第2話 トラツグ①
ある森の中。
草木が青々と生い茂り、野生の小動物が戯れている。そこには心地の良い風が吹き込み、空には大きな雲と青空が広がっている。まさにそこには広大な自然が広がっていた。
そんな中、突如として空間に渦状の異空間が出現する。大きな轟音、そして衝撃が辺りに伝わる。その場に偶然いた動物たちは突然の異常事態に驚いて一斉にその場から逃げ出した。
「よっと」
そして次にある男の声が聞こえた。と同時にその渦から何者かが出現して地へと降り立った。
「ふう、着いたな」
そこに立っていたのは、身の丈を超えるバカでかい大剣を背中に据え、灰色の鎧を身に纏った男であった。彼の名前は『クオン』という。
「渦の中の移動はどうにも慣れんなぁ」
『ですが目的地には到着しましたね』
さらにその渦から女性が降り立つ。そして電子音の少女の声が、降り立った男女二人だけに聞こえるように発せられていた。
その女性は巫女装束を着ており、狐の耳と尻尾の特徴を持っていた。さらに京都弁訛りで長い黒刀を装備している。彼女名前は『ミナリ』。
そしてもう一人。と言っていいかは定かではないが、電子音の声を発してる者の名前は『フィオネ』。
「ここだな。目的の世界は……」
「いやはや、ようやく来れた。ここにまだあの子がいるといいんやけどなぁ」
『連れてこられたであろうこの世界の時間軸は、その当時から5年3ヶ月は経過してますから、不安ではありますね』
三人は意味深な会話を始める。その間に後ろで空間に渦巻いていた異空間は小さくなっていき、完全に消え去っていった。
二人はそれを感じ取って一瞬後ろを振り向くが、また顔を見合わせ始めた。
「ところでどこにいるんだ? 時間軸まで観測できるんなら場所はわかるのか?」
『生憎ですが、そこまでわかりません。ワタシを便利なナビとでも思っていませんかクオン?』
「お前も俺のこと何かとこき使ってるじゃねぇかよ」
「まぁまぁ、ふたりともそこまでにしとき。こんなとこで口喧嘩始められたら面倒くさいがな。とりあえず森から出ましょ。話はそれからや」
「ちっ悪かったよ」
『申し訳ありません、ミナリ様』
お互いを牽制し、喧嘩が始まりそうになったことを感じ取ったミナリは二人の仲裁に務める。忠告を受けると二人はあっさりと平謝りをする。クオンは若干気だるげな態度で頭をかいていたが。
「フィオネちゃん。こっから一番近い人の集落はあるか?」
『はい。ここから北東およそ3km先に人の集落らしき地形と反応があります』
「おおきに、フィオネちゃん。そんならそこに行きましょ。まずは宿と情報収集や、クオンはん」
「そうだな。時間が惜しいからな」
フィオネはどうやら特殊な手段で位置情報を引き出したようだった。どうやってそれを割り出したのかは不明であるが、二人はその情報にはある種の確信を持っているようで、そのまま示された方向へと歩き出した。
「とはいえ、こんな座標に飛ばされるとはなぁ。きれい景色なんだが、なんか妙だな」
「そうやねぇ。森にいる動物たちも、なんか怯えてるようやし。うちらが突然現れたせいだけでもなさそうやな」
自然豊かで空気も澄んでる心地の良いはずの美しい森。それにもかかわらず、何かおかしいとその場にいたクオンとミナリは感じ取っていた。だがその理由は歩いている道中にすぐに判明した。
「見ろ、周りの大木がえぐれてやがる」
「この地面も穴ぼこやねぇ。なんか出口向かって行くにつれて増えてない?」
歩けば歩くほど、森から出る方向に向かえば向かうほど、地形が荒れていくのがわかった。どうにも嫌な予感がする。
二人はそう思い始めた途端、いきなり銃声音が鳴り響いたのだ。
「ク、クオンはん!?」
「!?」
