春風に口笛を


 それから数日後、私はあの屋上の部屋を再度訪れた。


「ありがとうございました」


 ソファに腰を下ろすと、私はまずそう言った。


「お役に立てて光栄です」


 安神さんは、今日もあのドキッとするような、どこか大人っぽい微笑みを浮かべている。

 安神「さん」って言ってるけど、この人、本当は何年生なのだろう、とチラッと思った。一方の誉田くんは、どこかホッとしたように微笑んでいる。


「あの、ところで、今日はどうして呼び出されたんですか」


 昨日、誉田くんから連絡を受けて、春休み中の学校にわざわざ訪れていた。この数日でぐんぐん気温は上がっている。前に来たときは暖房があっても足下が寒かったこの部屋も、今は暖房と窓からの日差しでちょうどいい室温だ。


「それはですね、決まりがありまして」


 きょとんとする私をよそに、誉田くんがおもむろに立ち上がる。


「じゃあ、安神さん。ありがとうございました」


「ええ。誉田くん、ありがとう。本当によく仕事してくれて助かりました」


「いえいえ。では岡田さんも、お疲れ様でした。……その、頑張ってください」


「あ、はあ」


 そのまま誉田くんは立ち止まることもなく、扉を開けて部屋を後にした。二人だけ残された空間で、私はようやく「へっ?」と声を出した。


「ルールなんです。一度魔法を使った人は、その次の資格者が魔法を使い終えるまで、お手伝いをしてもらうことになってるんです」


 ということは、やっぱり誉田くんは魔法を使ったことがあったんだ、じゃなくて。


「いや、そんなの聞いてませんよ」


 次は、私が誉田くんの役回りをするということだ。なんだか大変そうだ。


「ごめんなさい。でも、このタイミングで伝えるということに決めていまして。言い訳がましいですが、合理的だとは思うんですよね。実際、先にこんなことを告げられていたら、渋られたり、怪しまれたりするかもしれないですよね?」


 私は絶対そう感じるだろうな、と思って言葉に詰まる。それが答えになっていて、彼は苦笑した。


「ご安心を。お仕事は、有資格者が現れるまでは、隔週くらいでこの活動に必要なことを勉強してもらうだけです。ですから、受験勉強の合間を縫っても何とかなると思われます。実際、今までにも先例はたくさんあります」


 どうかお願いします、と彼は丁寧に、机につくくらいまで頭を下げた。


 上手くやられたな、と私は苦笑する。


 だけど、こうやって巡っていくのは、悪いことじゃないな、とも思う。私が誉田くんからエールをもらったように、次は私が誰かのために動いて、それがどこまでも続いていく。実際、あの魔法の効果にはそうやって続けていくだけの力がある。


「いいですよ」


 本当ですか、と彼の目が輝く。人の喜ぶ顔は、やっぱり気持ちが良い。


 三月、芽吹きの頃。私は大きな花を、大好きなみんなと咲かせた。

 次の誰かは、夏の時期の訪問者だ。滅入りそうな暑さと湿気の中で、私はその花を、爽やかな花をお裾分けしてあげるんだ。迷えるその人が、鉛筆を手放して部屋から飛び出せるように。太陽の輝きと共にキラキラの夏を送れるように。


 楽しみだな。

 春風が部屋をきしませる音に、私は軽やかな口笛を合わせた。

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