15.弱者の一撃

「探せ、探せェッ! あの極悪人を、決して逃がすなッ!!」


 夜のとばりが下りた、リュミエール公国の正門前。分厚い甲冑を身に着けた聖騎士達は、砂漠の中から針を探すかのように躍起になっていた。

 国内の警備は薄くされ、常駐していた数百人の聖騎士達が一斉に国外へと動員される。

 光教の聖遺物でもあり、国宝でもある聖剣ルナファリア。それを、公国の近辺に居るであろう極悪人ソレイユの手から取り戻す為に。


「第三部隊は南方を、第四部隊は西方を、我ら第五部隊は北方へと向かう!!」


「第一部隊は少数を国内に残し、後は第六部隊を率いて周辺を警備しろ! 鼠一匹漏らさぬように!」


「例え老人だろうが見つけた者への身体チェックは念入りにしろ! 特に得物は必ず確認するんだ!」


「奴を見つけたら前もって配った<照明>の巻物スクロールを使え! 間違っても戦おうとするなよ!!」


 お互いがお互いを注意し合うように、彼らは散開していく。

 ──今夜もまた、俺を捕まえる為の捜索が始まった。俺は公国の正門が正面に見える木陰から、散開する兵士を観察していた。


「全く、夜も長いのにご苦労な事だニャァ」


 俺の隣で、黒猫の形を持ったルナが呆れながらに言う。

 ルイスとクレドラに俺の正体がバレて五日。馬で一日の距離を、何とか歩き通して公国まで辿り着いた所だ。

 この場所に来るまでの道中にも勿論、馬で先駆けた聖騎士達の目を盗みながら進んでいた。バレないよう慎重に歩いてきたが故に、数日間掛けてようやく今日の夕刻にこの場所に辿り着いた。

 ちなみにルナの魔法によって厳重に捕縛したビルグ・ワイズマンは、一週間分の飲食物を残してあの山に置いてきた。あいつがルナ以上の魔法の使い手でなければ、逃げ出す事は無いだろう。

 後は俺が、上手く立ち回るだけだ。


「恐らく俺が公国近辺に辿り着いた事は向こうも承知の筈だ。……クソ、どうやって近づくかね」


「やっぱりもう力技しか無いんじゃないかニャ」


「……いや、駄目だ。俺は絶対に、罪も無い人を斬ったりはしない」


「難儀な性格だニャァ」


 残念ながら、俺の正体はもう公国中に知れ渡ってしまった。

 もう姿を隠しながらリスティに近づけない俺が、何故こうして危険を冒してまで再度公国への侵入を目論んでいるか。

 それは、一つの大きな不安があったからだ。


「でも、やるしかない。マグニコアの目論見が失敗した以上、奴も何か大きく動き出す筈だ」


「ふん。他人を使う様な小物に、大きな事が出来るとは思えないニャ」


「人の力を甘く見るなよ、ルナ。ああいう手合いこそ、追い詰められたら何を仕出かすかわからないんだ」


 正直な所、俺はリュミエール公国に大した恩義なんてない。弱き人を助けるという目標自体には共感する物の、小さかった俺に洗脳紛いな教育を施したこの国を好きにはなれない。

