勇者スイ
「勇者様、こちらです」
滑らかな白い髪を背中まで伸ばした凛々しい雰囲気の女性、魔法師ミライアは瞳を輝かせて勇者を先導した。
今年二十歳を迎えた自分より五つ程下に見える。成人を迎えたばかりだろうか?
異世界の文化についてはわからないけど、召喚時に人々を沸かせたあの姿は頼もしく、希望を与えてくれた。
ミライアはそんな事を考えながら部屋に入る。
「どうぞおかけください」
大切な客をもてなす為の上質なソファに勇者が座ると、見計らった様にメイドが紅茶を出した。
「以後、勇者様にお仕えします、メイドのメリーです」
桃色の髪を肩で切り揃えた小柄なメイド、メリーは一つお辞儀をして部屋の隅に戻って行った。
部屋にはメリーの他に二人の男が控えていると、スイは認識した。
「私は王都に仕える魔法師ミライア。あちらに控えているのが騎士団長デヴィス。勇者様のお名前を伺ってもよろしいですか?」
勇者は部屋の隅に視線を向けたまま、短く答えた。
「スイ」
それを聞いたミライアは安心していた。
ここまで一言も発していなかった勇者に、警戒されていたのか、それとも言語が通じていなかったのかと心配していたからだ。
もっとも、スイが怠惰故に無口な事、面倒故に名前を省略した事を知れば別の心配が生まれるのだが、それは少し後になる。
「そう、よろしくお願いします、勇者スイ様。では早速この世界について、それから貴方を召喚した理由をお聞かせしたいのですが……」
ミライアは部屋の隅から目を離さないスイを不思議に思い、部屋の隅に視線を向ける。
だが、ミライアと同じ様に不思議そうにしているメリーとデヴィスがいるだけだ。
「あの、スイ様……」
「くくくくく、参った、参りました。流石は勇者様。邪魔しない様に陰ながら見守っていたのですが、私の紹介も待って下さったのでしょうか」
スイを除く三人は大いに驚いた。
側にいながら気付けないほどの隠密スキルを持ったこの初老の男に、そしてそれを見破り視線だけで男を降参させた勇者にも。
「私は王の側近、セバス。王との謁見は叶いませんが、私が取り次ぎいたします。ご用の時はスイ様自身で私をお探し下さい。この城で私を見破れるのは貴方だけですから……」
そう言ってくつくつと笑うセバスに、スイは訝しげに尋ねた。
「王には会えないのか」
勝手に召喚させておいて謁見も許されない、その事実にスイは不満を抱いたんじゃないかと、ミライアは再び心配になった。
しかし、こればかりはどうしようもない。
なにせ王は側近にしか姿を見せた事がないと言う。その側近ですらミライアはいま初対面を果たしたのだ。
勇者といえど、融通のきく問題ではないだろう。
「まあまずは、ミライアからの話を聞いていただきたい。それからスイ様のご意見、お聞かせ願いたい」
セバスがそう言って視線を送ってきたため、ミライアは語り始めた。
「この世界、アルバリウシスには三種族が暮らしています。南の大陸は人族。王都を中心として大陸の北東と北西には亜人族、そして北の大陸には魔族。もともと一つだった大陸は二百年前の人魔戦争で割れ、今では魔族の大陸は分断された状態です」
「……ふむ」
こちらを窺うようなミライアの視線を受け、スイは返事をしないと話が進まない事を悟り、止むを得ず相槌を打った。
「それ以降、魔族の動きは落ち着いてきました。しかし異常な数の魔物の襲撃は魔族が関与していると思われますし、王都に魔族が出没した事も少なくありません。そんな中数年前、魔族の北大陸に膨大な量の魔力を感知しました。それを受けたリクハート王は救世の魔法陣の発動を決め、起動可能になった本日、貴方を召喚致しました」
「おう」
「救世の魔法陣に関する文献は殆ど残っておらず、過去に発動されたかもわかりません。私達が把握しているのは貴方の膨大な魔力量、魔王にも屈しない精神力をお持ちだということ。熟練の冒険者でも魔族一人に対して抱く恐怖心は小さくありませんから、勇者様には魔族の殲滅、魔王の討伐を任せたいと思います」
「へえ」
「因みに魔族は知能のある人型の魔物です。亜人族にはエルフや獣族がいますが、魔族と違うのは魔力の質でしょう。魔族の魔力は、我々人族を恐怖させる禍々しいものですから。その点亜人族の魔力の質は我々と変わりません。ただ、人族と姿が違う彼らは蔑まれる傾向にあります」
「なる」
ミライアは「なる、ってなんだろう…」と思いながら続けた。
「さて、ここまでがアルバリウシスの状況説明。これから勇者様の今後の行動予定をお話しします」
「よろ」
「私から魔法、騎士団長デヴィスから剣の指南を受け、後に冒険者として依頼をこなしていただきます。 低頻度ではありますが、魔物の襲撃、魔族の発見があれば対応していただきます。勿論私も付きますのでご安心を。最終的には隊を作ってその前線に立ち、魔族の殲滅を行なっていただきます」
「やだ」
「改めてお願いします、どうか私達人族をお救いください勇者様………え?」
「やだよ面倒臭い」
その言葉に固まったのはミライアだけではない。全員だ。
「異世界救いは面倒臭い」
スイは言いながら控えていたメリーの手を引っ張り、扉の外へ出て行った。
後に残った三人は同じ気持ちだっただろう。
どこに行ったのだとか、ほとんど相槌しか打たなかったのに拒否だけは三度も行うのかとか。
そんな気まずい静寂が訪れた部屋にミライアの声が響いた。
「面倒って、あんまりじゃありませんかっ⁉︎」
デヴィスとセバスは静かに頷いていた。
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