2時間目:魔力の矢・実技(初級)

 その日、ロゼルの担当している生徒達は、実技の授業を受けるために、学校が所有している総合運動場に来ていた。各々、見習い魔術師御用達の外套に身を包み、手には専用の長杖と、筆記具等が収められた鞄を持っている。

 運動場に着いた生徒たちは、それぞれが一ヵ所に固まっており、全員が期待と緊張に満ちた空気の中で、ロゼルの登場を今か今かと待っていた。


 すると。

「あ、先生だ」

 唐突に、一人の生徒が声を挙げた。

 見ると、運動場の出入り口からロゼルが、教導魔術師の証であるオーダーメイドガウンを身に着けた状態で入ってきたところだった。

「はーい。全員揃ってる? 点呼は終わらせた?」

 そんな彼女の落ち着いた声に合わせて、この教室の委員長を務める生徒が、急いで彼女の下に向かった。

「はい、先生。朝の段階でお伝えした人以外は、全員揃っています。あと、忘れ物をしている人は居ませんでした」

「そこまで調べてくれたのね。有難う。それじゃ、全員を祭礼台前に集合させて」

「はい! おーい、みんな!」

 指示に従って、委員長の生徒がクラスメイト全員に向けて声を発した。

「さて……」

 その様子を見届けたロゼルは、魔力で杖を浮遊させて腰かけると、物語の中の魔女のように、低空飛行でゴーレム専用倉庫の前まで移動する。

「標的用のシールドゴーレムを出しておかないとね。四機で良いかな」

 ふわりと地面に降り立った彼女は、専用倉庫の扉に掛かっている魔力付与の鍵を外して開放する。直後、空いた扉から四機の、長方形の盾を装備したゴーレムが現れ、倉庫前に整列し始めた。

「うんうん。良い子良い子」

 それを満足そうに見やると、再び浮遊する杖に乗って、低空飛行で祭礼台の方へと向かうのだった。


 自分の指示通りに整列している生徒たちの前に、ふわりと降り立ったロゼルは、生徒全員の放っている期待に満ちた空気に包まれた。

 その感覚に微笑みを浮かべた彼女は、一度、全体をゆっくりと見渡す。

「それでは今から授業を始めます。今回は、攻撃術式である魔力の矢マジックアローを、みんなに実際に使ってもらいます」

 そして、彼女の口から発せられた授業開始を伝える言葉に、全体から歓声が上がった。

「復習はしていると思いますが、軽くおさらいしましょう。はい。一度、教科書を出して、攻撃魔術のページを開いてください」

 ロゼルの指示に合わせて、生徒全員が教科書を取り出し、指定のページを開く。

「そこの、魔力の矢についての項目を見てください。基本部分は前回の授業で教えた通りですが、今からそこに書かれている実践編を、一度皆さんに見せたいと思います」

 そう言うとロゼルは、手の平の上に、魔力の塊である光球を生み出した。

「はい。では教科書はそのままに、一度こちらに注目してー?」

 生徒たちの視線が一斉に彼女に向く。幾人かは、彼女の浮かべている魔力球に気を取られていたが、概ね全員が授業に集中していた。

「今から、この光球を使って魔力の矢を作ります。本来は頭の中でイメージして行う工程だから、目に見える形ではないんだけどね。さて……」

 そう言って、ロゼルが魔力球に目をやると、そこから一本の、まるで光の糸のようなものが現れて伸び、生徒達の視界内に漂い始めた。

 それを全員が目で追っていた、次の瞬間。漂っていた糸が自律して編み物でもするように、何かの形を組み上げ始めた。しばらくすると、そこには矢の基礎部分である矢柄が出来上がっていた。

