漆黒転移

 

 ――今日はスイの誕生日だ。


 ミチルはいつも以上に上機嫌で仕事に取り組んでいた。

 しかしダムの建設で死傷者が出る事は珍しくない。決して不真面目だったわけでも、油断していたわけでもない。

 もし後ろめたい事をあげるとすれば、五歳になる息子の顔を思い浮かべ、早々に仕事を切り上げようと考えていた事くらいだ。

 だから事故の原因も理由も、思い当たる節がない。

 気が付いたら足場の無い中空にいた。

 いつ踏み外したのだろうか。それ程までに集中力が散漫になっていたのだろうか。

 上昇し続ける落下速度に反して、感じる時間は非常に長かった。ミチルの頭が透き通るほど鮮明に働いたからだ。


 妻のミチコは一人でやっていけるだろうか。

 自分に憧れていたスイは捻くれずに育つかな。

 まだ幼いマサは成長しても父を覚えていてくれるのか。


 別の作業中だった仲間が自分に気付き、大騒ぎしている所もよく見えた。しかしそれも上に過ぎ去っていく。

 下は水だが、この高さではまず助からないだろう。

 確定した死を目前にし、それでも何もできない無力感と言ったら、絶望でしかない。

 きっとこんな時に人は悪魔に魂を売るのだろう。


 ――せめてもう一度だけ家族に会いたい。


 その為に自身が酷い目に遭うとしても、願い続けるだろう。

 会ってどうするのだろうか?

 わからない。

 別れを告げるのか、礼を告げるのか。

 意味はあるのか?

 ないかもしれない。

 それでもただ会いたい。

 それが愛というものだろう。


 そうか、そういうものか。


 ミチルは最期に大事な事を学んだ気がして、顧みた自分の人生が幸せだったと確認してから目を閉じた。


 漆黒。

 綺麗な深淵色。

 暗闇が美しいなんて、おかしな感性だな。これが死人のセンスか。

 くだらない事で自嘲しながら、頭の片隅で周囲を探る。

 身体に痛みは感じなかった。

 音も衝撃もなく、何かに触れた感覚も無かった。

 即死だっただろうか。

 それとも、悪魔に助けられたのだろうか。


 目を閉じてから初めて感じたものは、門を潜る感覚。

 子供の頃、鳥居をくぐった後に、神聖な場所へ入って来たのだと錯覚してしまう、あの感覚だ。

 何て幼い思考なんだ。

 死を経験すると幼児退行を起こすのか。

 しかしあの頃の無限大な想像力といったら、恥ずかしくも誇らしくもなる。

 闇を司る正義の味方、そんなものに憧れていたんだ。

 スイもそんなヒーローに憧れるのかなあ。


 暗闇の中でも止まらない思考を働かせ続けるミチルは、次第に違和感に包まれていった。


 一向に死を味わえないのは何故だろうか。

 いや、死にたいわけではない。

 闇に囚われて、戻れない過去に打ちひしがれる自分の無力さに嫌気がさしたのだ。


 すると、段々と身体の感覚が掴めるようになってきた。

 それは自分の躰によく似た、新しい躰。

 そんなイメージを持った。

 生まれ変わったのだろうか。


 ――とにかくまず、暗黒世界から我が身を解き放とう。


 やはり思考が退行している事に気付かないまま、ミチルは全身の感覚を集中させた。

  そして――



「――っとーさま!? ……違う、誰?」


 晴れて行く視界。

 吹き荒れる魔力。

 揺れる景色。

 荘厳な城内の玉座には、まだ幼き少女。

 黒づくめのローブに身を包んだ、万能感溢れる自身の躰。


「くふ、ふはははは!我こそが漆黒の英雄!悪魔に魂を売る事により、闇の底から這い出た、世の真理を司る、唯一無二の存在!……たった一つの願いを叶える為だけに蘇ったんだ……」


