ミライアの憂鬱
「アミゴ、冒険者のランクを上げるのはお前の判断が大きく作用するんだろう。ならば俺と戦え。さっさとランクを上げろ」
スイの暴論に盛り上がる冒険者達と顔を引攣らせるミライア。答えたのはにこやかなギルドマスターアミゴ。
「いいえ、アナタの強さなら戦わなくてもわかってるわぁ。でもね、冒険者なんだから冒険しなさい。依頼をこなさないとランクは上げられないわ。アナタが強いだけで問題解決能力のない子かもしれないしねぇ?それに信頼っていうのは積み重ねで得られるものなのよ」
「なら依頼の掛け持ちはどうだ」
アミゴは顎の青髭をジョリジョリと触りながら答えた。
「そうねえ。信頼のある冒険者ならまだしも、新米に許される事ではないわよねぇ」
常時出ている採取依頼や、個人が依頼する探し物の捜索などは、物を提出すればクリアになる。つまり依頼を受注しなくてもクリアできるのだ。
だが、特定の討伐依頼や狩猟依頼は依頼表を剥がして受注の手続きを取らなければならない。そして新米には、それを何枚も剥がすことは許されていない。同時にいくつもの依頼をクリアできる技量が見込まれていないからだ。
しかし、アミゴはチラリとミライアに視線を送ってから言った。
「でも、相手が相手だし、王城の方が普通では出来ないことを求めているのなら……そうね、ランクに見合った依頼なら幾つでも掛け持ちなさい。ただし受けたものは全てクリアしなさい。期限があるものも必ず守りなさい。それが出来なければ、信頼は得られないと思いなさい」
アミゴは言った後に少し笑みを浮かべた――ミライアにはそう見えた。
「わかった」
言うが早いか、スイはいつの間にか手に持った数枚の依頼書を受付に提出していた。
「あ、承りますー…………あまり、無理はなさらないように…」
ギルドの決まりでは、一つ上のランクまでを受けられる。DランクのスイはCランク推定の依頼まで受注を許されるのだ。
つまり高ランクの依頼書は持って行っていないわけだから、受付嬢がドン引きしてる理由はその量である。
「……スイ、あなた自分が受けられる依頼を全て剥がしたのね?言っておくけどこうなった以上私は付き添うけど手伝わないわよ?」
ミライアの指摘通りCランクまでの依頼書を全て剥がしたスイ。これでは他の新米冒険者は採取依頼程度しかやる事が無くなってしまう。しかし二人が言い争うのは別の問題だ。
「何を言っている。俺はわざわざお前ごときのスピードに合わせんぞ。監視がしたいなら実力で着いてこい。お前には無理だと思うがな」
「なっ!」
「皆の者、王城に仕える魔法師の約束を聞いただろ?……まあこいつの立場がどこにあるかは知らんが、これから正々堂々かけが始まる。俺は孤独を求めてギルドに貢献し、民から信頼を得ることを約束しよう」
「「「うぉぉおぉおお!!」」」
スイによってぶち壊された空気は、スイによって形作られていく。そしてスイの思うままに流される冒険者は盛り上がり、無意識にミライアを追い詰める。
(一体どうすれば……)
どうすればスイは勇者らしく振舞ってくれるのか。
どうすればスイはその力を人族の為に振るってくれるのか。
どうすればスイはいい子でいてくれるのか……。
――――――――――――――
「ミライア、今日中にこの本を読んでおきなさい。内容もしっかり理解するのよ」
「わかりました、お母様」
「ミライア、お前ももうすぐ十歳になる。そろそろ全属性魔法を習得しなさい。お前には才能があるんだから」
「わかりました、お父様」
両親が健在だった頃のミライアの幼少期は、周りの子供達とは違っていた。
魔法研究所の長を務める父はミライアに多くを望み、その補佐を務める母はミライアを束縛した。
「ミライア、私達が仕事に行ってる間何をしていたの?」
「それは…」
「言い訳なんてよして頂戴。私は貴方を想って育てているのだから。貴方は周りの子とは違うのだから、彼らと遊んでいてはいけないわ」
「ごめんなさい、お母様」
「わかったなら直ぐに全強化魔法を練習しなさい」
歪んだ愛情を押し付ける両親に凹まされることもあった。だがミライアはそれを苦痛と思わなかった。
「ミライア、やったな!とうとう魔法師になったぞ!はは、お父さんも鼻が高いぞ」
「まあ!よくやったわ、ミライア。いい子にしていたお陰ね。そうだ、ミライアの好きなリンゴパイを作りましょう」
自分がいい子にしていれば、両親は喜んでくれる。ミライアはそれを知っていたし、その後に食べるカスタードが入った母特製のアップルパイが、友達と遊ぶ事よりも好きだった。
「ミライア、リクハート城で働かないかと手紙が来てるわ!いい子にしていたおかげね!」
