怠惰な訓練

 

 スイが異世界へやって来た翌日の早朝、広い中庭に二人の影があった。


「魔法には属性魔法と補助魔法、禁魔法があります。属性魔法には七属性、火、水、風、土、雷、光、闇があります。これらは主に攻撃魔法となるでしょう」


 ミライアは説明しながら、火を出したり水を出したり、それぞれの魔法を実演していく。


「私は初級の魔法なら無詠唱で発動できますが、魔法とは想像で形作って詠唱で具現するもの、そう伝わっています。それから七属性全てを扱う事が出来る魔法使いは魔法師と呼ばれます。もっとも、魔法師ではなくても強力な魔法使いはいます。闇属性魔法に優れた『漆黒の英雄』は良い例でしょう」


「漆黒の英雄?」


 目が覚めた時、短時間睡眠で長時間活動可能な身体になってしまった事を嘆いていたスイも、今は真面目にミライアの授業を受けている。魔法は面倒半分、興味半分といった所だ。


「ええ、数年前から活発に活動しているわ。ギルドの冒険者なのだけど、神出鬼没、単独を好む黒尽くめの男。闇属性魔法の使い手はあまりいい顔されないけど、彼はミステリアスな強者だと、人気が高いわ。恐らく冒険者として彼に並ぶ者はいないんじゃないかしら。スイもきっとどこかで会う事になるでしょう」



 ミライアはニコッと笑うと「授業の続きです」と仕切り直した。



「補助魔法についてですが、これは回復や、対象のスピードやパワーを増強させる魔法です。勿論自分に使う事も可能ですよ」


 言いながら今度は、スイにパワー増強の魔法をかけた。

 スイは「ふむ…」と言いながら王城の壁を殴ろうとして、ミライアに止められた。


「ただでさえ強いのに、補助魔法がかけられた貴方の力じゃ簡単に崩れちゃうわ」



「こほん」と咳払いをして、ミライアは再び仕切り直した。



「最後に禁魔法についてですが、これは深く関わらない方が良いでしょう。大きな代償を払う事になりますから」


 そう言ってから「白犬 召喚」と唱えると、魔法陣からスイの腰ほどの高さの二足歩行の白い犬が現れた。


「実は貴方を召喚した魔法陣も、誰が作ったかわかりませんが禁魔法なのです。しかし召喚の類なら、代償は大きな魔力だけなので危険はないでしょう。しかし、中には寿命を奪う魔法、身体の自由を奪う魔法もあると聞いたことがありますから、絶対に手を出してはいけません」



 スイは白犬の頭を撫でようとして、しかしその手は白犬によって振り払われた。



「まあ、召喚魔法なら危険はないと言いましたが、代償の魔力が大きすぎる為、戦闘には向かないでしょう。必要ないかと思います」


 ミライアの「必要ない」にショックを受けた白犬は、八つ当たりでスイに噛みつこうとしている。



「さて、早速実践してみましょうか。魔法でこの白犬を消滅させて欲しいのですが、まずは魔力の操り方を教えま――」



 ――ズドゴォォォン



「………………はい?」



 白犬が居た場所にはクレーターが出来、それをやった本人は不満そうに呟いた。


「どうやら闇魔法が使えない。何故だ」



 ミライアは驚いた。何も教えていないのに出来たのか、詠唱を必要としないのか、何よりあの一瞬で闇以外の六属性魔法を同時に放ったのか。


 そして数秒の硬直が解けた後、説明した。



「勇者という立場のせいでしょう。聖なる希望の光に、闇魔法は似合いません。同じ理由で教会に仕える者たちにも闇魔法は向きません」


「仕方ないのか。じゃあ俺は明日から授業を受けなくていいか」


「構いません」



 ミライアは反射的に答えてしまったが、スイが放ったのは簡単な具現した魔法だ。応用方法などを教えなくては強力な魔法は使えない。

 それを伝える為に口を開くが、いつのまにかスイは中庭に居なかった。


「まあ、後は実践で出来るようになるでしょ……」



 というか、もう出来るんじゃないか。昨日からスイに驚かされてばかりだ。疲れたから昼寝しよう。

 まだ太陽が昇ってすぐだというのに、ミライアはそう考えながら自室に戻った。思考が怠惰でスイのようだと自覚しながらベットに倒れこんだ。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 スイは食堂で朝食のサンドイッチを頬張っていた。