 最後の方は少し哀しそうな表情をしていたから、少女は色々と気の毒に思い、「そ、そう……」と言葉に詰まっていた。




 ――――――――――――――




「そうか……俺はその、デミアンの魔法によって召喚されたのか……しかし、何故二つの魔法陣を?」


 ミチルは、魔法陣に包まれた魔王城に召喚されてから、段々と冷静になり、目の前にいた少女を質問攻めにした。

 ここはどこか。何故自分がここにいるのか。何故自分は若返っているのか。この湧き上がる力は何か。


 少女は名をマオと言い、今までずっと眠っていたが、ミチルの召喚時の強力な魔力によって目を覚ましたらしい。

 それからこの世界、アルバリウシスの過去や、若い外見のミチルとよく似た、デミアンと言うマオの父(定かではない)の話を聞いた。


「さあ……父様が何を考えていたのかはわからない……でも、今リクハートが操っているこの世界は、父様が望んだ世界ではない事は明らか。魔族や亜人族は虐げられ、狭い領土内で苦しく生活している」


「ふむ……だがこうも考えられる。凶暴な人族から亜人達を遠ざける為に、あえて亜人達を嫌うように仕向けているんだ。だって、二百年以上前は、亜人達は人族の奴隷として共存していたんだろう?俺は奴隷になるくらいなら、隅っこに追いやられる方がマシだと思うからな」


「それはそうだけど……でも!どうして皆んなが仲良く出来ないの?偏見や差別って、無くならないの?」


 ミチルは考えた。

 自分の目的は、家族の元に帰ること。

 死ぬ前に魔法陣を通ってこの世界に来れたなら、生きて向こうの世界に戻れるに決まっている。

 だが、ミチルのお人好しな一面は、目の前の少女の苦悩を解決してあげたいと思ったし、この世界をもっと知り、亜人達が本当に苦しんでいるなら助けてあげたいとも思った。

 何より、帰る方法は簡単には見つかりそうもないのだし。


「わかった、無くそう。全ての間違いを俺たちで正して、デミアンが望む理想郷を創り上げようじゃないか」




 ――――――――――――――




 ミチルは自分の力を試しながら旅に出た。


(ここが王都か……)


 マオの話によれば、この王城にリクハートがいるらしい。

 念の為に隠密と認識阻害を自身にかけてから、街を探索する。


(なんだこの怪しい店は……)


 怪しい黒服のミチルは、怪しいルシウスの店に惹かれた。


「いらっしゃ……あんた何者だ?俺のアトラクションが反応しないレベルの隠密……認識を阻害された魔力の質は……魔族か!?」


「へえ、俺は魔族だったのか。でもあんたも人間じゃないな?……もしかしてエルフってやつか?」


「く、ふはは!自分を知らない奴に俺の正体が見破られるとは!なあ、あんたこれを着けて行きなよ。魔力の質を偽る事に特化した認識阻害マスクだ。王都にはあんたの正体を見破れる奴が何人かいそうだからな」


「格好良い仮面だ……ふははは!感謝する。魔王であり、人族の英雄になる俺様は漆黒の英雄。いつか貴様の故郷に礼をしに行こう」


 漆黒の仮面を付けたミチルは気分良く出て行った。残されたルシウスは一人呟く。


「なんか危ない奴だな……エルフの里には近づけないようにしとくか……ステラに連絡だ」


 この後に訪れた惑いの森で、ミチルが迷子になったのは言うまでもない。




 それからもミチルは旅を続けた。

 冒険者登録したギルドではあっという間にSランクに昇格したし、世間にも“漆黒の英雄”の名は知れ渡った。

 この世界に蔓延る違和感にもすぐに気付いたし、それがリクハートの魔法だということをマオから聞いていた為、不自然なこの世界が、リクハートの箱庭の様に見えてしまって気持ち悪かった。


(エルフの里には行けなかったが、獣族の里も苦労している事がわかったし……一旦帰るか)