「おー。すげー」

「こんなに綺麗なものなのですねー」

 一連の流れに、生徒たちが感嘆の声を漏らしている。

「この場合なら、一本の糸を芯にして、その周りに肉付けする形で魔力を巻き付けると、頑丈な基礎部分が作れるね。次は矢羽……」

 ロゼルの言葉に合わせて、魔力の糸が再び自立して編み物を開始。そのまま矢の後方に付属する羽を三枚編み上げて見せた。

「最後にやじり部分を作って……」

 そうして、最後に先端部分を編み上げて組み立てると、あっという間に、蒼い光を放つ一本の矢が出来上がっていた。驚きの声と共に拍手が起こる。

「はい、これで完成。途中の工程は、それぞれで調整して、やり易い方法を探しても大丈夫だからね」

「はい!」

「あー、そうそう。最後に大事なことを教えます。こうして生み出した魔力の矢は、何処かにぶつけるか、かき消さない限り、直ぐに消すことが出来ないんだ」

「自然消滅はしないんですか?」

 その説明に、生徒から質問が飛ぶ。

「自然消滅はするね。凄く時間が掛かるけど。とある術者の記録によれば、消滅するのに一日以上掛かったって言うから」

 ロゼルが笑顔で解説する。

「えー!?」

 その後に生徒達から起こるどよめき。

「そうなると事故の元になるから、実験や練習で魔力の矢を作るときは、周囲に誰も居ない広い場所で行うのが最適と言うことだね。でもまあ、不便だから……」

 そう言うと、ロゼルは自分の生み出した魔力の矢を見やり、そこから僅かに伸びている一本の糸を摘まんだ。

「こういう風に……」

 彼女がそれを軽く引っ張ると、矢を形作っていた魔力が解れ、光の粒へと還元されて消滅してしまった。

「自分なりに、魔力を霧散させる要素を術に組み込み、こうやって消すことが出来るようにしておくと、いざと言う時に良いかも知れないね」

 再び起こる生徒達の感嘆の声。

 ロゼルは「ふむ」と頷くと、もう一度全体を見渡した。

「これで実演は終わり。あとはみんなで色々と試してもらいます。今から四人でグループを作って、練習してみてください。時間は今から三十分間とします」

 その言葉に、生徒全員が表情を引き締める。

「四人全員が十分に出来たなら、その段階で私に教えて。では、始め!」

 パンと言う手を叩く音で、生徒全員が動き始める。友人同士で組む者。それ以外で組む者と、その動きは様々だったが、順調に事は推移していった。


 それから見られた光景も、やはり様々だった。

 順調に魔力の矢を組み立てて賛辞を浴びる生徒もいれば、組み立てに苦戦して矢を空中分解させてしまった生徒もいる。何度も何度も試行錯誤を繰り返し、それぞれが楽しそうに頭を悩ませていた。

 ロゼルは、次の準備として標的用ゴーレムの移動作業を進めながら、その様子を満足そうに見守っていた。


 それから十五分後のこと。

「先生! 出来ました!」

「俺も俺も。上手く出来たと思います」

 早速、魔力の矢の作り方に慣れてきた生徒グループが、ロゼルの元を訪れる。

「お、早かったね。宜しい。では次の段階。あそこにシールドゴーレムが見えるよね? それを標的に魔力の矢を撃ってみて。狙い方は、普通の弓矢と同じ方法で大丈夫だから」

「はい!」

 指示に従い、離れた所で横一列に並んだシールドゴーレムに対し、同じように横一列に並ぶ生徒達。

 そして、それぞれが編み出した作り方で魔力の矢を生成。滞空させた。

「……」

 ロゼルはそれを静かに見守り、行く末を観察する。

 しかし、全ての矢は標的を射貫くことはなかった。二つは大きく横に逸れ、一つはゴーレムの頭上を跳び越えて後ろに着弾。最後の一つは、飛翔途中で空中分解した。

 目に見えてがっかりした様子を見せる生徒達四人。

「まあ、誰でも最初はそう言うものだよ」

 その姿に、ロゼルは微笑を浮かべると、それぞれの顔を見やる。

「助言すると、矢が横に逸れた時は、指さし確認のように手を構えて、その先を射るようにすると上手く行くはず。矢が大きく飛び越えた時は力み過ぎ。肩の力を抜いてもう一度」

