魔術を使えない僕が、伝説の魔術師を継いで伝説になる方法。

萩原あるく

第1話:伝説の魔術師を継げぬ者

 王立魔術学院。

 ここは、マルサス王国で魔術を学ぶ者達が通う学院である。

『伝説の大魔術師』マーヴィン・ブレイドが学院長を務めており、かつては国中の魔術を学ぶ者たちの憧れの場所でもあった。

 しかし、今は貴族たちが箔をつける為に来る場と化しており、真に魔術を学びに来る者は僅かな数になり果てていた。


 今日も一人の少年が、貴族たちの暇つぶしの標的にされている。


「おい、出涸らし! いつになったら出来るんだよ!」

「大魔術師様、はやく『伝説』の力、見せてくれよ!」

「ママのお腹に忘れて来たんなら、早くとって来いよ。あ、お前ママいなかったか!」


 魔術の詠唱練習の時間、貴族の生徒達は少年を囲むようにして囃し立てる。

 輪の中心に居た少年は、ただ拳を握り締め地面を見つめるばかりだった。

 少年の名は、デュラン・ブレイド。

『伝説の大魔術師』マーヴィン・ブレイドの息子である。

 彼は大魔術師の息子なのに、魔術を一切使えない。

 いわゆる『おちこぼれ』だ。

 だが、彼もなりたくて落ちこぼれた訳では無い。(普通、誰もがそうであるが)彼の体内には、生まれつき魔術に必要な魔力オドが無かったのだ。

 それでも彼は、いつか出来ると信じて必死に魔術の勉強を続けてきた。


 しかし、それももう、限界を迎えていた。

 貴族達の悪口など聞き流せばよいものだが、こうも毎日聞いていると流石に気を病んでくる。

 ともすれば、『自分は、本当にこの世に必要ないのではないか』とさえ思い始めていた。

 事ここに至って、デュランが次にとる行動は二つのうち、どちらか。

 原因の排除か、

 原因からの逃避か。

 正解は後者の『原因からの逃避』、即ち不登校だった。


 

「デュランが不登校に?」 

「はい、日増しに激しくなる貴族の嫌がらせに、耐え切れなくなったかと存じます」

「何度も注意して来たのだが、やはり無理だったか」

「問題を起こしているのは、主にセドリック派の子息ですので、効果はございませんでしょうな」

「どうしたものか……」


 と言いながら、学院長の机上で頭を抱えている人物がマーヴィン・ブレイド。この学院の学院長であり、デュランの父である。

 そして、その隣にいる執事風の老紳士が、サイモン・クラーク。学院の事務処理を一手に引き受けている人物だ。

 二人は、ここ最近の生徒達、特に貴族の生徒の振舞いに手を焼いていた。

 真面目に魔術を勉強してる生徒に何かと文句をつけ、邪魔をする。酷い場合は、退学へ追い込む事態にまで発展しているのだ。  

 マーヴィンは当然、何度か注意をしたのだが、彼らは貴族の子供達である。いかに伝説の魔術師と言えども所詮は平民、あまり強くは言えなかったのだ。

 そしてセドリック派とは、前国王の第二王子セドリックを旗頭とする派閥である。

 国王争いに敗れたとはいえ、未だその権力欲は衰える事無く、今も様々な手を弄して国王の座を狙っていた。

 学院への嫌がらせもその一つだったので、彼の指導など聞く訳もない。

 マーヴィン自身は派閥など微塵も興味は無かったのだが、十六年前の魔物襲来より何かと現国王のルイスに手を貸していたので、セドリック派からすれは政敵なのである。

 故に、その邪魔な存在を看過する事は出来なかった。


「いっその事、武力で正面から来てくれた方が、楽でいいのだがな」

「左様ですな。なまじ生徒を使っての搦め手などされますと、おいそれと手にかける訳には参りません。しかも相手はセドリック派、下手をすれば陛下の立場が危うくなります故」

「伝説と言われても、息子一人守れんとは……、情けない親だ」


 今回の被害者が息子のデュランとあって、マーヴィンは更に心を痛めていた。


 当のデュランと言えば、朝から晩までベッドでごろごろ過ごし、晩から朝までベッドですやすやと過ごしていた。

 そうすると、不思議なことにデュランの精神はみるみる回復――

 する訳もなく、益々悪化の一途を辿っていった。

 出涸らし、役位立たず、親不孝者……

 