その音とともに鳥たちが声を上げて飛び去るのが見えた。
「銃声だよなこれ?」
「この世界にはあるみたいやね、その技術が……」
立て続けに木々が倒れる凄まじい轟音が辺りに届いた。さらには人の悲鳴も聞こえた。
『音で感知は出来たと思いますが、発生場所はここから約100mですね。そこに生命反応が4つ。そのうちの二つの生命反応が弱まってます』
フィオネの言葉を聞いて、ミナリはクオンの方向を向いた。クオンはミナリの視線は感じてはいたが、振り向かずにため息を付きながら肩を落とした。
「どうするん? クオンはん?」
「はあぁ……。こういうところが甘いんだろうな俺は。行くか」
「ふふ、了解どす」
クオンがそのまま走り出すと、ミナリも口を微笑ましながら彼の後を追った。
★★★★★★★★★★
「く、くそぉ。少尉を離せ、化け物共ぉぉぉ!!!」
フィオネの指摘どおりの彼らから100m離れた場所。そこには全身が傷まみれのぼろぼろなった男がいた。彼は日本の軍服のようなものを着ており、手には長い銃を構えていた。男は目の前にいる者たちを睨みつけて明確な敵意を示している。しかし体のダメージが相当ひどいのか、流血し、まぶたは閉じかけており、足元をふらつかせている。
「いやぁ、いいモン手にれたもんだ。人の女も捨てがたい、ふへへへ」
「うぐぅ、あぁ」
彼の目の前には身長が3mを超える男たちがいた。しかしながら、彼らの背中には鷲を思わせるような大きな翼が生えており、それが普通のヒトではないのが容易にわかる。
一人はスキンヘッドでもう一人は長髪の男たちだ。ふたりとも昔ながらの海賊や山賊のようなフードや妙なマントを身にまとっており、手には大きな斧を持っている。
スキンヘッドの男は軍服を着た女性を両腕から掴んで吊るしていた。彼女もまた傷を負い、服がボロボロになっている。
「に、逃げろ、佐竹。わ、私はいい。本部に報告して、顛末を説明しろ……こいつらのことを」
彼女は瀕死ながらも口を開いて佐竹と呼ばれた男に言葉を紡ぐ。しかし佐竹はそんな命令を聞こうとはしない。
「戸谷少尉!! あなたを置いていくなんて無理だ!! せめてこいつらと相打ちに」
「おうおう、威勢がいいね。みんなあの世に行っちまったのに、まだまだ強気、たいしたもんだよ」
「でもよ、青年君。俺たちもこの少尉様の意見には賛成だ」
その様子を見て二人はニヤニヤと口を歪める。
「お前に帰られちゃ、おいたしたのがお前らの軍にバレちまう。けっこう暴れちまったからな。だがそうなると回り回って俺らの上のお方に怒られちまうんだ。勝手に人間を狩るのは許可されてないんでね」
「しかしながら、俺たちは人間いたぶって日頃のストレスをすっとさせたいわけよ。だから勇敢な青年くん、ここいらでくたばってくれれば、お互いいいことづくめだ」
そのあまりにも都合のいいことを言いながら長髪の男が佐竹に近づいてくる。
「な、舐めるな!!!」
佐竹は力を振り絞り、銃の引き金を引いた。
「おっと!」
「があ!?」
しかし佐竹の攻撃を分かっていた長髪の男は瞬時に斧を動かして銃から放たれた玉を弾く。それが跳ね返り、佐竹の脚へと当たった。
「ばればれの方向じゃだめだぜぇ、へへ」
「く、くそ、がぁ……」
息を上げてその場にうずくまる佐竹。そして長髪の男はさらに彼に近づき、持っていた斧を倒れ込む佐竹へと振り下ろした。
「佐竹ええぇぇぇ!!! やめろ、おまえらぁぁ!!!」
その光景を見ていた戸谷少尉は声を荒げた。もはや絶対絶命であった。助かるなど到底思えない。誰しもがそう思ったのである。
だが。
「ごあああぁああああ!!!!!」
その瞬間、すさまじい轟音と金属音が鳴り響く。そして長髪の男はうめき声を上げながら、大きく吹っ飛び、遠くの木へと激突した。
