第4話 ゼロからの創作ってほんと大変ですよね……
木曜日の午後4時。
菜々との約束の日まであと三日。
俺は家に帰ってすぐノートパソコンを立ち上げる。
今なら書き上げることが出来るはずだ。
菜々のおかげでモチベーションが上がりまくっているからだ。
まぁ、
ていうかたった3話でメインヒロインの設定ぶち壊してくんなよ
だがそんなことはどうでもいい。
今は原稿を仕上げることが最優先だ。
「でもこのままじゃだめだ」
あのシナリオじゃ菜々に響かない。 なにより自分が納得出来ない。
だから全部書き直す。シナリオもキャラ設定も全部。
まぁ、その2つしかないんだけどな!
でもそんなの関係ない!だって今は前を向くしかないんだから!!
「今度こそ書き上げてやる」
金曜日の午後4時
菜々との約束の日まであと二日
丸一日ぶっ飛んでいるように感じるかも知れないがそれは気のせいじゃない。
要するに二十四時間机にかじりついていたということだ。
ちなみに学校もサボった。
まぁ、それでも一行も進まなかった訳だが……
それもそのはずだ。 4日間何も出なかったんだからたった1日で書けるはずがない。
「……どうしたら書けるようになるんだよ」
そんなことを言っていても俺はたった一つだけ打開策を知っていて。
でもそれは絶対に使いたくない手で。
それでも携帯を握りしめてしまう自分が心底嫌になる。
今電話していいのだろうか? 時間的に学校終わったばっかりだよな? それにあいつはプロの作家だ。 俺にばっかりかまっている暇はないだろ。
でも今すぐ菜々と話したい。
明確なアドバイスなんていらない。
そもそもくれるなんて思ってない。
ただ菜々と話せるだけでいい。
根拠なんてないけど、そうすれば書けるような気がするから。
そう思い立つと俺はすぐ菜々に電話かけていた。
1、2、3。
たった3コールで菜々が電話に出る。
『何?』
「いや何ってことないけど……」
なんて言おうか。 かけたはいいけど何を言えばいいか考えてなかった。
『用もないのにあんたなんかと電話している程私も暇じゃないんだけど』
『だいたいあんたもそんな余裕ないでしょ』
「いやまぁそうなんだけどさ。お前もうちょっと励ます方向に言えねーの?」
『はぁ?なんで私が気を使わなきゃいけないわけ?』
「ですよねー」
うん、知ってた。 こういう反応が返ってくるのは知ってた。
それにしてもこいつマジで口悪いな。
『それで本当はなんなのよ』
きっと菜々はもう何の話か分かっているはずだ。
それでもちゃんと聞いてくれるのはこいつなりの優しさだったりするのだろうか。
……いや絶対ないな。
「菜々はさ、小説書いてて詰まった時いつもどうしてる?」
『なにあんた、あれだけ背中押してあげて学校までサボったのにまだ書き出してないの?どんだけとろいのよ』
「うぅ……」
くそ、なんも言えねぇ……
『そうね、私なら思ってることそのまま書く』
「そのままってなんだよ?」
『そのままはそのままよ。 書きたいこととか思ったことをそのまま文章にする感じ』
「なんだそれ天才かよ。 腹立つな」
『……そうだとよかったんだけどね』
そう言った菜々の声にはいつもの自信は含まれていなかった。
『もういい?そろそろ切るわよ?』
「あ、あぁ。 ありがとな」
そこで電話が切れた。
まだどうしたらいいかなんて分からないけど菜々は思ったことをそのまま書くって教えてくれた。
だったら俺も書こう。
1人じゃ何もできない自分への苛立ちを、小説家になりたいという願望を、いつまでも上達しない焦燥感を。
……もっとだ。
現実世界への絶望を、何者かになりたいという渇望を、何者にもなれないという劣等感を。
……全部書こう。自分の中を渦巻く感情を全部。
思い描いた幻想を、痛々しい妄想を、夢を、希望を、愛を、失望を、失敗を、挫折を。
その全てをこの小説にぶつけよう。
そうすれば、菜々に少しでも近づける気がするから。
少なくとも今よりかは前に進めるはずだから。
「……終わった」
窓からは眩しい程の陽ざしが差し込み、外からはスズメの鳴き声が聞こえる。
日曜日午前8時
菜々との約束の日、当日。
あれからずっと寝ることも忘れ死ぬ気で書き続けてやっと完成した。
いや、完成というにはあまりにお粗末かもしれない。
なんせ未だタイトルは未定のままであらすじすら書かれていない。
面白いかどうかも分からない。
でも俺からしたらこれが間違いなく完成形だ。
今の俺にはこれ以上のものはかける気がしない。
そう思えるほどの自信作になった。
あぁ、やっと終わったんだ。
そう思った瞬間に俺の部屋にドサッという鈍い音が響いた。
具体的には俺が作業していた勉強机のすぐそば、ほんの数十cm先で。
俺は床に倒れ込んだ。 ベッドにたどり着くことすらできずに。
あーやばいなぁ……
どんどん意識が遠のいていく。
体に力が入らない。
マンガやラノベで『電池切れ』って表現をよく見るけど、今の状況を表すのにこれ以上的確な言葉はきっと他に存在しないだろう。
あと数時間後には菜々と会う約束をしているのに……
「菜々……」
他に誰もいないこの部屋で、意識の端で言ったあいつの名前だけが孤独に響いた。
そして俺の意識はそこで途切れた。
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