「あああぁぁぁ!」


 人間とは、肉体活動の比重が下がるにつれ、思考活動の比重が上がる生き物である。

 デュランは、脳裏に焼き付いた貴族たちの言葉に、今日も責められていた。

 確かに、僕は父から何も受け継げなかった出涸らしだ。

 確かに、僕は誰の役にも立っていない。

 確かに、僕は父の栄光に泥を塗った。

 奴らの言っていた事は何一つ間違っていないし、返す言葉が見つからない自分の不甲斐なさが嫌になる。


「僕の生きてる意味って、何だろう……」


 心を落ち着かせる為一人になった筈なのに、気が付けばすっかり負の感情に取り込まれていた。




 そんな、ある日の朝。

 出口の方で何かが叩き付ける音と、何かがもげる音、そして何かが吹っ飛ぶ音が鳴り響いた。


「なに?」


 物盗りかと思い、手近にあったハンマーを手に出口まで行くと、吹き飛んだ扉を前にくすんだ金髪を短く刈り上げた青年が立っているのが見えた。


「ジェラール、何してんの」

「何って、鍵がかかってたからな」


 全く悪気の無いニヤケ面で扉を拾い上げ、入り口に立てかけている男はジェラール。自称、僕の兄である。何故自称かと言うと、血縁などこれっぽっちも無いからだ。


「それで戻したつもりかよ!」

「後で直しといてやるよ。それより、早く着替えろ」 

「は? ってか、何しに来たんだよ!」

「何って、引き籠りがいるって聞いたから、気晴らしに連れて行ってやるんだよ」


 いつもの事だが、ノリだけで生きているのではないだろうかと思える彼に、少し苛ついていた僕は突き放す様に叫ぶ。

 

「ほっといてくれよ!」 

「ほっとかねぇよ。出来の悪い弟の面倒を見るのは、兄貴の役目だからな」


 しかしジェラールはそんな事で引く男ではない。彼は人懐っこい笑顔を向けると、僕の目を真っ直ぐ見て聞いてきた。


「何があった、言ってみろ」


 ぐ……

 いつもはいい加減なくせに、ここぞと言う時は真剣になって心配してくれるので、頼る人の無い僕はその優しさについつい甘えてしまう。今回も日々悶々と思っていた事をつい口にしてしまった。


「ジェラール」

「なんだ」

「僕が生きてる意味ってあるのかな?」


 自分で言っておいて、すごく惨めな気持ちになる。思わず込み上げて来る物を必死でこらえなければならない程にだ。


「あるぜ」


 そんな情けない顔をしている僕を、ジェラールは間髪入れずに肯定してくれた。それだけでも泣きそうになるのだが、僕の両肩をがっしり掴むと更に言葉を続けてきた。


「俺の弟というだけで、お前には既に生きている意味がある」

「意味が分からないよ」


 何をこっぱずかしい事を言っているのか。あまりのこっぱずかしさに、僕は先程までとは違う意味で、涙を堪えられなかった。

 例え血が繋がっていなくとも、当たり前の様に自分の事を臆面もなく『弟』と言ってくれるのだ。あまりのこっぱずかしさと共に少し心が救われた気持ちになり、涙と共に嬉しさが込み上げてくる。


「意味を知りたかったら、黙ってついて来い」


 そして、ジェラールは静かに言うと、背を向けて歩き出した。ちくしょう、ちょっとカッコいい。


「待ってよ!」


 僕は咄嗟に手を伸ばすと、一人先を進むジェラールの背中に向け声をかける。


「まだ言いたい事があるのか?」

「扉、なおして」

「お、おう」


 ジェラールが扉を治している間に、僕は着替えを済ませる事にした。

 

「お、来たか。いくぜ!」


 扉を支えながら、釘を打ち付けていたジェラールが振り返る。


「外、見えてるよ」


 雑に止められた扉は明らかに傾いており、隙間からは外の光が差し込んでいた。

 しかしジェラールはそんな事一切気にせず、手にしたハンマーをその辺に放ると外に出て行ってしまう。

 僕は仕方なく、ハンマーと蹴りを駆使して扉を閉め、十五分かけて鍵をかける事に成功した。

 家を出発し、ジェラールの後をついて三十分ほど北に向かって歩いていると、やがて巨大な建物が見えて来た。そしてそこには戦士や魔術師たちが出入りする姿が見える。


「冒険者ギルド?」


 冒険者ギルドとは、文字通り冒険者が寄り集まった組織である。

 マルサス王国の首都、ドランにある冒険者ギルドは、本部も務めている為、依頼の斡旋は元より、冒険者育成の為の施設、武器・防具屋、酒場や流れの冒険者用の宿泊施設まで、あらゆる物が併設された巨大なものとなっていた。

 が、そんな場所が僕に何の関係があるのか、さっぱり理解できないまま突っ立っていると、


「突っ立ってないで、中に入るぞ」


 と言って、ジェラールはさっさと中に入って行ってしまう。

 軽く反抗してそのまま帰ろうかと思ったのだが、後が怖いので大人しくジェラールに促されるままギルドハウスに入っていった。

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