 ミチルは黒い渦を創り、その中に入っていく。

 一瞬にして魔大陸に帰還できるこの魔法は転移魔法だ。


 そして魔王城に向かう道中で、今までにない強さを秘めた魔物に出会う。


「おぉ、フェンリルってやつだな。かっこいいなぁ……」


『お主が魔族の間で噂になっている、新たな魔王か。その力を見せて欲しい』


 言葉がわかるんだな、と感心していると、恐ろしく速いスピードで白狼は襲って来た。

 戦いの幕開けは早かったが、幕が閉じるのも早かった。


『圧倒的な強さ、答えの決まった動作。なるほど、王と呼ばれるに相応しい』


 互いに無傷のまま、構えを解いた。

 元よりミチルに相手を傷つけるつもりはなく、魔法で舞いながら、相手と踊ったに過ぎなかった。


「そりゃどうも。じゃあこれからお前は王のペットに決定だ。魔大陸のパトロールは任せたぞ、ポチ」


『……名前には不服があるが、心得た、主人あるじよ』




 その後に戻った魔王城で、マオがミチルを迎える。


「おかえり、ミチル。フェンリルとの戦い、見てたよ。貴方の魔法の使い方、父様に本当に似ている」


「凄いな、俺がどこにいても見通せるのか?」


「いいえ、魔大陸だけ。貴方も出来ると思うけど。あと、リクハートから監視される事を阻害する為の魔法も、魔大陸には掛かっている」


「へえ、マオの魔力も途轍も無いなぁ、後で俺にも教えてくれよ。あ、そうだ、人族の王城の魔法陣がもうすぐ発動可能になりそうだった。あっちの勇者も召喚されるんだな……なあ、異世界って、幾つくらいあるんだろう?」


「わからない……そもそも父様の発想は異常。アルバリウシスに、異世界がある事を知っていた人なんて、いないと思う」


「そりゃそうか。……さて、あっちの勇者が俺たちの味方になるのか、リクハートの為に動くのか、しっかり監視しないとだな」


「魔法陣を通るって事は父様の意思を受け継ぐという事。敵になる事は無いとは思うけど……」



 そして来たる、勇者召喚の日。



(面白い勇者じゃないか……どこの世界から来たのかは知らんが、彼も魔法陣を通って外見が変わったのだろうか。良い装備をしている)



 その日からミチルは、人族の大陸と、魔大陸を行き来する回数が増えた。


「マオ、勇者は中々変わった奴だ。あんな怠惰な人間が勇者だなんて、大丈夫だろうか」


「戦闘能力は高いの?」


「うーん……あまり戦おうとしないんだよな、あいつ。まだ力の底がわからない……けど、俺たちが束になってもリクハートには敵わないだろうなぁ……」


「それは当然……誰よりも優れた才能で、誰よりも長い年月を、誰よりも努力を重ねていたんだから……」


「恨んでる割には、意外に評価が高いんだな」


「客観的事実だから。それに、リクハートには彼なりの正義がある。悪意を非難する事は容易いけど、善意を非難するのは難しいところ」


「まあその善意がズレてるんだけどなぁ」


「でも、彼の力を持ってして、現状が最善と言うのなら、あながち間違っていない世界だと思う。……だから私達は、必ず彼よりも力をつけて、正解を手にしてから、動き出す」


「それまでずっと引きこもってるのかい?色白で細身だから、不健康そうに見えるぞ」


「内なる魔力と戯れる時間こそ、自身の最大の成長を促す。リクハートも同じ様にして、ここまで上り詰めた。あと、不健康そうというのはミチルの主観。父様にはそんなこと言われた事ない」


「はいはい」




 勇者の監視、情報収集、自身の鍛錬、魔法創造。

 忙しく生きる日々の中で、転機が訪れる。


 ――王都襲撃事件。


 王都北の森から、多数の魔物が現れた。

 それを知ったミチルは、念の為に様子を見に行った。

 勇者がいれば大したことにならないと思っていたから、楽観していた。

 しかしその勇者が、問題源になっていた。


(な、何故暴走してやがる……)


 侵食の波動イロージョンウェイブの中でただ一人動く勇者。その相手は、噂に聞いていた魔人だった。

 しかしそれを倒した後、勇者はなんと、守るべき人族に向いた。


(あいつ狂ったか!?)


