6時間目:魔術の応用(特別活動・Ⅱ)
目の前に見えている光景の意味を瞬時に理解したロゼルは、周囲と自分の位置関係を確認したうえで地の精霊との接続を解除。杖を介して、大地そのものと接していた自分の魔力を引き戻した。
「ふぅ……」
ゆっくりと目を開け、ぼんやりとしていた視界を、何度かの瞬きで正常に戻していく。
そこから三人の方に目を向けると、ちょうど最後の土砂を道路上から除去し終わるところで、これから一方向に土を固めていく作業へと移っていく段階だった。
これは好機と、ロゼルは三人の元に駆け寄っていく。
「三人とも、作業中止! 直ぐにこの場を離れなさい!」
「先生!? い、一体、如何なさったんですか!?」
唐突な警告と、彼女の浮かべていた真剣な表情に、三人は目を丸くする。
「この土砂崩れを引き起こした元凶が、まだ上の方に居座ってる。しかも、もう一撃食らわす気満々でね!」
「ええ!? それって!」
「と、取り敢えず、ほら。メリンもガルドも逃げる準備だよ。先生、その元凶、止めるんですか?」
冷や汗を垂らしながら他三人の様子を見ていたジェーンが、少々狼狽している二人を促しつつ、ロゼルの表情を見やる。
「まあ、元凶そのものを止めると言うより、崩落そのものを封じ込める感じだけども!」
答えながらも、ロゼルは、土砂の襲い来る予定の位置に向かって立ち、地面に杖を刺す。
「そ、そのような事が可能なのですか? 相手は自然現象ですよ?」
「すっげぇ! やっちゃえ先生!」
慌てたような表情のメリンの横で、まるで年少の男子のような盛り上がりを見せているガルド。
「可能かどうかと言うより、やれることをやるだけだから」
そのように相反する空気を背中に感じながら、ロゼルは術式のイメージ組み立てに入っていく。すると、山の上の方から何かが唸るような低い音が聞こえ、四人の足元が軽く振動を始めた。
その意味に気が付いたメリン達が、焦りの表情を浮かべる。
「さあ、君らは早く退避しなさい。ジェーン、二人を宜しく」
杖を中心に輝き始めた魔力の流れに包まれながら、彼女は振り向くことなく語る。そして、その言葉に頷いたジェーンは、他二人を引き連れてその場を離れていくのだった。
ロゼルは、目の前で鳴動を始めた斜面や木々を見据えつつ、使うべき魔術の順序と、発動までの時間差の算定を行い、順調に危険に挑む準備を完了していく。
合わせて、渦巻いていた魔力の流れが落ち着きを取り戻し、淡い輝きとして、杖とロゼル本人の体を包み込んでいった。
(まずは地属性の精霊との同期を行って、そこから土壁を全力で張り巡らせる。精霊と正式契約を交わせば楽なんだけども、この音を聞く限り、時間的な余裕はなさそう?)
自身を包み込んでいる魔力の光を、かざした手の先に向けて集めていく。それらは大地の色とされる薄茶色に染まりながら、その力の解放を、今か今かと待つように輝きを放っている。
(三人は、下がったね。さあ、始めるか! 多分、地精霊の地形維持力頼りになるけど、やるしかない)
背後に感じていた人間の気配が消えたことを確かめたロゼルは、山を抱くかのように両腕を広げた。
「この叫びを聞け。大地の精霊たちよ! この地を救うために、我が魔力と汝らの力を合わせたまえ!」
あらん限りに叫ぶ。周囲に木霊を生み出すくらいの声量で、自分の望みを高らかに。
声に合わせるように、地の属性に染まった魔力の塊も、力強く輝き始める。
「今ここに、汝らとの仮初めの契約を交わし、我が魔力の奉納をもって対価とし、大いなる大地の息吹を借り受ける! 術式行使。
今にも荒れ狂わんばかりに輝き始めた魔力の塊に向けて、声と共にロゼルが拳を叩き込む。その瞬間、無数の小さな球へと飛散した魔力の塊は流星のように飛翔すると、斜面に等間隔に突き刺さっていく。
そして、各所で光を噴き上げると、着弾点から円形に幾何学模様が描かれ、まるでそれに導かれるように、地鳴りの音と共に、土砂を受け止めるに十分な土の壁を築き上げた。
「うおぉぉぉ!?」
「先生、すっごー……!」
「なんて無茶苦茶な術式。大地の精霊の維持力を逆手にとって、巨大な土壁を造るなんて!」
およそ人力の突貫工事では行えないような現象に、退避していた三人が驚きで目を丸くする。
その間にも事態は進行し、上の方から来ていた轟音は徐々に高まっている。その場に居た全員が、斜面の崩落が始まったことを察知するに十分な状態だった。
「
状況の把握から、間髪入れずにロゼルが術式を繋げる。声と同時に、彼女の頭上に別の魔力の光が出現。それは土の壁に向かうと、青い靄のように広がって壁を包んでいった。
そして。
「!」
残った木々を押し倒し、巻き込みながら迫っていた土砂が、壁に向けて雪崩れ込む。
激しく壁にぶつかりながら、辺りに筆舌に尽くしがたい轟音が響き、最初の勢いによる影響からか、跳ねとんだ泥水が思い切りロゼルの横に落着し、彼女の外套を汚す。
ただ、岩や倒木などの土砂本体はしっかりと堰き止められていた。
(
壁に向かって、補強のために追加で魔力を注ぎ込みながら、ロゼルは毅然とした表情と佇まいで、自然の猛威に立ち向かっている。三人の生徒も、固唾を飲んでそれを見守っていた。
さて。それから、どれほどの時間が経っただろうか。徐々に轟音も治まり始め、崩落する斜面の勢いも鎮静化に向かっていく。
「ふぅ……」
その様子を見て、ロゼルは魔力の追加供給を停止。刺した杖から絶えず噴き上がっていた魔力の光も、合わせて停止した。
「さっすが先生だぜー!」
「せんせー!」
「大丈夫ですかー!?」
事態の終息を見て取ったからか、メリン達もロゼルの下に戻ってくる。
「ああ、うん。何とか大丈夫。ちょっと泥だらけになったけどね」
駆け付けた三人にそう言いながら、ちょっとどころではない範囲で泥の跳ねている外套を、優しく撫でた。
「まあ、壁は保ってくれたし、土砂も堰き止められたから大成功ってことで。それじゃあ、後始末しようか。量が増えたけど、土砂を一ヵ所に固めて置かないとね。さっきの壁についての術式は、後で教えてあげるから」
そして、引き抜いた杖を構え直し、ロゼルは目の前の土壁へと向き直った。
「本当ですか!? よしジェーン、ガルド。連携して土を固めましょう」
「合点承知ー!」
「おう、任せろ!」
三人も、意気揚々とその横に並んで魔力の練り上げを始め、四人での共同作業を開始するのだった。
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