再生の青
市川冬朗
プロローグ 再生の青
8月に入った。
夏休みはまだ盛りも過ぎていないが、数日経っただけでもうどこか残念な気持ちがある。
学校云々だけではなく、川崎の親元に居たら、まず出来ないことでもある。
夏休み初日にカットした髪をスマホに写して触る。
コンフィデンスマンの長澤まさみ風ショートに、とお願いしたのだが、参考にした人物と違って何となく色気がない。目の大きさが足りないか。角度を変えてみる。やはり、ガッキー風に、とお願いするべきだったか。どちらにしても、足元にも及ばないのは分かっているが、爪先3センチぐらいの距離までは届いてないだろうか。もちろん、そんな自己評価、誰にも言えない。椎ちゃんにも楓にも。今のご時世、そんなこと言ったら、電子の世界のどこから炎の石が飛んで来て、打撃だけでなく、炎上するか分からない。
スマホをベットに放る。
挑戦1日目の昨日は、普段存在していない時間に起きていること自体に興奮して、読もうと思って忘れていた漫画を中途半端な巻までスクロールしてみたり、眠くならないように、よく分からないペースでコーヒーを(しかもブラックで!)飲んでみたり、無意味にくびれ形成ストレッチをしてみたり、テレビを点けたり消したり、誰か起きてないか(まあ気の許せる範囲の友だち)にラインしてみたりしているうちに空が青白くなり始めた。時計をみたら4時2分。5時まで頑張ろうと思ったのを最後に記憶がない。
それで、今日も自己ベストを叩き出すべく、頑張っている。
やってみて分かったことがある。
特に理由もなく、夜起き続けることは、あまり意味がない。というか、むしろある種の拷問に近い。初日は妙な背徳感と使命感であれこれやっているうちに、なんだかんだ時間が過ぎた。
しかし、2日目。まず、することがなくなる。例えば本を読む。逆効果である。油断もなにもなく、寝る。眠気が肩から全身に広がる。テレビも深夜はそんなに面白くない。そもそも、紅穂は一人で観るテレビが好きじゃない。「友だちにかまってライン」は初日に試したが、送った十人中、返信が来たのは7人で、しかも全部紅穂が熟睡中(つまり健全な高校生の活動時間)に返信が来た上に、ほとんど怒り仕様のスタンプだけで返されてしまった。楓に至っては「ラインだから許すけど、暇デンしたらマジ殺る」という、実行してはないが、可能性は十分にありえた事象を、先んじた深読みで返されてしまった。
まさに八方塞がりである。忍法八方塞がり。にやり。自分が自分じゃないみたいな、微熱が続くような不思議なテンション。
こうなったら、大人しくジブリ作品を順番に全制覇してやろう、と思ったら、痛恨のwi-fi電波なし。おばあちゃんに聞こうとして、すぐ止めた。電波のあるなしに関わらず、多分ていうか、絶対知らない。
こういう時、おじいちゃんが居てくれたらな、と思って、慌てて頭を振る。それはなんだか、考えてはいけないことのような気がするし、ちゃんと頭から追い出さないと、口に出してしまいそうだったから。紅穂はそういうところがある、と椎ちゃんにも言われたし、マイマザーにはもっと積極的にダメ出しされる。ちなみにこんな紅穂を褒めてくれるのはおじいちゃんだけだった。お父さんは、基本褒めも貶しもしない。放置、心配、どちらか分からないけど、いつも遠目にみている感じ。
明々後日にはお父さんとお母さんもこっちに来る。
そうしたら、このチャレンジは、間違いなく止めさせられてしまう。挑戦出来ない人生なんて、闇だ。多分。
だから、今日は少なくても5時まで辿り着いて、十六歳の自分に爪痕を残したい。
見えないバージョンの柱の傷だ。
孝弘兄も、美冬姉も、妹の桐も柱に傷は付けなかったが、紅穂は幼稚園の頃から付けてくれとうるさかった、らしい。
らしい、というのはきっかけが思い出せないから。
