全て彼女のせい

 

「メリー、正直に話してほしい。スイが入れ替わっていた事、何か知らないか?」


 半ば放心状態のメリーにかけられたのはそんな言葉だった。


「私は………」


「もし何かを知っているなら安心してくれ。俺は君らを責めるつもりはないし、寧ろ力になりたいと思っている。スイが逃げたいと言っても手を貸すつもりだ」


 メリーが驚くのは当然だろう。王城に仕える者が、王の意思に背く勇者に加担しようと言っているのだから。

 しかしそれはメリーも同じだし、デヴィスの気持ちは深く理解していた。スイには人を惹きつける魅力があるのだ。

 デヴィスの様にスイを心配して気にかける者がいれば、メリーの様に世話をしたくて、或いは恋い焦がれて気にかける者もいる。単純に容姿の良さでスイに近寄ろうとする者も多いだろう。

 これが勇者の魅力なのかスイの魅力なのか、メリーに判断はつかなかったが、彼に惹かれた者同士で仲間意識が生まれた事は自覚した。


「……デヴィス様とミライア様が、ポーチを渡した後、スイ様は私を呼びつけ、数日で戻るから隠し通して欲しいと仰いました」


「そうか、帰ってくるのか、よかった……。しかし何故一人で行ったのだろうな。俺たちに頼ってくれればいいものを」


「それはわかりかねます……」


「擬似人形が突然消えた事も不思議だな……。スイの魔法に欠落があるとも思えないし……」


 デヴィスの言葉はメリーに向けられたものではなかったが、メリーは静かに聞いていた。確かにスイ程の魔力を有していれば一日くらい召喚獣は現界し続けるだろう。それくらいメリーにもわかった。だが擬似人形は消えた。一体なぜ……。




 そしてデヴィスの呟きを聞いていたのはメリーだけではなかった。



「――メリー伏せろ!」




 ――ギィィイン。






「……ふむ。見破られるとは思わなかった」





「す、スイ!」

「スイ様!!」


 室内に違和感を感じて抜刀した剣は、スイが逆手に持った聖剣によって防がれていた。




「一体いつの間に帰って来たんだ?それに何をしてたかとか…………面倒がらずに話してくれるか?」


「それよりもデヴ、何故見破れた」


 スイにとっては自身の『隠密』が見破られたことの方が重大な問題らしい。


「……俺も日々精進してるってことさ。セバスさんの隠密なら殆ど勘付けるようになった。それよりスイ…」


「ああ、わかった」


 スイはデヴィスを尊敬した。つい数日前はセバスの隠密にすら気付けなかったのに、今では勇者の隠密までも勘付くとは。余程鍛錬したのだろう。

 それと同時に決心もする。ここにいる二人は信じても良いだろう。少なくともミライアよりずっと面倒ではない二人だ。それにスイはデヴィスが「スイに手を貸すつもりだ」と言った事を聞いて、何より有り難く思った。だから全てを話し、勇者喪失事件の幕を閉じる助けになってもらうのだ。



