四章 仲間

怠惰は手段を選ばない

 

「うーん、冒険日和だ」


 ロイは蔓延る魔物達を置き去りにするスピードで山を下り、そのまま王都まで疾走していた。

 今のスピードは魔力による身体強化を行なっていない、獣人の身体能力の高さによるものだ。それでも数日前の自身より成長していると、ロイは実感していた。


 どんな日々が待っているだろうか。

 人族が暮らす街で姿を隠さず生活する事は、生まれて初めての経験であるし、更には勇者と冒険をするのだ。きっとしばらくの間は獣人を受け入れられない人族に喧嘩を売られるだろうとロイは思ったが、獣族の恩人である勇者に迷惑をかけるまいと、スイと合流するまで騒ぎは起こさない事を決める。

 しかし街の外とはいえ、人族の大陸で人間と会わないようにするには高度な隠密スキルが必要だ。街の外には戦いを職にする冒険者がいる事が多いからだ。


「困ったな。見て見ぬ振りも出来ないし……」


 前方に二人組の冒険者を見つけたロイは、彼らが一つ目の巨人サイクロプスに苦戦している事を知った。

 しかし獣人の自分が現れたら、緊迫した彼らは混乱するだろう。間違いなく攻撃もされる。

 ロイがそんな迷いと葛藤している時だった。


「――――っ!」


 叫んだのは一人の冒険者。

 もう一人は倒れている。そしてそこに今、振り下ろされようとしているのはサイクロプスの巨大な棍棒。


 青白いオーラを纏ったロイは地を蹴った。

 これは魔力解放に似ているが、変幻自在の魔力ではなく、単純で強力な、純粋な身体強化。身体強化を極めた者だけが辿り着ける境地。数日前まで魔力すら扱えなかったロイがここに辿り着くのに相当な努力をしたのは想像に容易い。

 一跳びでサイクロプスの懐に潜り込んだのは修行の成果だ。


「ぶっ飛べ!」


 ロイの足がサイクロプスの腹に触れた時、初めてその場の全員がロイの存在を認識した。それ程のスピードが乗ったロイの蹴りは、巨人を簡単に数歩分飛ばす。


「じ、獣人!?」


 案の定、冒険者はロイを見て声を上げる。


(ま、仕方ないよな)


 ロイは少し寂しそうにサイクロプスに向き直る。二人の負傷度を見て、彼らでは善戦しないだろうと考えたのだ。


「グゴァアァア!」


 緩慢な動きで立ち上がった巨人は雄叫びを上げながら棍棒を振り上げた。


「遅すぎる」


 その巨体の攻撃範囲は広いが、小さき戦士からすれば潜り抜けるのは容易い。その上、魔力強化したロイの身体能力は人族のトップレベル冒険者をも凌駕する。


「――はっ!」


 巨人の足首から下を切断し、体勢を崩したところで、位置が低くなった首をめがけて剣を振り上げた。


 ――ボトッ


 スイが聞いたら顔を顰める様な音を立ててサイクロプスの頭が落ちる。その次に身体が大きな音を立てて倒れた。



「あ、兄貴……大丈夫かっ!?」


 ロイの、狩とも呼べる一方的な殺しを目撃した冒険者は我に帰り、倒れている冒険者を介抱する。

 それを見たロイは早々に引き上げた。

 自分が憧れた勇者は颯爽と現れ、容易く救い、何も告げずに去るのだ。



(兄貴、か……)


 ロイは少し羨ましかった。

 ロナにも姉と呼べる程親しいリラがいる。

 ロイは妹が大事だったが、自分にも兄が欲しかった。それは幼い頃亡くした父の代わりか、それとも追いかける背中を探しているのか……。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 魔物の襲撃から三日が経ち、王都では再び平穏が訪れていた。しかしそれは一部の人間には当てはまらない。


(私が……私がしっかりしなくちゃ……)


