第16話:ゴブリン125匹分の拳
遠目にマルサス城を望む街通りを十五分ほど歩くと、ハンマーの看板が見えてくる。
主に扱うのは冒険者が使用する道具類であるが、要望を上げれば武器・防具を冒険者の好みにカスタマイズ等もしてくれる。
実際、僕が使っている盾もこの道具屋で加工してもらった物だ。
店のドアを開けると、懐かしいドアベルの小気味良い音色が室内に響く。
「バーナードさん、お久しぶりです」
店内へ入ると、カウンターの奥で作業をしている人物に向け声をかける。
小道具を弄っていた少し小柄で初老の男性が、めんどくさそうに顔を上げると、
「おぅ、マーヴィンところの。もう落ち着いたのか」
と、ぶっきらぼうに答えてくれた。相変わらずそうで何よりだ。
「ええ、まぁ何とか。今日はちょっと、お願いがあって来ました」
色々あって忘れていたのだが、以前、盾に新しい機能を考えていた時に思いついた事を提案する。
「僕の盾に、クロスボウって仕込めませんかね?」
魔術の使えない僕にとって、魔術師はアウトレンジから攻撃してくる厄介な相手だ。その対処の為、考えに考え抜いた結果、思いついた渾身の逸品である。
「ああ、出来ん事は無いな、前にも一度作った事がある。お前さんの盾は確かあれじゃったのぉ」
そう言うと、バーナードさんは奥の倉庫に消えていった。
「あ、僕が初めてじゃないんだ……」
考えついた時は、素晴らしい発見だよ、俺天才じゃね?とか興奮してたんですけど。そうですか、既に先人がおられましたか。何だかもうすっかり冷静になりましたよ。
人知れず凹んでいる間に、倉庫に消えていたバーナードさんが戻ってくると、両手にカイトシールドとクロスボウを一つずつ持っていた。
「これと同じじゃったかのぅ」
「そうそう、これです」
手にしていたカイトシールドを見て、僕はジェラールに買ってもらった盾を思い出して頷く。
バーナードさんはその盾を裏返すと、もう片方に持っていたクロスボウを合わせ始めた。
「そのまま埋め込むと、重くなりすぎるしな……構造だけ盾に仕込むとして、暴発防止に二重構造を入れて、巻き上げ器も内蔵、と」
ぶつぶつと、呟きながら構造を考えていく。流石熟練の頑固職人、もう形は頭の中で出来上がっている様だ。
「そのクロスボウだと、どのくらい飛ぶんです?」
「ん? こいつは二十までは飛ぶが、皮鎧に当てるんなら、十くらいまで近づいた方が良いな。鉄にゃ効かねぇぞ」
バーナードさんは、盾を弄りながら答えると、続いてぶつぶつ言いながら寸法を測ってメモを取り始めた。
僕は作業の邪魔にならない様その場を離れると、展示されている道具の方へ向かう。
水筒やベルト、ホルスター等、冒険の基本装備から、スパイク付きのブーツ、暗器用の針や鋼糸、果ては変形機構のついた馬鹿でかい斧まで、様々な物が置いてあるので、見ているだけでも楽しい。
更に奥の方へ行くと、ある棚から価格の桁が二つほど跳ね上がった。
説明を見ると、どうやら魔術付与する物や、既に付与されている物達の様だ。
魔力を感じることが出来れば、見るだけで分かるのだろうが、僕には『やたら値段の高い物』にしか見えなかった。
引き続き武器や防具を見て歩いていると、ある武器の前で足を止める。
「これは……」
そこには、一対のグローブが置いてあった。
魔力を阻害させない様に金属部分には銀を使用し、リスト部分の内側には緑色の宝石がはめ込まれている。
商品に貼ってある、うたい文句には、
『羽の様に軽く、ハンマーの様な一撃!』
と書いてあった。
そしてお値段、なんと金貨五枚!