「実はだな――」











 スイが話し終えた後に、二人は半開きにした口を閉じてから言った。


「もう二度と一人で危ないことをするんじゃない!」

「ご無事でなによりですっ!」



 スイは獣族の里の奥から聖剣の精霊を引っ張って来たことしか話していなかったが、二人の反応からすると獣族は余程危険視されているのだろう。


「しかし非常に美味な料理だったぞ」


「飯まで!毒とか入ってなかったのか!?」


「あまり彼らを悪く言うな」


 スイの言葉に落ち着きを取り戻すデヴィス。どっと押し寄せた疲れに身を任せてソファに座りながら言う。


「まあ、悪かったな。とにかくスイが無事で良かったよ……」


「心配かけたな。では早速だが事件を片付けようじゃないか――」








 スイが話す提案に二人は驚いたり、ある人を気の毒に思ったりしたが、最後には頷いた。



「じゃあセバス様とミライアに報告しに行ってくる。直ぐにここに集まるだろう。ついでに俺は動員した騎士団に帰還命令を出す」


「そういえば騎士団はどこまで遠くに行ってるんだ?」


「いや、スイじゃあるまいしそんなに遠くには行ってない。出動したばかりだからまだ王都から出てないんじゃないかな」


「……金髪の少年や、碧眼の少年に声を掛けていたりしないか?」



「……?そんな国民に不安を抱かせるやり方しないが……」



「そうか。まあ、いい。では頼んだ」



 スイは微かな違和感を抱いたまま片手を上げ、デヴィスとメリーは首を傾げながら部屋を出るのだった。









「す、スイ!!どういうことなのよ!どう見ても召喚魔法陣に消えて……」



 部屋に入って来るや否やスイに迫るミライア。後から入って来たセバスはデヴィスに隠密を見破られたせいか、少し悲しそうな目をしている。

 ベッドに座っているスイは、肩の高さで両掌を上に向け「やれやれ」と首を振っている。




「見てろ」



 そう言ってから立ったスイの足元には、先ほどミライアが確認した召喚魔法陣が広がる。


 そして次の瞬間、スイは魔法陣の中に消えた。


「なっ、えっ?今のスイは、本物、よね?」


 魔法陣は発動する魔法によって異なる。そして召喚魔法陣が出現した場合、召喚獣が現れるか消える、その二つの現象しか起こらない。決して術者が消える事はないのだ。



 驚くミライアと神妙な顔のセバス。メリーとデヴィスは話は聞いていたが、やはり驚いていた。


 そして彼らの背後の扉を開き入って来る者がいた――スイだ。



「な、なんで!?」


 スイは何食わぬ顔でベッドに戻り、ぼふんと座ると怠そうに口を開いた。



「俺が創り出した魔法『物質透過』だ。床や壁をすり抜ける魔法で、俺は消えたんじゃなく下の階に落ちたんだ。召喚魔法と魔法陣が似ているから間違えるのも無理はない。だからセバス、ミラを責めるのはよしてやれ」


 いま下の階にすり抜けた時、その部屋で使用人が着替え中だった事は言わなくて良いだろう。



「なるほど、デヴィスとメリーの報告ではその後スイ様は隠密で部屋で惰眠……仮眠を取っていたと。………しかし身代わりなんてめんどっちぃとスイ様は仰いました。その心は?」


「メリーが俺の代わりに喋っていたんだ。俺は休日だと言うのにミラがベラベラダラダラ喋るからな。メリーに面倒をかけて良いのは俺だけだ」


 スイが話し終えると、珍しく表情を顔に出したセバスが迷惑そうにミライアを見ている。デヴィスとメリーも気の毒だと言いたそうだ。



「え、あっ…………。……私の勘違いにより、お騒がせして大変申し訳ありませんでした」


 ミライアの心中は間違いなく荒れていただろう。スイの怠惰のせいじゃないか、新しい魔法なんてわかるはずもない、凄すぎる勇者の力を怠ける為に使うなんてあんまりだ、など。


