第3話 トラツグ②

「はぁ、しんど」


「うぅん……、うちも久々の変身は疲れんなぁ~~」


 地面に叩きつけられた鷲の男たち。それを眺めながら、クオンとミナリはそう呟いていた。


「いつまで狐の姿でいるつもりだよ」


 大剣を持った男クオンは横にいるミナリを横目で見る。その姿は全身が白くてきれいな毛並みの大きな狐の姿に変わっている。


「こっちの姿もなかなかに心地いいんや。うちのことよりもクオンさんや、負担かかるさかい、やめときって言ったのに。口から赤黒いもん垂れとんで」


「ふん」


 尻尾をふりふりしながらクオンを睨むミナリ。いっぽうでクオンは手で口元に垂れていた血をぬぐった。そんな二人のやりとりをボロボロになっていた軍服を身にまとった戸谷、佐竹の二人の人物が遠くから呆然として見ている。


「驚かせて悪かったな。大丈夫か?」


 そんな二人に近づき、クオンは二人に声をかけた。


「あ、あなたたちはいったい!?」


 佐竹は目を広げて、怪訝な表情を浮かばせる。横にいた戸谷という女性も息を切らせながら、不審な目で見ていた。特にその矛先は狐姿のミナリへと向いている。


「そんな怖い顔せんでもええやん。美人な顔が台無しやで」


「こいつはあいつらとは違う。安心しろ」


 流石に相方がおびえられた表情を向けられるのは、いい気分ではない。ミナリの事を思ってかクオンはフォローを入れた。しかしながら依然変わらない表情にクオンは少し腹が立つ。


「お前らこそ何もんだ。あの鳥人間どもに襲われてたが……」


「わ、私たちは……」


「ま、まて佐竹……。見慣れないよそ者に言うべきではない」


「しかし、少尉、我々はこの方たちに助けてもらったのですよ」


 問いただそうとするクオンであったが、しゃべろうとする佐竹を戸谷がそれを制止した。この女性の行為に苦い表情をクオンは浮かべた。


「まぁ確かにお節介だったかな。確かに俺らはよそもんだ。警戒するのは当然だわな。だがよ」


「ここにほったらかしにするわけにはいかないんちゃう?」


 ミナリはクオンの言葉に割り込んきた。そして姿を再び人の女性の姿へと戻っていた。そして戸谷少尉を抱きかかえた。


「ちょ、ちょっと」


「はいはい、落ち着いて。傷が痛んで動けんのはわかってるんや。うちの背中に乗り」


 そしてそのまま彼女を背中に担いだ。


「ほら、手かしな」


「は、はい」


 佐竹という男もクオンによって立たさせる。そして銃弾を受けて負傷した足に気が付いたクオンはそのまま肩を貸した。


「お、おろしてくれ。私は、お前たちを信用できていない、ふ、二人で、」


「少尉、ここは素直に応じましょう。我々二人だけではもうこの森を安全に出ることなどできません」


「部下のほうがよくわかってんじゃないか。別に煮て食おうとは思ってねえよ。人の好意はありがたく受け取っておけ」


「くっ……」


 抵抗しようにもどうすることもできない彼女は悔しそうに歯ぎしりをした。そんな彼女にクオンはため息を、ミナリは少々苦笑しながら、森の出口へと向かうのであった。




★★★★★★★★★★





「まさか、あなたたちが向かっていた場所が少尉と私がいる拠点だとはね」


 一時間後、戸谷という女性と佐竹という男性を担ぎながら、クオンとミナリは森から脱出した。


 それからしばらくして街道に差し掛かると、脇道に休憩できる岩場があったので二人を座らせていた。クオンとミナリは中腰になると、持っていた包帯や薬などで負傷した二人を介抱し、言葉を交わしていた。


