さやかと広大
しばらくして、鼻を一度すすった。ギンナンの臭いが鼻水の隙間から流れ込んできて、思わず笑ってしまう。
「ちょっとスッキリした?」
「だいぶスッキリした。……ありがとな、さやか」
「ううん。だって、私の大切で大好きな人だから」
「へへっ。……ばかやろー」
服の袖で涙を拭うと、彼女の顎に指をかけ、勢いのままに唇を重ねに行く。大事なことを教えてくれた唇は優しく受け止めてくれて、離した直後、俺の気持ちが口からこぼれた。
「あのな、俺だって、ずっと前からお前が好きだっつーの」
「あはっ、ありがとう。なんか今日の広大、かわいい」
「バカにすんなよ」
ごめんごめん、といたずらっぽく言う彼女の方が、ずっとずっとかわいい。
どちらからともなくまた唇を重ねて、今度は互いにじっくりと味わった。
さっき言葉に出してみてよくよく理解した。もうキスしたいくらい好きでたまらなかったんだ。なんだかんだ理由を付けて、結局自分勝手な思いでさやかを傷つけることが、関係を壊してしまうことが怖かっただけなんだ。
俺、ホント、一人で何を我慢してたんだろうな。
「その調子で、明日、ちゃんとみんなにも本当のこと言いなよ、ケガの状態とか」
「分かってる」
みんなのガッカリする顔が次々に浮かぶ。監督、キャプテン、先輩たち、同級生や後輩、そして真。何もこのタイミングで、一試合くらい、別の医者ならあるいは、……。
「なあ、さやか」
「うん?」
「本当に、支えてくれるんだよな」
「うん、有言実行」
やっと色々借りを返せそう、と笑う彼女を抱き締めた。
今日は私が守るって言ったのに、という彼女の照れ笑いが胸元で服を揺らして、少しこそばゆく感じた。
私ね、ここ最近、ずっと広大のランニング見てたんだ。だから気付けたんだよ。
帰り道、さやかはそんな嬉しいことを言ってくれた。
俺も、さやかの跳ぶところよく見てる。綺麗だよな、お前のフォーム。
……冗談も交えず、さやかにこんなことを言う日が来るなんて。
だけど、そのときの喜ぶ彼女を見て、俺は言って良かったと思った。
やっと直視できた瞳に浮かんでいたのは、昔と何一つ変わらない、透明な輝きだった。
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