 そんな気持ちを表に出さないミライアに感心したスイは、ささやかな気遣いをする。


「謎が解けたならこの件は終了だ。哀れなミラを責めるのはよしてやれ。詫びに明日から働くことにする」


 自分にだけ当たりが酷いんじゃないか、とミライアは思ったが「解散」と手を叩くスイによって、メリーを除く皆は部屋の外に追い出される。






「さて、昼にしようか」






 スイの希望によって王城の中庭に簡易テーブルと椅子を用意し、調理場からサンドイッチを運ぶ。



「何をされているのですか?」



 お盆をテーブルに置いたメリーは、お湯を細く落とすスイに問いかける。


 スイは淹れ終えてから答えた。


「…………コーヒーだ」


「あ、前に仰ってた飲み物ですね。アルバリウシスにも存在していたとは。しかし一体幾つの場所を訪れたのですか?」


「まあ色々な。では頂こう。メリーも飲むと良い」


 スイが帰って来たことに安堵したのか、普段より饒舌なメリーに一杯のカフェオレを差し出すスイ。

「ありがとうございます」と表情を綻ばせるメリーは幸福を体現している様で。それを窓から覗く使用人達は非常に羨ましそうだ。


 カフェオレを飲んで目を瞬かせるメリーを見ながらスイは考える。サイガ村のカフェ、レナルドの店長の事だ。

 彼は知っていた、スイの正体を。誰よりも早く気付いた、騎士団が勇者を捜索している事に。いや、そもそも、騎士団もそこまで表立って行動していたわけではない。まるで未来を予見したかの様だ。

 いったい彼は何者で、どんな能力を使用したのか。


「スイ様、凄く、美味しいです」


 そういえばコーヒー豆は焙煎された状態で渡された。つまり生豆のままより劣化が早くなり、その分早い頻度でサイガ村に通う必要が出てくる。まあ、そうでなくてもメリーと共にコーヒーブレイクをする為、早く無くなるのだが。

 しかし彼は何故スイと仲良くなりたいなどと言ったのか。


(まあ考えてもわからんな)


 わからない事を悩むのは自分じゃないと、スイは黄髪の男を頭から追い出し、ポーチの中を探る。


「メリー、このローブは気に入った。返さなくても良いか?」


 恍惚としていたメリーはきょとんとしてから言った。


「ええ、勿論です。スイ様に着て頂けるなら光栄ですから」


 メリーは勇者ほどの方がホワイトローブ程度を、ましてや自分が着ていたものを気に入るなんて信じられないと思った。しかし半面、面倒くさがりのスイには動きやすさ重視のローブは合っているのか、と納得もしていた。

 だが次のスイの言葉は想像もしなかった事だった。


「有難い。これはささやかな礼だ」


 まさか勇者がメイドの為にプレゼントを用意するなんて。

 スイは綺麗に包まれた袋をメリーに渡し、「開いてくれ」と言う。


 緊張しながらも丁寧にリボンを解くメリーは、袋の中を見て声を上げた。


「な、なんて綺麗なローブ……」


 それは高い場所に生息する雲羊の毛を使ったローブで、ホワイトローブ以上に軽く走れ、衝撃を吸収する優れものだ。

 スイに促され、メイド服の上からそれを羽織るメリー。白を基調としたローブの、所々にあるピンク色のアクセントがメリーの髪色に非常に合っている。


「やっぱりメリーといえば羊だな……」


 スイの呟きの意味がよくわからないメリーだったが、さっきよりも笑みを深くして言った。


「生涯大切にします!!」



 事件も誤魔化せ、プレゼントも喜んで貰えた事で、スイは今回の一人旅は大成功だと満足げに頷いていた。






 そういえば今回の事件、スイが新たな魔法を創り出したのは事実だが、その魔法陣は召喚魔法陣とは全く違う。実はスイはもう一つ、ミライアが知らない既存の魔法を会得していたのだ。

 それは禁魔法『偽装』だ。

 姿や形、色など、他人から見られるあらゆるものを偽る事ができる魔法だ。それによって『物質透過』の魔法陣を『召喚魔法陣』に似せて誤魔化したのだが、その代償は大きい。偽りの精度にもよるが、大きな魔力を消費し、激しい倦怠感に襲われる。ただでさえ怠惰なスイにとってまるで拷問だったが、自らが招いた災難だった為、不満は言ってられなかった。


 さて、つまり今回の事件はスイにとっては無事に解決した事だが、ミライアは濡れ衣を着せられた事になる。なにせミライアは間違ってなかったのだから。


 面倒だが明日からはミライアに対する当たりを少し優しくするべきかな、とスイは思うのだった。

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