「あぁ!? あんまり切れた感触がなかった。こいつ硬てぇな」
「な、何だ一体!?」
後ろで見ていたスキンヘッド男は何が起こったかわからず呆然としていた。それは拘束されていた戸谷少尉も同じだ。
「女の子に手ぇあげるなんて、しょうもない連中やなぁ~~!!!」
そして次に女性の声が響く。
「へぼぉおおあぁ!?」
するとスキンヘッドの男は顎に向かって強烈な蹴りをかまされた。
「おっと。べっぴんさん、大丈夫?」
その瞬間、手を離したスキンヘッドの男から開放された戸谷少尉を彼女はお姫様抱っこで保護した。
「あ、あの!?」
「とりあえずもう一発や!!」
「ごばはああ!!?」
女性は彼女を抱えたままの状態で、間髪入れずにひるんでいた男のお腹を思い切り飛び蹴りをかます。長髪の男も勢いよくふっとばされ、同じく遠くの木へとぶつかった。
「なんだこいつら? わかるか、ミナリさんよ」
「さぁ、知らんな? 獣人の類やないかな?」
突如としてその場に現れた男女二人組。それはミナリとクオンの二人であった。
「そっちの若いお人も大丈夫かぁ?」
そしてミナリは佐竹に視線を向けると、抱きかかえていた彼女を彼の近くまで運び、その場にゆっくり降ろした。
「あ、あなたたちは一体?」
佐竹、戸谷の二人は何が起こったのか状況の理解が追いつかず、困惑してしまっていた。
「説明はあと。今はそこにいとけ。とっととケリをつける」
そんな反応には慣れているのか、クオンは気にせずに再び剣をスキンヘッドの男の向きに構える。ミナリも同じく自身がふっとばした長髪の男の方向を見た。
「ち、ちくしょう。なんだお前らはぁ!?」
「うぐ、いてぇよぉ。こいつらぁ……」
ふっとばされて砂煙が舞っていた男たちの周辺は次第に晴れていき、苦痛の表情をしながらも立ち上がる男たちの姿があった。
「ほぉ、タフだなこいつら。傷跡がみえんぞ」
「まぁ、みるからにヒトやないからねぇ」
彼らの頑丈さには感心しながらも、そいつらに一切恐怖を抱くことなく平然としているクオンとミナリの二人組。それさえも襲われていた佐竹と戸谷は驚愕していた。
『この二人。この世界では『トラツグ』と呼ばれている種族らしいですね』
男たちを見据える二人にフィオネは彼らの詳細を語りだす。
「トラツグ? なんだそりゃ? けったいな名前だな」
「それって、うちとおんなじ感じの種族なんか?」
『ミナリ様と同等に扱うに値しない獣達ですが。ヒト型や獣型に変化できる点が似ていますね』
しかし呑気に会話をするクオンとミナリの様子を見ていた男たちは、息を荒げながら口を挟んだ。
「何をべらべらと話してやがる!!」
「俺たちをコケにしやがって!!」
立ち上がってきた男たちの顔には血管が浮かび、目元がぴくぴくと震えている。わかりやすくキレている。彼らからすれば、自分より図体が小さい者たちにいきなりふっとばされて、あげくに楽しみを邪魔されたのだ。怒るのも当然だろう。
「ふざけやがって、もうお遊びはこれまでだ。嬲り殺す!」
「あぁ、あぁぁ。そうだなぁ!!! 舐め切ったやつにはなぁ!!」
そして男たちは呼吸を荒げて気合を入れ始める。すると彼らの身体から大量の毛が覆われ始め、身につけていた衣服も吸い込まれていく。
「うごぉおおおあがああ」
「ごおおおああがおおお」
奇声を上げながら体格はみるみると変化していき、数十秒も立たないうちに、彼らは『大鷲』にへと姿を変えた。スキンヘッドの男が茶色っぽい毛並み。長髪の男が紺色に変わっている。
「あらら。なんだこのあからさまな展開はよぉ。あいつら鷲になっちまったよ。ミナリさん的にはこいつらは厄介だと思うか?」
「そうやねぇ。まぁこいつら程度やったらどうにでもなるやろ」