「は、はい!」

 それぞれに優しく、笑顔でそう語りかける。

「あ、あの。空中分解した俺は、どうすれば?」

「君の場合は、そうだなぁ。矢を作るときに、基礎イメージをもう少し頑丈なものに変えて見ると良いかもね。矢柄部分に魔力を巻いて、少し太くしてみるとか」

「なるほど! ちょっと、見た目が不細工になりそうだけど……」

「うーん……。それは矢が空中分解しなくなってから考えようね?」

「へーい……」

「ははは!」

「おま、笑うなよ!」

 ロゼルに窘められた生徒を、他の生徒が揶揄からかうように笑い、揶揄われた側は顔を真っ赤にして、指摘を恥ずかしがっていた。

 そうして、アドバイスを基に、再び自分なりの工夫を施した方法を試している四人を見やり、ロゼルはにっこりと笑うと、次に向かってきている別の生徒グループへと、目を向けるのだった。


 練習開始から三十分後。

「よーし! 全員一度集まってー!」

 制限時間いっぱいとなった授業の締めくくりを行うべく、ロゼルは各所に散らばっていた生徒達を集めた。

「一班、集合しました!」

「二班、オッケーでーす!」

「三班、大丈夫です」

「よ、四班……今戻りました!」

 次々に、各班長から報告が挙がり、最初と同じように一ヵ所に固まっていく。

「……うん、全員揃ったね。では、今日のまとめに入ります」

 その言葉に、生徒全員が芝生の上に座り、姿勢を正す。

「取り敢えず、全員魔力の矢を作れるようになったと思いますが、これはまだまだ序の口。次は作る本数を増やしたり、より高度な使用法についても学んでいくことになります」

 全員、静かに傾聴している。

「覚えることも増えると思いますが、頑張って身に着けていきましょう。何か質問はありますか?」

 すると、声と共に数人の手が挙がる。

「はい、どうぞ」

 その内の一人を指名し、起立させる。

「二つありますが、宜しいでしょうか?」

「もちろん、良いですよ」

「有難う御座います。その。先生は、魔力の矢を一度に何本ほど維持できるのでしょうか? そして、高度な使い方とは、具体的にどのような使い方なのでしょうか?」

 起立した生徒の言葉に、手を挙げていた数人が頷いている。その様子に微笑みを浮かべたロゼルは、杖を片手に祭礼台へと上がった。

「なるほどね。じゃあ、実際に見せてあげようかな。私の頭上に注目!」

 言葉に合わせて、全員の視線が彼女の頭上に向く。

 すると、ロゼルの頭上に、膨大な数の魔力球が瞬間的に形成され、その全てが魔力の矢へと変換された。

「うお!?」

「わー……!」

「すげぇ! 何本あるんだ、あれ!」

 口々に驚きの声を上げている生徒たち。中には、開いた口が塞がらないと言う風情の生徒も居た。

「ふふ……。そして!」

 そう言ってロゼルが左手を掲げると、それら無数の魔力の矢が、まるで曲芸のような飛行を始めた。纏まった本数で編隊飛行をする矢もあれば、それらの周囲を螺旋状に回りながら追従する矢もあった。

「はー……」

 もはや言葉にもならないと言ったような調子で、生徒全員が、ロゼルの披露した曲芸飛行に魅せられていた。

「まあ、こんなところかな。終わり!」

 ロゼルが、声と同時にパンと手を鳴らす。次の瞬間、空を駆けていた魔力の矢が一斉に霧散。光の雨粒となって運動場に降り注いだ。

「これが、魔力の矢の高度な使用法の一つです。慣れてくれば、矢の一本一本に別の目標を狙わせたり、別々の軌道を描かせたりすることも出来るわけです」

「わ、私達にも、出来るようになるのでしょうか?」

 質問した生徒が、驚愕を全面に出した表情で、ロゼルに再び問う。

「断定はできないけれど。今以上に修練を積んで、知識を得て、経験を重ねれば、出来るようになるかも知れません。誰にでもチャンスはあります。なので、頑張りましょうね!」

「はい!」

 優しく微笑んだロゼルの言葉に、その場の生徒全員が、決意に満ちた表情で反応を返した。

 こうして、この日の授業も無事に終了したのだった。

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