 ミチルは走り出した。その途中で、騎士団長デヴィスの亡骸を見つけた時、なんとなく理由はわかった。


(そうか……きっと、優しい奴なんだな……しかし、それ故に受けた哀しみに飲まれるのは弱いぞ)


「おい!起きろ!」


 立ったまま虚ろな目をして、殺意をばら撒いている勇者の肩を揺する。

 彼にしっかりしてもらわなければ、人族すら守られないだろう。


「この……欠落勇者!」


 きっとこの優しい少年なら、戻って来るはず。

 ミチルは何度も呼びかけた。


「おい!!」


 そして勇者は正気に戻る。


「とう……さん……」


(スイ!?)


 いや、まさか、あり得ない。

 自分の顔は仮面で隠されているし、年齢だってあの頃より若く見える。

 そうだ、夢でも見ていたのだろう。


「ふ、起きたまま寝言が言えるなら問題なかろう」


 すぐに駆けつけてきた魔法師に勇者を任せ、ミチルは去る。


(どことなく面影は……いや、まさか……そうだ、全然性格も違うし……)



 それから、ミチルは何度も勇者の事を思い出す。


(そう言えばスイって名乗ってるんだよな……偶然だろうけど)


「ミチル、最近浮かない顔している。何か問題?」


「いや、違う……気のせいだ。……なあマオ、リクハートは俺たちを殺そうとするだろうか」


「……いつかはそうすると思う。あいつは自分が創った世界に満足していて、それを破壊する恐れがあるのは私達二人だけだから。危険になる前に消される」


「もしも……あっちの勇者がリクハートに加担するようなら……」


「その時は多分、勇者が私達を殺しに来る。リクハートは世界に蔓延らせた魔法に魔力を使っているから、自分では戦おうとしないと思う。あ、私も魔大陸の為に魔力を使っているから、だから引きこもってる」


「はいはい」



 引っ掛かりを覚えながらも平静を装うミチルは、大胆にも勇者と行動を取ることを決めた。



(ほう、Sランク依頼を受けたか)


 しばらく隠密で監視する。どうやら彼らはエルフの里を目指しているらしい。

 それを知ったミチルは姿を現し、同行する旨を伝えた。


(やはりこんな怠惰な少年がスイなわけがない……そもそも、世界は広いんだぞ。幾つあるかもわからないし)


 だが、疑わしい点は、道中で何度も見つかる。


「「まさに一匹狼」」


(気が合うな……言葉の言い回しも、日本語に近いのだろう)



 しかし、この後直ぐに、決定的な会話に直面する。


(ほう、あのステューシーという子は、目で他人の情報を視る事が出来るのだな。マオも偶に使っているが……もしかしたらマオよりも優れているようだ)


 淡く光るステュの瞳に感心する漆黒は、この後の言葉に驚愕する。


「よろしくお願いします、スイム・ミンダ様!」


(な……!!う、嘘だ……同姓同名だろ……)


 現実を認めたくなかった。

 会いたいとは願っていたが、命が軽いこの世界よりも、平和な日本にいてほしかった。


 その後も会話は続いていく。


「どうして言霊を操れるんですか?」

「言葉とは、使うほどに価値が薄れる」


(そ、その言葉は……)

「何処で知った言葉だ」


「ここではない世界」


 もう、間違いなかった。

 ミチルが元の世界で生んだ名言(自画自賛)を使っている所を見れば、それが我が息子だと信じるしかなかった。


 気付けば勇者達は小屋から出て行き、里長のステラが自分を見ていた。

 彼女は自分が魔王だという事を、そして、魔王がリクハートを止めようとしている事を知っているらしい。しかしミチルはそれどころではなかった。


「貴方にはスイ様が必要です。スイ様にだって……」


(ふざけるな。自分の息子を危険な目に合わせる親がいるもんか)

「貴様が決める事じゃない」


(畜生、どうしてスイが……)