「あぁ、そうだな」
二人の変身を見ても彼らは全くの余裕の表情。その舐め切った態度に大鷲の二人は余計にぶち切れる。
「ほざけぇえぇえ!!!!!」
「うおぉがぁぁあおおおおおお!!!!」
そして変身を終えた二人はれスキンヘッドはミナリへ、長髪はクオンへと咆哮をあげながらそれぞれ突進した。あまりの速さで、衝撃波が巻き起こる。
「うわ!!??」「くうぅ!!???」
傷ついた佐竹と戸谷の二人は、声を出しながらもその風圧になんとか耐えながら踏ん張る。
「「死ねえぇえぇえええええええ!!!!!!!!」」
もはやありきたりすぎるセリフを吐きながら彼らはクオンとミナリに突っ込んでいく。そしてぶつかる直前に足を広げて鋭く大きな爪を二人に向けた。
その一連の動作はかなりのスピードであった。だがいくら早くてもその単調な動きは常人はともかく二人にとっては容易く見切ることができた。鷲の男たちの攻撃をクオンとミナリは体を傾け、首をそらして最小限の動きで軽くいなした。
「うえ!?」「避けられた!?」
まさか避けられるとは思っていなかった鷲の二人は勢いのままその場を通過してしまう。驚きの声をあげながら首だけ後ろへ振り返っていた。
「怒りに任した直線的な単調な動き。当てるとなるともっと早くうごかねぇとな……」
クオンのセリフ。その言葉を発した瞬間、大剣と鎧には青い光のラインが二本浮かび上がる。そしてクオンは口元をにやつかせた。
「ほんまやね。じゃ、このおバカさん達も冥土の土産や。うちのとっておきも見せたるわ。はぁあああ!!!」
ミナリは持っていた黒刀を上空に放り投げる。
「行くで、変!!!! 身!!!!!!」
ミナリのセリフ。左手を掲げて、大げさな変身ポーズを取った。すると彼女の身体が瞬く間に変化する。全身に白い体毛が覆われていき、その姿は美しい白狐へと変化した。そして、上空から落ちてきた黒刀を変身を終えた直後にタイミングよく口キャッチする。
「な、なななんだ、こいつら!? あの女も変わった!?」
「男の鎧も変わったぞ!?」
鷲の男たちはその二人の変化に見て慌てふためき、驚愕の声をあげる。
「ぎゃぐおおぁあ!!!!」「ごぉがはぁ!!!!」
瞬間、鷲の男たちのうめき声が辺りに響いた。さらに衝撃が地鳴りと轟音となって地面へと伝わる。
その理由は結果を見れば明白であった。
まず武器を構えたクオンとミナリ二人はその場から常識ではありえないほどの加速をしていた。そして二人はそれぞれの得物である大剣と黒刀を彼らの頭上へと振るった。
二人の攻撃は斬るというよりかは叩きつけると言った方がいいか正しい。彼らは地面へと一気に叩き込まれたのだ。辺りには衝撃音が起こり、地面は軽くえぐられていた。
「うごぉお……」「うがぁあおごぉお」
砂埃が消え、地面にたたきつけられた鷲の男たちの身体が人型のものに戻っていた。スキンヘッドの男と長髪の男、両者とも上半身と下半身が断裂しかけており、つぶれていた。完全に白目をむいてもはや虫の息であった。
「ったく、レベル2の速さで斬っても完全には斬れねぇか。本当に硬てぇ皮膚だな」
「そうやねぇ」
二人はいつもの雑務をこなすが如くあっさりと勝利を収めていた。彼らにとってはこの程度の敵は全くの苦ではないようだった。
「でもクオンはん。その鎧のレベル2はあんまり使わんほうがいいってうちはあれほど忠告してたんやけどなぁ。そこんとこどう説明するんや?」
「興が乗っちまったんだよ。男はカッコつけたがりなんだよ」
軽く睨むミナリをよそに、彼は軽く微笑む。その口からは血が垂れていた。
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