頬張っていた彼は、カズキの姿を認めると手を上げて声をかけてきた。


「ようカズキ! 奇遇だなぁ!」


「それはこっちの台詞だよ……」


 カズキはシャオロンと向かい合って座る。すぐにウェイターがお茶を出しに来たので、そのついでに彼に豚肉とピータンのお粥を頼んだ。


「どうよ? 懲戒を食らって飛べなくなった気分は?」


 ウェイターの姿が見えなくなってから、シャオロンが聴いてきた。その顔は無邪気にからかっているようでもあり、また狐がチョロチョロと動くネズミを見つけた時のようでもあった。


「あんまりいい気分じゃないね……なんだか、自分が必要とされていないみたいで……」


「そうか? 俺はちょうどいい休みだと思うんだがな? 最近レッド・クイーンの奴らがうるさくて、ずっとスクランブルが続いてたからな」


 シャオロンの話に耳を傾けながら、カズキはお茶に口を付ける。カラカラに乾いていた喉を熱い液体が潤し、爽やかな香りが鼻を抜ける。ホッと一息つき、カズキは口を開く。


「シャオロンは良いね……何でも前向きにとらえることができて……」


 それを聴いたシャオロン顔から無邪気な笑みが消える。彼は少し俯き、湿り気のある声を漏らした。


「まぁな……後ろ向いたって何もないってことは、昔に嫌っていうほど思い知らされたからな……」


「そう言えばそうだったね……」


 ファン公司に入る前、シャオロンはストリートチルドレンだったという話を聴いたことがある。段ボールを雨水で濡らして食べていたことに比べれば、懲戒停職や減給なんて大したことはないのかもしれない。


 だが、彼がそう思えるのは自分が再び必要とされるという自信があるからだ。もし、この停職中にシェンリー隊の所属機が完全に無人化されれば、シャオロンもまたストリートチルドレンに戻ることになる。


「私には信じられないよ、自分の価値を認めてくれる人がいるなんて……今の社会において、私たちは必ずしも自分にしかできないことがある訳じゃない。縁あってたまたまそこにいて役割を与えられているだけで、他の人が代わっても何も問題はない……むしろもっとできる人がいたらそっちに任せた方が良いし、決して間違うことのない機械ならなおさら……」


「それが資本主義ってやつだからな……だからって、今からクビになった時のことを考えても仕方ないと思うぜ?」


 言い終えた後、シャオロンはゆっくりとお茶をすする。口の中の油が流れると、今度は甘い餡まんにかぶりつく。リスのように頬を膨らませたシャオロンを見ながら、カズキは続ける。


「私って、本当に必要なのかな? RINNEが進化を続けていけば、きっと人が乗って飛ぶ必要は無くなる……そうしたら、私が飛ぶ意味って何なんだろう?」


 カズキの問いかけにシャオロンは答えない。返す言葉が無かったからなのか、単に口に食べ物が入っていたからなのかは解らない。彼の返事を聴く前に、コンコンと誰かが窓ガラスを叩き、問答は終わった。


 カズキが窓に目をやると、ベレー帽と淡いブルーのワンピース姿の少女が店を覗いていた。彼女が着ているのはパイモン島にある私立学園の中等部の制服だ。少女の脇には執事らしき若い男性もいる。


 カズキとシャオロンは二人のことをよく知っている。睦月重工の社長令嬢である睦月アリスと、彼女のボディーガードの橘ユナンだ。


「どうやら、お嬢様がおいでになったみたいだぜ?」


 シャオロンはニヤリと笑い、二人に手招きをした。それを見たアリスはぱっと笑顔になる。


 ベルを鳴らして店に入ってきたアリスは、カズキの隣にちょこんと腰を下ろす。


「カズキさん、やっぱりここにいたんだぁ!」


 その口調はまるで十年越しの再会のようだった。三日前にも匋冥軒で会っているし、昨日もSNSでやり取りをしたはずなのに……なぜアリスは会う度にこんなにも喜んでくれるのだろう? カズキには解らない。


「お嬢様がギャングになんの用ですか? 私、朝ごはんがまだなんだけど?」


 カズキが尋ねると、アリスは少しムッとしたように頬を膨らませた。


「もう、覚えてないんですか? 今日はお休みだから、水上バスに乗せてくれるって言ってましたよね?」


「あー、昨日はそんなことも言ってたね……忘れてた」


 カズキの気のない返事にアリスはガックリと肩を落とす。


「おいおい、お嬢様との約束を忘れたのかよ? 子供ってのは、遊びの約束だけはちゃんと覚えてるもんだぜ?」


 そう言って笑うシャオロンに、アリスが「シャオロンだって子供じゃん」とツッコミを入れる。


 全く、厄介なことになってしまった……シャオロンがアリスの側に付いたら、カズキに抵抗する手段はない。いつものように「仕事があるから」とはぐらかすこともできないし、アリスの相手をシャオロンに任せて逃げることもできない。憂鬱な休暇の一日目は、お嬢様の子守りで決定だ。


 そこへウェイターがお粥を運んでくる。カズキは彼から料理と伝票を受け取った。


「今日はダメなんですか?」


 レンゲでお粥を混ぜるカズキに、アリスが上目遣いで聴いてきた。カズキは手を止め、溜め息まじりに答える。


「はいはい、解ったって……私がこれ食べた後、一緒に乗り場に行こう?」


 アリスは大きく頷く。全く、世話の焼けるお嬢様だ……


――つづく――

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