「まぁな、俺たちも目的地が一致してよかったよ」


 佐竹という男性の話を聞くとどうやらクオンとミナリが目指している所は彼らが拠点としている場所らしい。


「あまり我々のことはしゃべるなと言っただろ、佐竹」


「す、すいません。ですがやはり命の恩人相手にはどうしてもというか」


 ただやはり戸谷は頑なにクオンとミナリを信じ切れずにいた。もちろん彼女も助けられた恩は感じているはずなのだが、それでも不可思議な格好、異常な戦闘力の二人を易々と信用できていないようだ。特にミナリへ向けられる視線は恐怖を感じておびえているのが分かる。


「やっぱりうちがこわい?」


「あ、いやその」


 図星を突かれて、たじろう戸谷少尉。ただそんな様子の彼女にミナリは特に嫌な顔もせず、むしろ微笑みながら包帯を巻いている。


「そういうのは慣れとるさかい、気負いすることないで。昔からバケモンとか悪魔とかよう脅えられたわ。生物っていうのは自分と容姿が違うもんに対して奇怪な目を向けたり、恐怖するもんやしねぇ」


「…………」


 落ち着いた口調だが、若干含みのあるような言葉を重ねるミナリ。それを聞いて戸谷は黙っている。


「それにしてもや、あんたは異常なほどうちに怯えてんな。もしかしてうちがあいつらみたいに変身したからか? さっきのあほ達となんか関係あるんとちゃう?」


 そしてそのまま彼女に優しく問いかけながら、視線を向けた。


 その対応を見て、彼女は流石に自身の態度があからさますぎると反省し、深く頭を下げていた。


「す、すまなかった。事情を知らずに。今までの非礼を詫びる」


「いいんよ、誰しも事情があるって」


「いや、ただの差別意識だったんだ。本当にすまなかった。お詫びにあなた方には我々の詳細を話そう。もちろん拠点でも盛大にもてなす」


「急に気前がいいな」


「クオンはん、茶化さない」


 そしては戸谷少尉は頭を上げて二人に自分たちのことを語り始める。。


「我々はもともと東京都と呼ばれる人口50万人の大きな都市に住んでいた。そこでは人は数々の職務に従事して暮らしている。そしてその街や外での治安を守る軍が存在している。軍はその都市の警備にあたるものもいれば、近隣の小さな村に派遣されることもある。我々二人がまさにそれだ。今から向かっている拠点とは数年前に配属された小さな村なんだ。まぁもちろんずっといるわけじゃなくて、東京や他の近隣の村にも行き来して連絡も取っていた」


「ほほぉ、なかなか統制されとるんやね。その大都市を中心に軍備の配置や情報の共有をしとるんか。権力が一転集中しとる王朝制度とかはないみたいやな」


「その王朝というのはよくわからないが、権力が集中させている制度はない。人が人を隷従するなどということをしている場合ではないからな。争いのもとだ」


 場合ではない。その言葉を聞いたクオンとミナリの二人は眉をひそめた。


「我々人間は今、『トラツグ』と言われる種族と争っている」


 『トラツグ』。その言葉は先ほど、フィオネが教えてくれた、あの鳥の翼を生やした男たちの総称であった。その言葉を聞いた佐竹も顔を暗くして、俯く。


「先ほど、うちらが戦ったやつらのことやんね、トラツグって」


「あぁ、トラツグは50年ほど前に突如として現れた。奴らは動物の力を宿したヒト型の種族で、自らそう名乗ったらしい。人間と同じく知性を持ち、そして人間以上の身体能力を有する。しかも姿を動物に変えることができて、とてつもない身体能力を発揮される。トラツグ一体の制圧には武装した隊員が5人は必要だ」


