スイの日常
「お疲れ様。スイの姿を見ていないかしら?」
「はっ!ミライア様。勇者殿はあの屋根の上に………おや。さっきまではあちらで寛いでましたが」
「ネコかっ!……こほんっ。ありがとう。では勤しんでね」
スイがミライアの授業を卒業した翌日の午後である。朝の短時間はデヴィスの訓練を受けているらしいが、その他の時間は何しているのかと、ミライアはスイを探しに城の庭、二人の門衛にスイの居場所を尋ねていた。
「しかし城の屋根で寛ぐなんて、スイが暮らしていた世界は奇人があふれていたんでしょうね……」
城内に戻りながらブツブツ呟いているミライアには聞こえていないが、「ミライア様は勇者殿が来てから雰囲気が変わったなあ」とか、「クールな雰囲気が崩れつつある」などと門衛が話していた。
「あ、メリー」
スイの部屋に赴いたミライアは、メイドのメリーに出くわした。
「ミライア様。スイ様は暫く前に図書館へ向かいました」
尋ねる前に答えてくれたメリーに、ミライアは「流石メイド長の娘」と感心した。
「そういえば、スイが最初に装備してた鎧や剣はどうだったの?」
「王都の鍛冶屋でもわからない特殊な素材で、軽さも強度も並ではありません。ですが、特別な魔力はなく、目当てのものでは無いだろうと……」
スイが召喚時に装備してた物は、「邪魔くさい」との理由で初日に脱ぎ捨てられていた。
その邪魔な装備は鍛冶屋に鑑定に出していて、その結果について二人は話していた。
因みにスイは今、メリーの私物から与えられた、軽くて動きやすい『ホワイトローブ』を着用している。スイは知らずに気に入っているが、マジックアイテムでランクの高い装備だ。
「うーん、そうだよね。『聖剣』が勇者と一緒に召喚されたら都合が良すぎるよね。ま、勇者が本気を出せばすぐ見つかるわよ」
「……スイ様が本気を出す姿が想像できません」
「私も同じ事思ったわ」
二人はクスクス笑い合ってから別れ、ミライアはスイを探しに図書館へ向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『聖剣』とは、アルバリウシスに古くから伝わる伝説。
世界の均衡を保つ為に生まれたもの。
世界を救う為に現れるもの。
世界を救う者に扱えるもの。
救世の魔法陣に関しては書かれていなかったが、十中八九勇者の事だろう。何よりお決まりである。
スイはそう思い、本を閉じた。
「探しに行くか…」
何故か面倒臭いと感じなかったのは、幼い頃に忘れた胸の高鳴りか。少なからず異世界を楽しんでいる自分に気付いたスイであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミライアがそれに出会ったのは、図書館の目の前の廊下だ。
「っっ?!」
「ん?おや、ミライアくん。どうかしたのかね?」
図書館の司書、カローである。
「いえっ、カローさん!なにも……えっと……はい、あ、そうだ!スイを見ませんでしたか!?」
ミライアの明らかに不自然な様子にカローは首を傾げながら答えた。
「ああ、スイ殿なら暫く図書館にこもっていたが……おお、スイ殿。丁度ミライアくんが探しているぞ」
カローの背後、図書館の扉からこちらを覗いているスイを見つけて、カローは手を振る。
対してミライアは、探し回ってやっと見つけたスイよりも、目の前の問題に頭がいっぱいだった。
(なに!?カローさんの髪の毛事情には気付いてたけど、なんでカツラが微妙に浮いているの!?新しいギャグかしら……光る頭頂部が見えてるけど、今王都で流行ってる自虐ネタってやつ!?ってかカローさん風魔法なんか使えたっけ!?…………ん?風魔法……?)
ミライアはそっとスイを見つめ、その視線を辿る。
「……お前の仕業かぁぁっ!」
スパーーン。
『補助魔法・速度増強』でスピード強化したミライアは、一瞬でスイの元へ迫り、掌で頭を引っ叩いた。
スイの集中が切れたのだろう、「ポサッ」とカローの頭に落ちたカツラを見て、スイは「修行中だったのに……」と不満をこぼした。
カローは「んん?」と呻きながら頭をポリポリ掻いている。そしてこちらに歩きながら言った。
「ミライアくん、仲が良いのはいい事だが、暴力はいかんね。近頃、品がなくなりつつあると、使用人達の間で噂されているから、気をつけた方がいいよ」
ミライアは、全てスイのせいだ、と思いながら「すみません……」と謝った。
「うん、真面目な君だから問題無いと思うけどね、しかしスイ殿。さっきから…私の頭に何かついているのかね?」
スイは真面目な顔で答えた。
「そうだな、ついている、なんて生温い問題じゃ無い。強いて言えば、乗っている。それは黒く、悍ましい魔物のようにモサモサと――」
スパーーン。
「っはは!スイったら冗談が上手いですよね!」
ミライアはスイを叩いた後、開いている窓から風魔法で花びらを飛ばし、カローの頭に乗せた。
そしてそれをカローの目の前で取って見せる。
「可愛らしい花びらが付いていたのですよ、カローさん!あっ!そういえば私はスイを探しに来ていたのでした!ではカローさん、御機嫌よう!」
「ふ、ふむ、どうも」とわけがわからないカローを置いてミライアはスイの手を引っ張って談話室へ連れ込んだ。
「もう!怠け者かと思ったらとんでもない悪戯っ子ね!使用人の中でもカローさんのヅラ事情は神経張り詰めて気を使う問題なのよ!」
「そんなに面倒なら言ってやればいいじゃないか。おい、ヅラ、バレてるぞ、と。まあ俺の練習台になってくれたのは助かるけどな」
「練習台って……それよりスイ、空いた時間はいつもあんなことしてるの?」
スイは顔をしかめて言った。
「失礼だな。いつもヅラを追い回してるわけないじゃないか」
「…………そう、まあいいわ。スイに報告があって来たのだけどもね、外出許可が出たわ。勿論、外では勇者たる態度でね」
「……!…そうか」
ミライアはスイの喜色に染まった驚きを見逃さなかったが、大して気にしなかった。
「まあでも、暫くは私が付くことになるわ。今日みたいに悪戯されると困るから」
今度はあからさまに嫌な顔をするスイだが、止むを得ずといった風に頷いた。
「では早速明日は王都を見て回ろう」
ミライアは頷いた。
――――――――――――――
翌日。ミライアの部屋でスイとデヴィスが同情していた。
「情緒不安定なんて哀れだな」
ミライアはカロー司書の報告により、疲労による情緒不安定とみなされ、一日療養を取ることを義務付けられた。
密かに勇者と王都を回ることを楽しみにしていたミライアだけに、カローの気遣いを恨んだが、それよりも――
「アンタのせいでしょう!!」
お見舞いのプリンを頬張りながらスイを睨むミライアであった。
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