 昨夜のディナーも、早朝に食べた果物も非常に美味であり、スイは異世界でも食事を楽しみにしている。




「スイ様、デヴィス様がお呼びです」


 ミライアが授業終了を報告したのだろうか、食後に紅茶を嗜んだ後、メリーに案内されて訓練所に入る。




「スイ、魔法の腕前は天才だと聞いたぞ。ミライアは後は実践で磨けば良いと言っていた。つまり残った時間は全て剣術を教えよう」


 待ち構えていたデヴィスはスパルタ教師の笑みを浮かべて言った。



(ミラよりめんどいおっさんだな…)


 スイはどうやって早く終わらせるか考えながら訓練用の剣を持った。






「さあスイよ!とにかく実践あるのみ!まずは私から行く!」


 デヴィスは言いながら迫り、縦に剣を振り下ろす。

 スイはさらりと躱すが、下された剣はそのまま横に、スイを追う。

 今度はジャンプして避けたが、剣はいつのまにか空中にいるスイの胸の前に構えられていた。


 ――もう躱せないだろう。


 デヴィスはそう思い、刺突を繰り出す。



 しかし、スイは宙を蹴り、デヴィスの背後をとる。

 空を貫いた剣はスイと反対方向を向いている。

 チャンスと思ったスイは渾身の一撃をデヴィスにお見舞いするつもりで振りかぶった。

 そして、デヴィスが怪我をして訓練が休止になれば重畳だと非人道的な考えを持ちながら剣を振り切った。しかし、


 ――ガキィィィン



 ありえない位置から剣を持ってきたのは流石王都一の剣士と言えるだろう。

 辛うじてスイの一撃を防いだデヴィスは大きく弾き飛ばされ、口の端を上げた。


「ふっ!なんというセンス!魔力の身体強化を会得した上で、『宙蹴り』まで使いこなすとは!これからが楽しみだ」


 対してスイは、訓練が長引きそうだと思い、「俺はもう飽きた…」と呟く。



「ほう。では訓練は最初の段階にして、スイにとって最後の段階に入ろう。お主が唯一出来ていないことを教える」


 そう言ってデヴィスはネックレスとブレスレット、ベルトをスイに寄越した。


「それは全て魔封じのアクセサリー。体内の魔力を操作不能にする道具だ。三つ渡したのはスイの膨大な魔力は一つじゃ抑えきれないと思ったからだ」


 言いながらデヴィス自身もブレスレットを身に付ける。


「さあ、最後の訓練は剣術の基礎にして真髄。王都一の剣士の流派を教えよう。俺に打ち込んでこい」



 デヴィスが構えるとスイは猛攻を繰り出す。



 カーン。

 カーン。

 ギィィン。



「魔力を扱わずとも素早く、重い剣。さすが勇者の身体能力。だがな――」


 スイの猛攻を軽々受けていたデヴィスは姿勢を変え、スイの一撃を受け流し、その脇腹を軽く小突いた。


「お主の剣は素人。典型的な、力だけを持った剣だ。だからこそ基礎を固めろ。それは大いなる成長を促す」


 尻餅をついて、両手を地面についたスイに、デヴィスは剣先を向けて言った。


「スイ。お主は飽きたと言っていたな。だが本当の訓練はここからだ。私がお主を飽きさせないようにしてやる」



 デヴィスは決まったと思い口角を上げる。


 格好つけたのはスイのやる気を引き出すためだ。何もかも上手くいけばそれは飽きるだろう。

 しかし、叩きのめされて煽られれば、男として黙っていられない。怠惰なスイでも、夢中に取り組んでくれるはずだ。




 スイのニヤけた顔を見て、デヴィスは思い通りになりそうだと、自身も笑みを深くする。





 だが、ニヤけたスイの発言は予想を斜めに上に行く事だった。



「そうか、それはありがたい。俺は長時間物事に取り組むと飽きやすい性格でな。デヴが飽きないようにしてくれるって事は、訓練の時間を短縮するって事だな。じゃあ今日はここまで、明日からも同じ時間に同じくらいの訓練をしよう。おつかれさん」





「………………え?」



 デヴィスは予想外過ぎる言葉を聞き、自分の耳を疑った。

 しかし、固まった思考が回復する頃には既にスイの姿はなく。




「た、怠惰が過ぎるッッ!」




 デヴィスの嘆きは、訓練所を後にし、大きく伸びをするスイの背中には届いてなかった。

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