毎年夏に(夏休みの初日だったり、3日目だったり、決まってはいないけど)誰よりも早くおじいちゃんの家に来て、玄関を上がってすぐ右にある和室の入り口の柱に背もたれて、背丈分の傷を付けるのは、おじいちゃんと紅穂のお約束だった。
今年は、それが出来なかった。
だから、せめて夜更かし自己記録の更新で、今年の夏に楔を打つ。
よし、自己正当化完了。
時刻は4時20分を回った。
これはイケる。そんな気がする。
だが、水分と、夏らしい冒険が足りない。
夜で歩くのは、都会と違った怖さがあるが、今なら行ける。
目覚ましを兼ねて、ジュースを買いに行くのだ。
いざ、行かん。
こういうのは、考えたら無理。
紅穂は、カーテンを開けるとリビングから外にでる開き戸をゆっくりと開ける。
カラカラ、と小さな音がした。
戸を開く手を止めて息を飲む。
蝉すらまだ起き抜けでどこか弱気な夏の朝が始まる前の時間では、音は意外に大きく響く。
玄関だったらアウトだった。
玄関だったら、100パーおばあちゃんが起きる。
ミルも吼える。
なにせ奴は玄関で寝ている。
しばらく(多分1、2分待って)両手で開き戸を左に引く。
肩幅ほどは、いらない。
横になって出られればいい。
紅穂は調子に乗ってするすると左に勝手に滑りそうになった戸を抑える。
30センチほどの隙間で止め、体を横にして外の世界に右半身を晒す。
暑っつ。
右半身は6月から夏用に温められて日本に滞在している空気。左半身は、文明の利器が生み出した、人間をダメにするモノ第一号に(おじいちゃんによって。おじいちゃんによると、エアコンが日本人の寿命を延ばし、気力を奪ったらしい)認定されたエアコンによって冷やされ、束の間、目を閉じてアンバランスを味わう。
束の間にしたのは、寝落ちの気配がしたから。
するり、と半分の世界にお別れをして、紅穂は外の署気を全身にまとい、昼から置きっぱなしのお気に入りのニューバランスを履いた。
右のお尻を叩いて、ショートパンツに小銭入れが入っているのを確認。
左のお尻を叩いて、スマホを確認。
そのまま前進しようとして、浮かせた右足を引いて回れ右。
あぶなっ。
戸を閉めるのを忘れるところだった。
両手でそっと(椎ちゃんだったら胸がつかえて出られんかもなと考えながら)ガラス戸を閉める。
すぐに戻るとはいえ、不用心だった。
戸を完全に戻すと(閉めるのは断然楽だった)まだ何も始まっていない、そんな夏の期待を込めたぬるい空気を吸い、浴びる。少し、湿った感じが両手両足の素肌にまとわりついた。でも、そんなに重くはない。
それにしても、戸締り(鍵を掛けていないから厳密には違うけど)に気づいて良かった。ちょっとの間に、強盗とか、変な生き物とか、猫とか(猫ならいいか)虫とか、虫とか、あと虫とか入ると大変困る。虫は大嫌い。
春にあんなことがあった訳だし。
家じゃないけど、おじいちゃんの大学の研究室が荒らされたことを聞いた4月を思い出す。
それ以来、おじいちゃんは家に帰ってこない。
行方不明。
4か月近く経った今でも、手掛かりなし。
研究室が荒らされる日の午後19時ごろ、おじいちゃんと助手の増田君がスーツ姿の二人組と一緒に歩いているのを、研究棟の5階に居た院生が窓から目撃したのを最後に、誰も見ていない。
助手の増田君も一緒に行方が分からないこと、前日に、出雲に研究旅行に行くと教務課に申し出ていたことから、事件の可能性もあるが、いろいろ調べた結果、自発的な失踪ということで、一か月後には話が落ち着いてしまった。
良く分からないが大人の事情、ってこういう時に使うんだ、と思った。
もちろん、わたし達家族は納得がいかない。
少なくとも紅穂は納得いかない。