「これから忙しくなるな。でもミライア、いい子だから魔法研究所にも貢献してくれるな?」
いい子にしていれば皆に認めてもらえる。
いい子にしていれば両親は喜ぶ。
いい子にしていれば自分は愛される。
「勿論です、お父様、お母様」
そう、自分さえいい子にしていれば――。
――――――――――――――
「ミライアさん?彼は行ってしまったわよ?」
「え、あ、……」
ミライアにはわからなかった。
どうしてスイはいい子に出来ないのか。助けを求める人族を救おうとしない。怠惰を貪って、我欲の為に力を使う。本当に彼が勇者なのか。
しかしスイの力は本物で、ミライアは自分ではスイに追いつけないと自覚した上で、その場から動かなかった。
「とりあえず私は……王城の者に報告を……」
弱々しいミライアなど誰も見たことがないだろう。普段の彼女は凛々しく、毅然としている。
彼女自身いい子とはそうするものだと思っていたし、実際にミライアの評判は『強く美しい』と、かなり高いものだった。
(でも、まだまだ子供ね)
アミゴは、ミライアが初めて表した弱さを見て微笑んだ。
人生経験豊富なアミゴですら真意が見えないスイの言動を、ミライアに分かるわけがない。それなのに彼女は完璧を目指し、スイがどうしたら勇者らしく振舞ってくれるか悩んでいる。
そんなミライアを見て、アミゴの母性(男だが)が働いたのは自然な事だった。
「報告は、三日後に戻るって事だけでいいんじゃない?私の予想ではスイさんは働き続けて王城に戻らないわ。つまり王城の人はスイさんが一人でいなくなっちゃった事を知る由はないの。だから三日間貴方は自由よ。三日後の同じ時間にここに来れば問題解決でしょ?なに、スイさんがかけに勝っちゃったら、その時は事後報告で謝ればいいわ」
「な、そんな無責任な!」
「いいえ、貴方の責任感が強すぎるのよ。少しくらい適当に、スイさんの様に自分のやりたい様にやったらいいわ。それにね、あたしこれでも色んな人に気にかけられてるのよ。いざとなったら責任の半分くらい背負ってあげるわ」
「…………でも、三日も何をしたらいいでしょうか」
真面目なミライアは王の意思に背く事を酷く悪い事だと思った。だがアミゴの優しい言葉に丸め込まれ、事後報告でも良いかもしれないと考え直した。それに今は何もする気が起きないのだ。
そんなミライアに再び微笑んで、アミゴは一枚の依頼書を持って来た。
「ケモンシティ北部の山、あそこに近頃魔物が増えているみたいでね。人の里にも降りてきちゃうそうなのよ。数は無理のない程度でいいわ。少し減らして来て頂戴。三日もあるからケモンシティで休んでから行くといいわ」
ミライアはゆっくりとそれを受け取ると「……わかりました」とギルドを出て行く。
普段は人気の高いミライアは冒険者の関心を集めて沢山の視線に送られる場面だったが、今では皆が勇者の話題で盛り上がり、ミライアを見送るのはアミゴ一人だった。
だがミライアはそれを何故か心地良く感じていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「な、なぁ、今何か通ったか?」
「わっ!いまそこの陰に何か飛び込んだぞ」
「え!なにかが空を飛んでいる!」
「きゃー!スケベな突風ね!」
「いてっ!犬っころがぶつかってきたぞ」
この日王都に『正体不明の駿足生物』の噂が流れる。
曰くそれは目視するのが困難なスピードで通りすがる。それは風を置き去りにする速さで狭い路地裏や空をも駆け、犬や猫の尻尾が生えているとも言われた。
なんて事はない。正体はスイだ。
「
例えばデヴィスに検索をかけるとしよう。すると深い繋がりであるデヴィスの血縁の者の居場所がなんとなくわかる。浅い繋がりを辿れば騎士団の副団長マルスの居場所もおおよそ勘がつくようになる。
だがこの魔法は本来、自分の探し物を探す時に自分にかける為の魔法なのだ。普通であれば他人に検索をかけても何も見えない。それに
それをスイは勇者クオリティに改造してしまった。有能過ぎて悪用方法が思い付きそうだが、スイは依頼主を検索し、無くし物探しの依頼に貢献していた。
そして今、両脇に抱えた最後の犬達を届けるスイ。
「やや、まさかこんなに早く見つけて下さるとは。ありがとうござ……」
「礼はいらん。ギルドへの報告は頼んだ」
そしてスイは颯爽と姿を消し、次の依頼へ向かうのだ。
「や、なんと謙虚で真面目な方なんだ……」
面倒くさがりも清々しい程ならば好印象なようだ。
ともかくこれは嵐のように幕を開けたスイの冒険者生活である。
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