謁見
十五年の生の中で、明確な“死”を意識したのは、これが初めてだ。
――身体が動かない。
スイは目だけで左に並んだ仲間達を見るが、皆が見開いた目を床に向けたまま跪いていた。
恐怖なんて生温い。
絶対的王者。
生物の頂点に君臨する強者。
洗練され、完成された魔力。
浮かべる笑みは不敵か、無敵か。
全ての意思ある者は、無意識の内に彼の下に存在しているのだろう。この王に反逆しようものなら、その時点が思考の間違いで、生の終わり。例外などなく、勇者スイもそれは同じ――
「漸く初対面を果たせたね、スイ――」
――――――――――――――
時は少し遡る。
魔大陸に帰還するフェンリルを見送ったスイは、覚束ない足取りで王都に向かった。
疲弊した身体は魔法を使う事を難しくした為、普段の様に隠密で魔物をやり過ごす事は出来なかった。こういう時に魔力を消費しないブーメランの存在は力強い。スイの意思だけで魔物を撃退してくれるからだ。
そうして遅いペースで帰り着いた王都にて、初めて見る傷だらけの勇者に驚く人々に迎えられ、王城に向かっていた。
「スイ様!ご無事で何よりです!」
「……ああ、忘れてた」
通り過ぎた冒険者ギルドからステュを先頭に、ミラ、メリー、ロイが飛び出して来てスイの背中を追った。
「わ、忘れてたって……ステュが幻惑魔法を解いてくれたからよかったものの……まあいいわ、おかえりなさい」
ステュが幻惑魔法越しにスイの姿を見つけなければ、誰もギルド内から出られなかっただろう。スイは律儀に自分の帰りを待っていたステュの頭を撫でた後、メリーから聖剣を受け取った。
「すまないが、これから危険な場所へ向かう事になる。俺自身でも対処できるか……」
「兄貴」
スイの言葉を遮ったロイの瞳には、出会った頃の様に真っ直ぐな光が宿っていた。
「俺たちは何処までもついて行く。それは兄貴に守られる旅じゃない。兄貴の力になる旅なんだ。思い遣ってくれるのは有難いけど、どうか俺たちにも手伝わせてくれ」
自分が仲間を守らなければいけない。
そんな傲慢な考えを見透かされていた様で気まずくなり、スイはたった一言だけを告げた。
「…………行くぞ」
向かう先を見据える。
夜空には雲がかかり、王城の最上階は不自然な雲に包まれ隠されている。
きっと扉は開かれた。
ついに謁見が叶うのだと、スイは気を引き締め歩き出す。
王城内はいつになく静かだった。
セバスが迎えに来ると思っていたスイだが、使用人の一人も見当たらない為、五人で最上階へ上がる。
「……この階段か」
芸術品が並ぶその通路の真ん中、開かれた扉を入ると螺旋階段が伸びていた。
ミラとメリーも「見たことがない」とこの部屋を訝しむ。
一歩一歩踏みしめる。
二百年前の人族対魔族の大戦争。それをきっかけに世界が変わった。
アリシス・ラウレヌスの暗殺。
リクハート王の就任。
政治改革。
分断された魔大陸。
亜人は徹底的に大陸の隅に追いやる。
その歴史の一つ一つは何を思って行われたのか。
それより昔はどんな世界だったのか。
文献では知れなかった細かな事柄が沢山ある。
きっと王は全て知っている。
最上階。
たった一つの大きな扉の前で、スイは仲間達を振り返った。
危険があるかもしれない。
それでも扉を開かなければ、後ろの仲間達を救えない。
クロの言葉を思い出す。
『あの途方も無い力は王を名乗るに十分……いや、神を名乗ってもバチは当たらぬかもしれん』
その力と対立するのか。
まだわからない。それを知るためにやって来たのだ。
重い扉が開く。
中は真っ暗闇。
迷わず進む。
部屋の中程まで入った時、左方向から気配を感じて。
そちらを向いた瞬間、全員が跪く。
重圧。
畏怖。
視覚で感じるよりも早く、肌を焼く様な存在感に、恐れ慄く。
「漸く初対面を果たせたね、スイ」
部屋は明るくなっていた。
玉座の上で頬杖をついている男は、黒い長髪を後ろで一本に結っており、人形の様に白く透き通る肌は、二百年生きている事を感じさせない。
だが、凄まじいプレッシャーはこの男から発せられている。
「私と会う前にこの世界を見て欲しかったんだ。そして私も君を知っておきたかった。遠い地から召喚しておいて挨拶が遅れた事、すまないね」
王にしては気さくな話し口調だが、それでも緊迫感は張り詰めたままで。
「さて、まずは先の災害級魔物フェンリルの撃退、ご苦労だったね。ただ一つ、気になることがある。何故殺せなかったんだ?」
「……」
「守りたいものを有していながら、それを害するものを消しきれない。とどめを刺し損なったのは優しさのせいか?だとしたら今すぐにそんなもの捨ててしまえ。君が持っているのはただの偽善で、それは君の力を抑えつける弊害そのものだ」
その一語一句がスイの胸の内に入って来て、溶けない氷の様に冷え固まっていく。
スイとてわかっていた。強力な力を秘めた身体に、心が追いついていなかった事を。
だから冷酷であろうとした。
これから先は、半端な力では進めないから。
しかし、どれほど他人を突き放しても、どれだけ魔物を殺しても、スイの本質は変わらなかった。
リクハートは短く溜息を吐き、軈て話し始めた。
「すまない。君を見ていると古い友人を思い出してしまうんだ。彼もお人好しで、理想と現実の区別が出来ず、最後の最後で私と対立したよ。……どうか君は同じ愚行を繰り返さないでほしいんだ」
「……理想と現実?」
初めて口を開いたスイを喜ぶ様に、リクハートは少し笑った。
「そうさ。私と約束を交わしたあの友は、叶えられない夢の為に命を捨てたんだ」
遠い目で少し寂しそうな表情を見せた後、リクハートは真剣な眼差しで言った。
「聞いてくれるかい?私と“デミアン”の思想を、人族と亜人族の過去を」
スイは静かに頷いた。
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