確かにおじいちゃんは自由なところがあったけど、連絡のある、なしに関わらず、おばあちゃんや、息子(つまりわたしのお父さん)、娘(鈴音叔母さん)、そしてわたし達に心配をかけるだけの無責任な行動はしない。自由だけど、家族の中でも、他の人に一番心配かけないように気を使っていたのはおじいちゃんだった。
わたしには分かる。
そんなおじいちゃんが、何の連絡もなくいなくなる訳がない。
お父さんに言っても、目をつむって何かを考えるだけだし、お母さんに言っても、そんなお父さんを不安そうに見つめるだけ。
ちょっと嫌だけど、孝弘兄にラインしたら、「大人の事情かも」しか返って来なかった。偉そうに言うけど、それはもう分かってるって話。
壬生沢三姉妹専用ラインでは、「心配だ」「心配だね」「そうだね…」というやりとりが繰り返されるだけ。一応、警察の捜査は続いているようだけど、大学生ぐらいにしか見えない冴えないお兄さんが週に一、二度進捗(最近覚えた言葉)報告に来るだけで、頼りにならない。
紅穂が来てどうこうなる話じゃないし、おじいちゃんの行方に宛てがある訳でもないけど、毎年のことだし、おばあちゃん、ミルにも会いたくて夏休み早々仙台に来てみた。
ところが、柱の傷はともかく、おじいちゃんがいないとなんとなくつまらない。
紅穂は学校でも、少し変わり者で通っている。
誤解を恐れずに言えば自他、共に、だ。
自負、と言ってもいい。
周りの子がしている話はもちろん理解出来るし、多少の興味も、年齢なりのおしゃれとか、身だしなみの努力はしている。爪は絶対クラス一キレイだと思う。
簡単に言うと、イケメンはイケメンだと思う点においては、周りとそう食い違いはないと思う。一般的なイケメンがイケメンだと思うのと、イケメンが好きかどうかはまた別の話。紅穂は山田孝之が好きだし、イケメンだと思うが、他の人には賛否がある。それは、物理より難しい話。
スポーツも好きだ。
自分のペースでいいなら、走るのも好きだし、放課後にはしゃぎながらするバスケも好き。
バレーは主に見るのが好きで、椎ちゃんや楓とハイキューの話で盛り上がることもある。
でも、やっぱり一番好きなのは、解き明かされていない謎とか、不思議な現象、不思議な生き物や、幻想的な冒険の話。そういう点では、あまり話が合う友達はいない。楓も椎ちゃんも、一応聞くだけ聞いてくれるが、別に興奮して手を取り合うことはない。「ふーん」って言われる。
お父さんとはあまり話す機会はないし、お母さんは外国のサスペンスばかり読んでいるし、孝弘兄は京都の大学から帰省しないし、美冬姉はまずあんまり家にいない。妹の桐とは情報共有以外会話しない。
そこで、おじいちゃん。
おじいちゃんはとても物知りで、いろいろな不思議な話をしてくれる。
しかも、大事なことに、話し方がとても上手。
毎年のことだから、当たり前が満たされない不満、もあるかもしれない。
おじいちゃんに会えないのは、なんだかとても不安で寂しくて、もやもやする。
明日にも会えるかもしれない、気持ちと、もう二度と会えなかったら、というなるべく遠くに置いておきたい気持ちが同じくらいの感覚で心臓の辺りのどこかに出たり消えたり。
なんだか、考えたくないことばかり勝手に考え始めているのに気づいて頭を振る。
頬骨から上が熱い。
シャキッとはしないが、楽天的にはなる夏の空気を胸いっぱいに吸い込むと軽く駆け足で最寄りの自販機まで歩き出す。
最寄りってこんな遠いっけ。
おじいちゃんの家は仙台駅からバスで20分の小さな山の天辺、テレビの鉄塔が立っている場所にある。
天辺だけほんの少し拓けていて、小さなお茶屋さんとマンション、野草園という公園とおじいちゃんの家のほかは、バス停くらいしかない。後は、木、だらけ。
お茶屋さんは、60歳ぐらい(10年前から変わらない気がする)の静かなおばあちゃんがやっているが、さすがにこの時間は開いていない。