最後にジェラールとゴブリンを倒した時のレートが、確か一匹あたり銅貨四十枚だから……
ゴブリン百二十五匹分か……、一応クロエに聞いてみるか。
自分には到底手の出ない代物であったが、貴族であるクロエなら何とかなるのではないかと思う。
「どんな感じです?」
一通り見て回ったので、一息ついた様子のバーナードさんに声をかける。
「おう、必要な寸法は一通り書いたんで、後は作業に入るだけじゃ。まぁ先約済ませてからじゃがな」
メモした紙を、ひらひらさせながら答えると、バーナードさんはその紙をクロスボウに取り付けて箱に仕舞った。
「宜しくお願いします。それで、いくらになりそうです?」
結構手間のかかりそうな代物なので、どれくらいの費用が掛かるのか、ちょっとドキドキする。
「盾はお前さんのを使うんじゃろ? この盾を使って、お前さんのを下取りする事も出来るんじゃが」
「今使ってるのでお願いします。あれには愛着があるので」
「そうか。じゃあ取り付ける弓と、それに埋め込みの部品と、諸々で」
組んだ腕を解くと、右手を広げた。
「こんだけじゃな」
「なんと銅貨五枚!」
「馬鹿もん、銀貨五枚じゃ」
「ですよねー」
淡い期待を込めて言ってみたが、あっさり否定されてしまった。
「バーナードさん、実はちょっと良い話があるんですが」
先程見かけたグローブとクロエの話をして、値引き交渉を試みる。
「はっ! 当てにはしとらんが、三枚に負けといてやるわい」
「はぁ~、助かります」
ほっと胸を撫で下すと、バーナードさんに何度も頭を下げた。
「しかし、お前さんも言うようになったな、そろそろヒヨッコは卒業か?」
片づけを終えると、バーナードさんは炉の上に乗せてある薬缶を持ってきて、コーヒーを入れ始める。
「そんな事ないですよ。まだまだブレントさんにはヒヨッコって呼ばれてます」
ブレントさんとは、ギルドに併設されている武器屋の主の事で、厳しい中にも優しさのある、ギルド仲間からは『鋼のおやっさん』の愛称で親しまれている人物である。
「ハハッ! 兄貴は自分より若いもんは、全部ヒヨッコじゃからな!」
そして今、目の前で豪快に笑いながらコーヒーを飲んでいるバーナードさんのお兄さんなのだ。そしてその理屈で行くとバーナードさんも漏れなくヒヨッコと言う事になる。
「そういえば、ブレントさんって、バーナードさんのお兄さんでしたね」
「ああ、頑固もんじゃが、面倒見の良い兄貴だ。この店を出す時も世話になったな」
遠い昔を見るような眼差しで、バーナードさんは答える。
「出来のわりぃ弟の面倒を見るのは、兄貴の役割だってな。お前は兄弟はいねぇのか?」
「自称兄貴ならいますが」
「なんでぇそりゃ……ああ、ジェラールの事か」
「はい。今では本当の兄の様に尊敬してますけどね」
「ハッ! そいつは結構なこった」
そう言うと、バーナードさんは何かを思い出しているのだろうか、再び遠い目になると黙り込む。そして、残りのコーヒーを煽ると、もう一度呟いた。
「本当に……結構な事だよ。その縁は大事にしときな」
実の兄弟がいる人生の大先輩にしんみりと言われると、流石に重みが違う。聞いてるこっちまでしんみりしそうだ。
「はい。ああでも、ジェラールには、兄と思ってるって言うのは、内緒でお願いします」
しかし、人づてに伝わるのはこっぱずかしいので、黙っておいてもらう様にお願いした。勿論、直接当人に面と向かって言うとか論外だ。
「覚えてたらな。盾の方は、一週間ほどしたら来てくれ」
「わかりました、宜しくお願いします。コーヒーごちそうさまでした!」
バーナードさんに挨拶を済ませると、僕は荷物をまとめて道具屋を出た。
(出来のわりぃ弟の面倒を見るのは、兄貴の役割……か)
学院へ帰る道中、僕は先程のバーナードさんの言葉を思い出していた。
後日、バーナードさんの店にクロエを案内すると、グローブは元より、皮鎧、ブーツ等、装備品一式を即決で購入する姿が見られた。貴族すごい。
笑いが止まらないバーナードさんの横で、その一部始終を見ていた僕は、
「六百ゴブリン……」
と、一人呟くのだった。
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