 何故、『侵食の波動イロージョンウェイブ』の中で漆黒の英雄は動けて、自分は動けなかったのか。簡単だ、精神力の違いだ。

 そう結論付けたミラは幼い頃の様に修行に励んでいた。近頃は手に入れた地位の上で胡座をかいていた。いや、決してサボっていたわけではない。だが、勇者ではない漆黒の英雄を目の当たりにして、彼があの強さに辿り着くまでどれ程の努力を重ねたかを考えた。同時に、デヴィスも生きていたら侵食の波動の中でも動けただろうと予想した。

 ミラは恥ずかしくなり、悔しく、情けなくも思った。

 スイの周りにいる人間で、自分が一番弱かった。戦闘能力ではない。心の弱さだ。亜人を嫌い、他人の目を気にした結果、本当の正義を見失っていた。自分は今まで、両親が、民衆が、人々が作り上げた虚像だったのだと気付いた。

 だからミラは、取り戻した自分の正義――スイが見る未来の為に、再び、もっと強い力を求めていた。






 ミラがそんな決意で力を磨いてる時間、スイは王城の最上階を彷徨っていた。


(何故だ。外から見た王室はこの上の階。なのに階段が見当たらん)


 あまり人が歩いていない最上階は、よくわからない美術品が多かった。その廊下を歩くスイは腕を組んで考えていた。


(まさか人を寄せ付けない工夫まで凝らしているのか。どこまでも怪しい奴め。いっそこの天井を破壊してしまおうか……)


 野蛮な事を考えるスイだが、王に喧嘩を売るつもりではない。スイは、誰でも話せば分かると甘い考えを持っている。だから王に真実を問いたかったし、望みを聞きたかった。勿論、聞いた後にどうするかは、どうするのが面倒が少ないかと考えた上で結論を出す。いざとなったら勇者の力でズルして楽出来る様に動こう。


 さて、少々傲慢になっていたスイ。それを上から押さえつける様に、彼は現れた。


「何かお探しでしょうか――スイ様」

「――っ!」


 背後からかけられた声に、反射的に飛び退いたスイは、その人を見て驚いた。


「私の顔に何かついておりますか?」


 セバスは裏がありそうな笑顔を貼り付けている。


 ――彼の隠密スキルはこれほどだったか?


 この階の異変を探そうと、感覚を鋭くしていたスイが気付けなかっのだ。この男セバスは、今までどれ程の力を隠していたのか。今もまだ力を秘めているのか。王の側近だけあって、彼も何か企んでいるのか――


「面倒な奴だ。再び問うが、王の意思とはなんだ」


 スイは急遽予定を変更した。少し傲慢だった事を自覚した。自分の力は王には歯が立たないかもしれない。

 そう考え、最低限の安全だけを確保するつもりだ。


「何度でもお話ししますよ。魔族の大陸で起きた魔力の増幅。それに備え、勇者様の力を付け、魔族を殲滅して頂きたいのです」


「そうか」と頷いてから、スイは言った。


「実は強力な亜人を見つけたんだ。彼を仲間に加えれば魔族の殲滅も容易いだろう」


 あくまで王の意思に背かず、しかしスイの望みの為に要求をする。これが現時点でスイに出来る事だ。どうやら、まだアランとの約束は果たせそうにない。


「ふむ、そうなるんじゃないかと王も予想されておりました。しかし亜人族への当たりは優しくありませんが、それを考えた上の判断ですか?」


「王がダメだと言わなければ問題ない」


 これはスイなりの皮肉だった。王が裏で全てを操っているのではないか、そんな意味が含まれていた。

 セバスはそれを知ってか否か、くつくつと笑いながら「では問題ないでしょう」と言って去って行った。


(読めん奴だ)


 想像以上に面倒な道なりになる事を直感して、スイはため息を吐いた。




 その後自室に戻ったスイは、何となく窓から外を眺めていた。

 メリーが気を利かせてコーヒーを淹れたが、スイは珍しく礼も言わなかった。


(どうかされたのでしょうか……)


