コウくん♪
『もしもしコウくん、お疲れ様♪』
「……ええと、ちょっと待て」
『ん?』
「なんだよそのテンション。キャラと違いすぎだろ。コウくんって俺のことか? マイネーム、広大のことか?」
『だって一回くらいやってみたくない? こういうラブラブ感ある電話。夕方にくれたメールも疲れてそうだったし、さっき凛に相談したら「そういうときにはね、きっと可愛くねぎらってあげたら効くよ」って言っててね』
はあ、と息をついた。むろん言うまでもないけれど、幸せすぎるからガスを抜くためだけの吐息だ。
「普通のテンションで普通に広大でお願い。落ち着かない」
『はいはーい。で、広大、何の用』
変わり身早っ、と心の中でツッコむ。
と同時に直感した。コイツが彼女で正解だ、毎日が絶対楽しくなるに決まっている。
「いや、そのさ、魔法の件なんだけど」
『ん? ようやく信じる気になった?』
「一ミリも」
『一マイクロは?』
「お前に免じて信じてもいい」
って、そんな話じゃなくて。
「もしかして、何かさ、安神さん? から聞いてないか?」
『……あはは、やっぱり広大鋭い。伝言もらってるよ』
「気乗りしない感じの内容?」
『……うん、私の解釈が正しいなら』
つい躊躇してしまいそうになる。だけど、俺はもうこの先の展開を理解している。
「お前は何も悪くないから。ラクになりな」
『分かってるんだね』
「だいたい」
じゃあそれなら、と言い、紙を広げるような音がした。小さく息を整える彼女に、心の中で、ありがとな、と伝える。
『こう書いてる。【エンドロールには、ちゃんとあなたを加えないと】』
「なるほどな」
今度は俺が息を大きくついた。
「魔法、使うよ」
『大丈夫なの?』
「三分くらいは大丈夫。監督には上手く伝えるよ。それに、これは誰かのためじゃなくて、俺のけじめのためだ。だからお前基準に照らし合わせてもOKだろ?」
『そういう意味じゃ……どうせ拒否しても無駄だよね』
「よくお分かりで。というかそのための魔法なんだろ。信じてやるよ」
ここまで見通されていたら、もはや疑うのすらバカバカしい。俺は部屋の隅のパイプハンガーにかけた制服のポケットを見つめる。後で、ちゃんとミサンガを結んでおこう。
『あの、怒ってはないよね?』
「何に?」
『いや、だってさ、これ今日安神さんに言われたんだよ。つまり明日が最後の試合ってことなんでしょ。そんな予言みたいなことされたら』
「まだ決まってないだろ。明日俺のおかげで逆転勝ちするかもしれない」
そうだ。エンドロールだって? まだ終わる訳にはいかない。明日の相手は地域で一番の強豪だ。でも俺が抜けたことで、控えメンバーの佐倉なんて「やっと俺の時代か」と息巻いていた。
少しでも長く、準決勝、決勝、冬の全国。そしてその頃には俺も完全復活できたら。
『確かにそうだね、えらくポジティブ』
「胸のつかえが取れて、ちょっと気が楽になったのかもな。……なあ、念のために聞くけど」
『うん?』
「いや、安神さんに仕組まれていたなら嫌だから。お前、この展開を知ってて、魔法を信じさせるために俺に告白したんじゃないだろうな」
『違う! 知らなかったし! ちゃんと、私自身の思いとして広大が好きだから。疑わないで』
「ごめんごめん、悪かった。お前が好きって思ってくれてるの、知ってるよん」
『知らなかったくせに。観察屋さん?』
「……あ、確かに。なんでこれは見極められなかったんだろ」
『私、知ってるよ。広大が気付けなかった理由』
「あ、なんかムカつく」
『いつもこれやられてるこっちの立場、分かった?』
身に覚えがありすぎて言葉に詰まる。すまん、と小さく言うと、得意げに笑われた。
『気付かなかったのはね、たぶん、私の目を見てなかったから』
どう? 気付いてたんだよ? と言う声に、お前すげえな、と俺は苦笑した。
昨日、夜の仄かな明かりの中で見た、あの透明な瞳を思い出していた。
色が無い、というのは終わりの象徴でもあり、同時に始まりの兆しでもあるのかもしれない。
前に見たあの悪夢のような、荒廃した白黒。これからどんな色でも置いていける、
「さやかには、いっぱいお礼しないとな」
これからサッカーができなくなって、きっと俺の日常からは少しずつ色が失われていく。
そうそう、そう言えば、patientの意味は二つあると先日知った。
一つは「我慢強い」。もう一つは「患者」。
怪我人として様々な我慢を続けるうち、秋の冷ややかな風と寂しい風景の中で、俺はかつて感じたことがないほどの焦燥感や苛立ちと付き合っていかなければならない。だから、しばらくは。
『お礼かあ……。じゃあさ、デート連れていってくれる? 公園とかさ』
「いいけど、なんで公園?」
『紅葉見ながらお弁当。カップルと言えば、手作り弁当卵焼き入り、でしょ?』
――卵焼き美味しそうに食べるのを見てドキドキしてさ、きゃあ
「……最高かよ、お前」
照れた笑い声が聞こえる。
そう、しばらくは、こいつに手を引いてもらったりして。時には、いつかみたいにこいつの手を引いて。きっと、さやかの持つ透明なパレットから、沢山の色が生まれて、俺の世界は彩られていくはずだ。
そうやって、彼女と、色づきの季節を過ごしていけたら。次の季節も、また次も、ずっと、ずっと……、一人でひっそり何かを耐え忍んだりせずに、いつまでも鮮やかな心でお互いを支え合っていけたら。
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