1パック1080円
「なんで安神さん言ってくれなかったんですか!」
「え? いや、私もそのときまで誰が現れるかは知らないんです。それに二人はお知り合いでしたか」
「……いやいや、絶対知ってたでしょ!」
ポカンとする俺をよそに、目の前で男子生徒とさやかが言い合いをしている。というか、さやかが勝手にヒートアップして、男はずっととぼけたようにニコニコしている。
「あの、これ、一体どういう……」
「はい、今から説明します。須田くん」
「ああ、ってことは、私は広大のサポート役なのか、ある意味やりやすいけど……」
何だかよく分からないさやかのセリフをスルーして、男はファイルの古びた紙を見ながら説明を始めた。
「なるほどねえ、これで魔法が使える、と」
説明が一通り終わると、俺は手の中にある、緑、白、青色のミサンガを見つめる。さっき一度光った以外は、何の変哲もない、なんなら百均にでもありそうなミサンガだ。
「で、俺にそれを信じろと?」
「あ、疑ってる?」
「当たり前だろ」
相手側の一方がさやかということもあり、遠慮なく本音を言ってみた。大体三分間だけ力が出せるとか、どこの赤い巨大特撮ヒーローだよ。これがジョークじゃなかったら、俺は朝が早くて寝ぼけている。あるいはまだきっと夢の中だ。
「あの光だって熱感知とか、なんかわからないけど、色々仕掛けようがあるんじゃないか」
「なるほど、それは考えたこともなかった。頭が切れますね」
感心したように正面の男はうんうん頷いている。大体このイケメンは何者だ。同じ高校の制服を着ているし、年齢もそれ相応だとは思うが、体育祭のアンケートでもそんな名前のヤツいただろうか。
「あんた、そもそもこの学校の人間か?」
「お答えできません」
「だろうな」
なんとなく予想していた。恐らく、この次に聞く質問にも。
「狙いは? こんなものを渡してもそっちにメリットはないだろ」
「そうですね、それも……いや、バトンですかね」
「バトン?」
「それ以上は置いておきましょう」
怪しさ係数150%くらいは上がったぞ、と首をかしげていると、心配そうに見つめるさやかと目が合いそうになり、そそくさとそらした。
「そもそも、なんでさやかがここに?」
「あ、それは……」
ちらっと安神の顔色を窺う彼女を見て、グルになって俺を何か嵌めようとしているのか、くらいには考えてしまう。
「いいですよ、ここまで警戒されたらそれはやむなしです。お手伝いの経緯について話さないように、というのは僕が決めたことなので」
「ありがとうございます。実は、私もこの魔法を使ったんだ」
数秒間、壁のきしみと隙間風の音だけが部屋の中に響く。
「はあ?」
「詳しいことは言えないけど、夏に使って、ちゃんと効果はあったんだよ」
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そんなテンプレート的テレビ通販の音声が脳内再生される。
「それで、今はお手伝いしている訳」
「さやか、帰るぞ」
ミサンガを机の上に置き、テーブル越しにさやかの腕を取ろうとして、彼女は慌ててのけぞった。
「話ちゃんと聞いてよ!」
「聞いたじゃねえか。四月バカは時期外れだ」
「せめて、とりあえずもらっておいたらいいじゃん! 魔法だよ、ワクワクしない?」
「百歩譲って、魔法が使えたとしても」
前のめりになっていた体はとりあえず戻して、腕を組む。
「後で金を請求されたらどうする? 何か知らない副作用が出たら?」
「ちょっと、さすがに本人の前で」
「怪しいのは百も承知です」
安神さん、と言おうとして、さやかが口をつぐんだ。俺も思わず息を止めてしまう。安神の丸い瞳に、俺を射すくめるような光が灯っている。
「あまり、こういうことをしたくはないのですが」
彼はそう断りを入れた。口元だけは優しく笑っている。
「須田くん。あなたは、何を抱えているのですか?」
俺には分かる。人を観察するとき、たぶん俺が目に宿している色もこれに似ている。
だけど決定的に何かが違う。心の一部を、何かを、完璧に見透かされている。
「なあ、あんたは本当に何者……?」
しかし、彼は無言で立ち上がり、白く輝く屋上の方へと出ていってしまった。俺は机の上のミサンガに目を落とし、どうしたものか思案していた。
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