だから、午前4時40分に急にアイスコーヒーが飲みたくなったり、眠気覚ましに家から出て散歩がてらジュースを買いに行きたくなったら、バスの走る道路とは別の、山から下りる急な坂道を(舗装はされている)丁度真ん中まで下るとある、お寺の正面の自販機でジュースを買うしかない。
麓まで下りる急な坂道は、多分200メートルくらい。
曲がりくねったバス道路とは違い、略一直線に下まで伸びている。
それだけに急だ。
道の両脇には入り口から出口までアーチ状に木が生い茂り、昼でも仄暗い。
夜は最凶。
朝はまあまあセーフ。
昔、まだ兄弟姉妹と一緒に遊んでいたころ、肝試しに、坂道の途中の自販機にジュースを買いに行こうとしたことがある。
坂道の入り口は、木で出来たトンネルの入り口のように見えて、遠目にもなんだかぞくぞくする怪しい気配を発していた。
ある種トトロ感はあるが、それよりももっと悪い妖怪よりの不気味な気配。
おじいちゃんの家から出たときは、みんな怖いもの見たさでテンション高めだった。
孝弘兄は当時中3だったと思う。
「まだ八時だぜ」と今思うと良く分からない強がりを言っていたのを覚えている。
美冬姉は今とあんまり変わらない。
クールに腕組して「今ジュース買う必要ある?」って言ってた。
桐は(あのころはマジで可愛かった)紅穂の背中に引っ付いて、お腹の横から顔だけ出してた。
ブラと、薄いTシャツ1枚のわたしの背中は、桐の顔と掌から伝わる汗と熱で脂肪が溶けそうに感じた。
思い出すと、今でも腰の辺りがじんわり熱くなる。
天然のトンネルに近づくにつれ、少しずつ、空気がひんやりしていったのを覚えている。
今、この齢になって考えると、あれは空気が冷えていったのではなく、体が冷えていったのだと思う。
5歩近づくとすっと汗が引き、10歩近づくと肌に寒気を感じ、そこから先は、一歩ごとに背筋が寒くなった。
感情は思い出せないけど、感覚は甦る。
少し先を行く兄、姉がすごく遠くに感じて、妹とつながっている部分からダイレクトに伝わる熱だけが実のところ、頼りだった。
トンネルの入り口まであと10歩、というところで、その入り口を照らしている街灯が瞬いた。
なにかのきっかけを待っていたように、四人は一斉に止まった。
止まったまま。
蝉の声も、何も聞こえなかった。
ただ、静止画のように、兄、姉の背中を等距離で視界に収めていた。
妹がいて良かった、妹がいて良かった、妹がいて良かった。
呪文のように繰り返した。
桐が背中で身じろぎした。
悪い夢のように、口は開くけど、声は出ない。
ずずっ、妹が鼻をすすった音が伝わった。
それで少し音を取り戻せた。
ねえ。
出していい音量が分からなくて、かすれ声で先を行く2人に問いかけた。
振り返った孝弘兄の顔は、今でも忘れない。
その時までも、その時以降も見たことがないくらい、穏やかで優しい顔。
笑っている訳ではないんだけど、優しいって分かった。
「ダメナヤツダコレハ」
「え?」
「コレハキット本当にダメナヤツダ」
「?」
「俺は帰る」
そういって孝弘兄は体ごと振り返ると、すたすたと音を立てておじいちゃんの家の方に戻って行った。行くときのおよそ倍速。
訳も分からず呆然とした。
その後の行動がなければ、おそらく兄とは心のどこかで完全に断絶したことになったと思う。
姉妹達が首だけで見送る中、孝弘兄はピタリと立ち止まり、腰に手を当てて首を振ると、倍速の倍速で戻って来た。紅穂を通り過ぎて美冬姉の腕を掴んで戻って来ると、わたしと桐を抱きかかえるようにトンネルの向こうに広がる闇から引き離した。
距離を取るごとに、爪先から何かが補充されて、それと同時に頭から何かが抜けていくのが分かった。
同時に、体の周りの空気が少しずつ熱くなるのを感じた。
おじいちゃん家の門扉に辿り着くころには、汗でびっしょりだった。
桐は多分泣いていた。
涙の熱さは汗とは違う温度だということは知っていたから分かった。