 その日からずっと、ミチルは悩んだ。

 いっそのこと正体を明かして、守り続けることにしようか。

 しかしスイは王城で暮らす身。

 魔王城に連れてきてしまったら、完全にリクハートと対立することになる。あんな化け物から、スイを守れるだろうか。現時点では不可能だろう。

 では、スイがリクハートの味方になる事を、大人しく見ているのか。


 そうか、もしかして、やはり、そうだ。

 それが一番安全じゃないか。

 ミチルは自虐的に笑う。


 今の世界で、リクハートは誰かを傷付ける事はしない。

 世界に歯向く者だけが魔人にされるのだ。

 ならばリクハートの味方に着くとしたら、スイの安全は保証される。

 そうして自分がスイに殺されれば、現状の、種族別生の、悲しいながらに平和な世界が存続されるのだ。


 ああ、簡単な問題だった。


 ミチコやマサに会えないのは残念だが、どうせ死ぬ運命だった。スイに会えたのは僥倖、姿が変わっても、性格が変わっても、心根は優しいスイのままだった。それが知れて、本当に良かった。



 そんな様々な感情から目を背けた、ぎこちない答えを持って、ミチルはやって来た勇者を迎えた。


(そうか、やはりリクハートの味方になるのか)


 安心した。それなのに、口から出る言葉は、スイを迷わせる言葉だった。


「貴様が望んでいた世界とは違うこの世界を、どうして正解だと思ってしまったんだ」


 やめろ。

 これでいいんだ。

 俺はもう何も望んではいけない。

 死を受け入れろ。


 しかし、スイが教えてくれた情報は、ミチルを激昂させた。


「マオが討伐対象……?リクハート……あのクソ野郎が!」


 確かにマオ自身、自分は殺されるだろうと言っていた。

 しかし、デミアンの娘として、ずっとリクハートとも親しくしていたのだ。

 リクハートにだって善意があるのだから、まさかマオを殺すとは、ミチルは思わなかった。

 しかし、それは見当違いだったのだ。

 なんて事だ。

 マオを守らなくては。

 ではスイを殺すのか?

 どうしたらいいんだ。

 どうしたら……


 思考は迷走し、悩みは深淵に沈んで行く。

 精神が行方不明になったこの身体は、正しく人形。

 きっと悪魔が後ろで自分の両手を掴んで、動かしてくれているのだ。

 そう、これから起こる事はもう、誰の責任でもない。

 悪魔に魂を売ると考えた時から、この残酷な運命は決まっていたのだ。

 誰のせいでもない。

 誰も悪くない。

 誰が死んでも、誰が生きても、それが運命だったのだ。


 ダンスフロアは激しく踏み鳴らされる。

 観客の手拍子はないけど、ぶつかる剣は音を奏でる。

 それ以外は全部静かで。

 哀愁漂う空間。

 まるでブルースで踊ってるみたいだ。

 でも、全然ナンセンスじゃない。

 悲哀に取り憑かれた自分にはピッタリの最期。

 ほら、やっぱり自分が負けるんだ。


 ミチルは手から離れた剣を眺めて、最後まで、美しく舞うスイに見惚れていた。


 ――強くなったなぁ。


 マオを守らなくてはいけないのに、諦めに支配されて、もう動けなかった。


 ――ごめんな……マオ……スイ……


 そして喉に迫った剣先。それを止める者がいた。




(ステューシー……あの子はいつのまにそんな力を……)


 彼女もスイの為に力を磨いたのか。

 皆んなから愛される息子が誇らしくなって。


「――ミチル・ミンダ様。どうして、スイ様のお父様として向き合って下さらないのですか?」


 剥がされた仮面を拾う気力は無かった。

 それでも、後方に飛ばされた剣を拾う意思はあった。


「俺は魔王。それ以外の何者でもない。勇者よ、貴様の信念、貫き通せ」


 マオに念話を送る。

 ――船に乗って海の外へ逃げろ。


 この世界にはないと知って、取り組んでいた事。それは試作、改良を重ねて造り上げた船。きっと別の国に行き着けるだろう。自分が死ぬまでに、どうか無事に逃げてほしい。


 そしてもう後には引けない。

 スイにもわかってほしい。

 リクハートに逆らう事は、死に直結する。

 どうか愚かな選択を取らないでほしい。


 ミチルは剣を構えて走り出す。


 誰に邪魔されようとも、愛する者は守りたい。

 例え己の命をなげうってでも。


 それがミチルの答えだった。

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