3時間目:妖精族の仕事について(課外授業)
ある日、一日の担当授業を終えたロゼルは、渡り廊下を歩きながら自室へと向かっていた。
「うん?」
その途中で、中庭を通りがかった時にふと横を見ると、中庭の一部に作業衣姿の生徒数人が集まって、困った様子で花壇を見つめている姿が目に留まった。
「何か、あったかな?」
特に騒動などは見られないため、問題なしと考えて立ち去っても良かったが、集まっている生徒の一人が、余りにも悲しげな表情を浮かべていたので、結局、現場に足を運ぶことにしたのだった。
「こんにちは」
ロゼルは、いつも通りの歩調で生徒たちに近付き、優しく声を掛ける。
「あ、ロゼル先生。こんにちは」
「こんにちは。お疲れ様です、先生」
彼女の声に気付いて振り向いた生徒が、思い思いの言葉で挨拶を返す。
「ところで、何かあったの? みんなで集まって」
集まった生徒たちの顔を見回しつつ、質問を飛ばす。
「それが。ちょっと、花壇に問題があってですね。そこの花なんですけど……」
すると、そこに居た生徒の中では上級生の女子が、質問を引き受けて答え、問題があったという場所を手で示した。
「花?」
その方向を見やると、そこには、一定範囲の花だけが突然に枯れてしまったような、不自然な状態の花壇があった。
「ああ。あの枯れている花ね。それにしても、あそこだけ完全に枯れて、他が元気一杯なのは、何とも不気味ね。あの状態はいつから?」
「それが。あの花は、今日の朝は大丈夫だったんです。ところが、つい数分前に見に来たら、あの有様でして……」
そう語る生徒の表情からは、無念さと悲しさが滲み出ていた。
「先生は、何か、ご存知ないですか?」
「ふむ……。ちょっと見せてね?」
その言葉に頷いたロゼルは、早速枯れた花が植えられている花壇へと近づき、しゃがむ。
まずは枯れた花にそっと触り、次に土に触れ、最後に、無事な花が植えられている場所で同じ作業を行ってから、再び頷いた。
集まっていた生徒たちは、その様子をじっと見守っている。
「なるほど。これはもしかして……」
そして、どこか確信めいた雰囲気を漂わせて、そう呟くと、生徒たちの方へと戻っていった。
「な、何か分かったんですか? ロゼル先生」
最初に答えた生徒とは別の生徒が、身を乗り出すような勢いで質問を飛ばす。
「まあ、落ち着きなさい」
ロゼルは、それを軽く制しながら、視線を先ほどの花壇へと向けた。
「ところで、この事は誰かに報告した?」
「あ、はい。三年生の先輩が、フェルシア先生に報告した方が良いかもって、先程、研究室に向かわれました」
その言葉に、ロゼル微笑を浮かべる。
「なるほど、良い判断ね。フェルシア先生なら間違いないでしょう。これは妖精学に詳しくないと、分からない現象だから」
「え? 妖精、ですか?」
「そう。あれは妖精の仕業だから」
「え? えぇ!?」
ロゼルから、サラッともたらされた情報が余りにも意外だったのか、その場に居た生徒全員が、驚きの声を上げた。
「それじゃあ、そうだなぁ。フェルシア先生が来るまで、その話でも聞いていく?」
「あ! 是非伺いたいです。今後のためにもなりそうですし!」
彼女の提案に、即座に生徒全員が同意を示す。
先程、悲しそうな表情や、悔しそうな表情を浮かべていた生徒も、いつの間にか明るさを取り戻していた。
「まあ、短い話だけどね。それじゃ、課外授業を始めよっか」
ロゼルは、それらの反応に対して頷くと、その場に居る全員の顔が見える位置に移動した。
「今回の、この現象を引き起こしたのは、結論から言えば、妖精族の中でも、特に精霊との結びつきが強い『シルフェド』と言う妖精ね。二年生以上なら、名前は知ってるわね?」
そう言って全員の反応を見渡す。
数人が驚きの表情を浮かべており、その全てが、二年生以上の学年章を胸元に付けていた。
すると、その中の一人から手が挙がった。
「質問かな?」
「はい、先生。宜しいでしょうか?」
「もちろん」
「有難う御座います。そのシルフェドと言う妖精は、確かエルフ族からは“森の番人”とか、“森の守り人”とか、呼ばれていますよね? そんな妖精が植物を枯らすんですか?」
その生徒の言葉に他の数人も頷いている。どの顔も、納得が出来ていない様子だ。
「ええ、そうよ。場合によっては植物を枯らすし、必要と判断したら容赦なく根絶やしにすることもあるね」
「そ、そうなんですか? そんなに怖くて、残酷な妖精だったんですか?」
「残酷、か。それは大きな誤解があるね。彼らはただ、自然の営みを護っているだけだよ。時季に相応しい花を咲かせ、病気持ちの植物を除去し、正しい形を整えていく。だからエルフ達からは、番人とか守り人とか呼ばれているわけで」
そこまで話してから、手が上がっていないかを、ちらと見て確かめた。
「もし彼らが何処かを通過した時に、例えば、そこに季節外れの花が咲いていたなら、彼らは咲く時期を間違えたと考えて、その花を枯らしていくだろうね。これは残酷だからとかではなくて、それが彼らの役割だから、そうしているだけなんだよ」
「……」
優しく、語りかけるように話を展開していくロゼルの『課外授業』に、聞いている全員が聞き入っていた。
「さっき、そこの花と土に触って気が付いたんだけど、妖精族特有の魔術による痕跡があった。ヒトでは扱えない術式だから、まず間違いないね」
ここまで静かに聞き入っていた生徒たちは、それぞれが顔を見合わせ、納得したように苦笑を浮かべ合った。
「そうだったんですね……。確かに、そこに植えていた花は、この時期には早い花でした。苗が入手できたので植えましたけど。それが原因だったんですね?」
最後に発せられた言葉に、ロゼルも同意の頷きを返した。
「うん、そう言う事になるね。ただ、この辺りには深い森が無いから、シルフェドの影響力は殆ど無いはずなんだけどね。まあ何かの拍子に、通過したのかも知れないね」
「……何か、対策とかは無いんでしょうか? 枯れたのは、まだここだけですが、他の花壇にも同じ花を植えてあるので、何とかしたいです」
切実そうな表情を浮かべた生徒数名の視線が、ロゼルに集まる。
「うーん。まあ、一応はね。でも、続きはフェルシア先生に教わって。ちょうど来られたみたいだから」
そう言って、彼女が視線を横に流すと、花壇の向こう側から二人の人物が走ってくる様子が見えた。
一人は、先程の話に出ていた三年生の生徒。もう一人は白衣を身に着けた成人女性だった。
そして、その白衣の女性こそがフェルシアと言う名前の教師で、妖精学と精霊学の担当として教鞭を執る、教導魔術師でもあった。
「じゃあ、課外授業はこれで終わり。後の指示はフェルシア先生に仰いでね」
それだけ言うと、ロゼルは全員に背を向けて、校舎へと戻っていく。
「はい! あ、ロゼル先生。貴重なお話を、有難う御座いました」
「有難う御座いました!」
立ち去っていく彼女の背に向けて、生徒たちが感謝の言葉と共に頭を下げた。
ロゼルは、一度足を止めて振り向く。
「うん、どう致しまして」
そう言い、全員の顔を見て微笑むと、フェルシアと入れ違いになるように姿を消すのだった。
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