その夜は、久しぶりに皆体を寄せ合うように寝た。
記憶を辿っているうちに、木のトンネルの入り口に辿り着いた。
十分間の出来事の記憶を辿るのにかかる時間は、何分ぐらいなのだろう。
左のお尻のポケットからスマホを取り出す。
時刻は午前4時45分。
わあ、びっくり。
5分しか経ってないわ。
明け方、陽が差してくると分かっている心の余裕が、木のトンネルをくぐることを容易くした。
一瞬ゾクッとしたのは、記憶の名残。
一度くぐると、別になんてことはない世界。
物理と機械工学、そしてIT技術の世界。
紅穂はスキップめいた歩き方で、鼻歌(森の散歩道以外ありえない。今週の金曜日にも再放送されるし)を歌いながら、自販機を目指した。
陽の差し方に違和感を覚える。
この時間、この陽の広がり方は初めてだから、だと思い当たる。
木漏れ日ではなく、空全体に明かりがあって、照らすのではなく、全体をただくっきり浮き上がらせただけのような世界。
木と木で出来たトンネルの内は外より少し色のトーンが落ちる。風が通るせいか、少し肌寒い。
下り坂で加速度が付くのと反比例して、だんだんテンションが下がってきた。スキップを止めて、速足で自販機を目指す。
最初遠くに見えるグラスほどの大きさだった自販機は、一歩歩くごとに1ミリずつ大きくなっていく。
後ろに木がなくて、背景が空だったら、同化してしまいそうな青。
下り坂特有の、自分から近づいているような、あちらから近づいてきているような妙な感覚を味わっているうちに自販機まで目と鼻の先へ来ていた。
目と鼻ほどに近く。
比喩ではなく、目と鼻の目の前に自販機。
危うくぶつかりそうになって、自販機に手をついて止まる。
時刻と記憶と感性と慣性の法則のせいで、思っているように体を扱えない。
脳もそう。
自分でテンションがおかしく高いと分かっているのにどうしようもない。
尻ポケットから小銭入れを出し、自販機に投入。
何を買うかは気分次第になったので、200円を入れて腕組み。
最初の予定では、アイスコ―シ―だった。
今ではちょっと、うえっ。
量が必要。
でも、お茶は違う。
もう少し甘くて優しい、でも喉に絡むほどしつこくないのがいい、と思う。
私の中のわたしの意見。
ロイヤルミルクティー?
購入ボタンを指でなぞる。
違うなあ。
あんまり悩むとお金返ってくるかな。
うーん。
ももジュース?
フルーツの気分じゃない。
えっ、なにこれ。
アップルウーロンソーダってなに?
ちょっといろいろ入りすぎてやばくない?
冒険しちゃう?
夏だし。
でもなあ、外すとちょっと悲しいよね。
ああ、でもこの自販機当たり付きなんだよね。
当たんないかなあ。
ちゃりんちゃりんと音がした。
ああ、やっぱりな。
やっぱりと思うなら何とかしろよ、と頭の中で孝弘兄の声がした。
はいはい、すいません。
中腰になって釣銭口から200円を取り、掌で転がす。
よし、決めた。
まずはアップルウーロンソーダだ。
そして当たったらカルピスウォーター。
決まり。決定。
再度200円を投入し、口に出して呟く。
「当たったら世界征服!」
コイン投入口の横の辺りで4桁の数字が回りだす。
一番左に7、次に7、次も7、そして、なんと7!
やばっ、当たりっ、ってエー!
7が4つそろった瞬間ジャンプ!
3段目のドリンクより少し低いぐらいまで跳ねて、2段目のドリンクを通り過ぎて、笑顔のまま、ドリンク抽出口を見て(この辺りで本格的におかしい&あたしのドリンクが、と思って)滅多に見ることのない(落としたお金を探さない限り)自販機と地面の境目を見て、ようやく自分が落下していることが分かった。
分かったからって、どうしようもない力に引かれて。
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