 しかしメリーの心配とは裏腹に、スイは暫くした後、急に口角を上げた。


「メリー、俺を格好良くしてくれ」


 この言葉にメリーは一瞬固まったが、光栄な仕事だと思い、直ぐに頷いた。

 一体彼の心境にどんな変化があったのか。これから何を始めるのか。


 そしてスイが転移時に着ていた鎧を着用し、髪型を整え終えた時、ミラが部屋に入ってきた。


「スイ、さっきの膨大な魔力って……」


 ミラはスイの格好に少し驚いたが、そこには触れなかった。


「うむ、遂に来たな。手っ取り早い方法を考えた。転移時のルーフバルコニーに行こう」


 この時、ロイが王都の近くでサイクロプスを倒し、それをスイとミラは感知したのだ。二人はロイを歓迎すべく、場所を移す。






「な、なあ。また何か始まるんだろうか」

「いつにも増して美しいお姿ね……勇者様……」


 王城の門の前では、勇者召喚時の様にたくさんの民衆が上を見上げていた。

 ルーフバルコニーの手摺に腰掛けた美しい勇者に魅入っているのだ。

 後ろには魔法士ミライアが控えており、彼女の服装も普段よりも綺麗だった。

 そんな時、王都の門の方から騒ぎが聞こえて来た。


「獣人だぁー!捕らえろー!」


 獣人を野放しにしてはいけない決まりなど無いが、彼らは何もしていないのに常に疑われている。それは街を歩く虎がいつ人を襲うのか、という人々の不安に似たようなものだ。

 どうやら相当なスピードで獣人は街を走っているようで、あっという間に騒ぎは王城の近くまでやって来た。


「城をお守りしろぉ!」


 城門の前で槍をもった門兵達と民衆は騒ぎが聞こえる方へ向く。しかし、背後、つまり、王城の方から聞こえた声に愕然とする。


「ロイ!こっちだ」


 振り返ればなんと、手摺りの上に立った勇者が、獣人に親しげな笑みを向けて手を振っているではないか。その上、あの亜人嫌いのミラですらロイに優しい笑みを向けていた。


 突如現れた獣人、そんな彼と親しげな勇者。

 人々は混乱し、動きを止めた。そしてその隙に獣人は大きく跳躍した。


「――兄貴!」



「「「「「兄貴っ!?」」」」」



 誰もが口を揃えて驚いた。獣人が人族の勇者を、兄と呼んだのだ。一体どういう事か。

 スイもスイで、「なるほど、そういう作戦か」などと勝手に解釈して、飛んで来たロイをルーフバルコニーに受け入れる。

 因みにロイはつい憧れのあまり口にしてしまったが、スイがこの時受け入れた事によって、今後もスイを「兄貴」と呼ぶ事になる。

 そしてスイも、故郷に残して来た弟とロイを少なからず重ねているのかもしれない。


 スイは、戸惑い混乱する人々に向き直り、再び手摺りの上に立つと、夕陽よりも眩しい聖剣を抜き、天高くに掲げた。それは勇者召喚時を思い出させる光景だ。

 皆がスイを見上げる中で、スイは口を開いた。


「紹介しよう。これから結成される勇者パーティに加わる仲間達。魔法師ミライアと、獣人ロイだ。彼らの力は凄まじい。もしこのメンバーに文句がある奴がいるなら――」


 スイはそこで言葉を切る。これから言うことは、王の許しが有ったからこそ言える事だ。折角のチャンスを存分に生かさせて貰おう。最も単純で、楽な方法。

 そしてこれから存分に振り回される二人は息を飲む。ミラはスイの性格について、忘れてはならない事を思い出していた。


 直後、強大な魔力が放たれる。

 ――魔力解放。

 呪いに侵された日から使えるようになった闇魔法。そのおかげで、スイも魔力解放が可能になった。スイの魔力は青い稲妻の様にバチバチッと音を立てて周囲を、暗くなり始めた空を荒れ狂う。

 人々が息を飲む音が聞こえてきそうな静寂の中で、スイは言った。


「――力で示せ」


 異論はおろか、誰も声を発する者はいなかった。

 そう、面倒事が嫌いな勇者スイは、合理的に怠惰を貪る人間である。

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