 彼女はそのまま言葉を紡ぎながら、手を力強く握りしめる。


「やつらによって多くの人々が惨殺され、時にはさらわれ、その度に戦ってきた。私の親も兄弟も連れ去られたり、目の前で殺されたりしたよ」


 家族が殺されたと聞き、二人は少し顔がこわばった。


「なるほどねぇ。だから。同じように動物の姿を変えたうちのことが怖かったんやね……」


「申し訳ない……」


 彼女はそう言って、何とも言えない苦い表情のまま再び頭を下げていた。しかしミナリはそんな彼女の肩に手をかける。


「顔上げぇ。そない気負いすることないって。家族の仇がうちとそっくりな獣さんやったらそら怖いし、受け入れがたいのは当然や」


「あ、あぁ」


 わずかに表情が緩んだと感じたミナリはそのまま彼女の肩から手をどけた。


 そして横から一連の話を聞いていたクオンは、二人のやり取りを見終わると、一つ疑問を問いかけていた。


「お前たちがその村で警備していたのは分かった。だがよ、なんであの森にいたんだ? しかもあいつら二人いたんだぞ。今の話なら最低でも10人は兵士が必要じゃないのか? なんであんたらだけ?」


「そ、それは……」


 その疑問に答えようとする戸谷だったが、どうにも歯切れが悪く口が重い。かなり事情を言いにくそうと感じた佐竹は横から言葉をはさんだ。


「それは我々の部隊が少尉と私を除いて全滅したからです」


「なに!?」


「全滅……?」


 全滅。その言葉でさらに場に戦慄が走る。クオンとミナリの表情もさらにこわばっていく。佐竹は続けて詳細を話そうとするが、それを戸谷少尉は制止し、また自分の口で話し始める。


「あぁ、近くの村に配備された部隊は元々25人。さっきまでいたあの森にたびたびトラツグの目撃情報があってな。しかも村人の失踪事件がずっと続いていた。そして上からの命令で、私をリーダーに据えた10人の部隊で、さっきの森へと入っていたんだ」


「なるほどな。それでやつらに出くわして、他の隊員もか」


「そうだ。だが奴らの想定外強さに逃げ惑うのが必至だった。そしてこの様だ。階級が上なだけの無能なリーダーの私のせいでな」


「そんなことはないです。皆、戸谷少尉を慕っていました、あの場合だって」


 佐竹がその言葉を聞いて体を乗り出そうとした瞬間、クオンは手で遮り、彼の動きを止めた。


「俺が聞いたせいだけどよ、熱くなりすぎだ。傷に障る」


「い、いえ。すいません」


「まぁ、こっちもずけずけとトラウマ級の事情を話させちまって悪かったな」


 クオンは軽くため息をつくと岩に立てかけていた大剣を担ぎこみ、その場から立ち上がる。


「休憩はそろそろにするか。あんた達もいろいろ限界だろうしな。とっとと拠点に帰ろうか」


 そして佐竹の手を取り、彼を立ちあがらせた。それに合わせてミナリも戸谷少佐を背負い始めた。そしてクオンは消沈している戸谷に語りかける。


「さっきの話は残念だったが、それでも拠点にはまだあんた達の帰りを待っている仲間が残ってるだろ? 早いところあんたたちの無事を知らせようや」


「あぁ。そう……だな」


 その言葉を聞くと戸谷少尉の顔が緩み、そして瞳から微かに涙が流れていた。


 複雑な感情を抱きながら一行は、村への道のりをまた歩き始めたのであった。





















「まさか我らトラツグがあっさりやられるとはね。まぁあいつらの始末が省けたのでいいですが。ただ最下級の部類とはいえ倒してしまうとは。どうやらあなたの口ぶりからすると、彼を見知ってるようですが?」


「そんなことどうでもいい。とりあえず今はあんたらに従う。見返りにあいつを解放してくれれば俺はそれでいい」


「ふふ。ではそれまでよろしくお願いしますね」


 遠くの木の上、村へ向かう4人を見つめる二人の男。


 一人は黒いコートに黒い翼を持つ男。もう一人はフードをかぶり、顔が隠れている。彼らの存在にクオン達は気づくことは無かった。


 そしてフードをかぶった男は、特にクオンを睨みつけて、歯ぎしりする。



「クオン、あいかわらず癇に障る男だ……」

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