 それでも、俺には守りたい物が二つあった。一つは、孤独に苛まれた俺を救ってくれたリスティ。

 ──そしてもう一つは。


「約束したんだよ、あいつらと。この国を、“良い国”にしようって」


「……約束したのはソレイユじゃなくて、ライトニャ」


「どっちも同じさ。少なくとも、俺の中ではな」


 聖騎士団に入って僅か数か月。朝起き、挨拶をし、共に同じ修行に励み、同じ仕事に従事し、互いを労った奴らがいた。デカい声の上司に、俺を信頼してくれる仲間や部下。

 守りたい奴らが、増えてしまったのだ。

 ルナの言う通り、彼らが見ていたのはライトであってソレイユじゃない。それでも。


「まぁ、ソレイユが言うならルナは付いていくだけだニャ。……でも、どうするニャ。近づこうにも警備が厳しすぎるニャ」


「俺が国内で今近づきたいのは、あのマグニコアだ。なら、奴の部下に変装するのが手っ取り早い」


「第三部隊、だったかニャ。やっぱり襲うのかニャ」


「ちょっと眠って貰って、鎧を貸して貰うだけさ」


 その為に、俺はこの場所で兵士を観察していたのだ。

 先ほどの兵士の言葉に間違いがないのならば、第三部隊が進んだのは南方。その内の一人から、鎧一式を拝借するくらいなら難しい話ではないだろう。


          ☆☆☆


「──ったく。あの極悪人は本当にいるのかね」


 リュミエール公国南方、畦道あぜみちを歩く聖騎士がぽつりと呟いた。


「さてな。チッ、ようやく戦いが終わって給金が入ったかと思えばこれだ。嫌になるぜ」


「全くだ。今回も北方の魔物狩りでクタクタだってのによ。マグニコア大司祭も人使いが荒い」


 二人の聖騎士はそれぞれの得物を構え、歩きながら談笑する。

 軽口を叩きあう二人だが、警戒は怠らない。常日頃魔物との死線を掻い潜っている第三部隊の心情は常在戦場。油断の欠片も有り得なかった。


「こうなると逆にまだ北方に居る連中が羨ましいぜ。今頃あの村で好き放題してるんだろうな」


「あの集落か。……へっ、大司祭も頭がキレる。魔物を誘き寄せる囮の村を作っちまうんだからな」


「あそこの住人は皆世捨て人だ。魔物が来るまでの間、俺達がどういう“ストレス解消”をしようが全くの治外法権。うま味がありすぎるってもんだ」


「清潔感が無いのが頂けねぇけど。こうやって泥臭く人探しするよりかは、万倍マシだな」


「俺も出来る事なら明日にでも北方に派遣して貰う為に陳情を──」


「ニャァ」


 二人の聖騎士が、足を止める。気づけば自分達の後方には、一匹の黒猫が歩いていた。首に掛けられた首輪に取り付けられた鈴が、小気味良い音をかき鳴らす。


「……ったく、びっくりさせやがって。猫かよ」


「こんな所に珍しいな。野良にしちゃ、随分と毛並みが良いが」


「大方公国の貴族か司祭の飼い猫が逃げて来たんだろ。ここ数日、慌ただしかったしな」


 そう喋りながら、聖騎士は突如として口を紡ぐ。

 今猫は、何処を歩いていた?

 自分達の後方、つまり自分達が歩いてきた道だ。鈴の音を、鳴らしながら。


「──なぁ、この猫」


 思わず、口を開く。

 周囲の気配を探り、視覚と聴覚を傾けた。魔族領でもある北方の戦いを生き延びる腕前を持つ二人のどちらも気づかなかったなどという事が、有り得るのだろうか。

 大きくなる疑問を相方にぶつけようとしたその瞬間。


「眠れ、クズめ」


 聖騎士は、流暢に喋る猫の声を聴いた。


          ☆☆☆


「ほい、一丁上がりニャ」


「……悪い、ルナ。お前が出なければ叩き切る所だった」


 俺はばつの悪さを誤魔化すように、頭を掻いた。

 しかしルナは気にするそぶりも無く、尻尾を振りながら言う。


「それはそれでソレイユが後から傷つくだけニャ。……良かったニャ、鎧を借りるこいつらがクズで」


「全くだ。風邪をひかれても良心が痛まなくて済む」


 倒れた二人を畦道の下部にある畑へと運び出し、その内の一人から鎧を剥ぐ。

 上から枯草などで隠せば、野盗や獣に襲われる心配も無いだろう。……正直、それを心配してやれるほど俺は人間が出来てもいない。

 二人の談笑していたマグニコアの非道。それを聞いてから、どうにも頭に血が上ってしまっていた。


「ルナも聞いていて楽しい話じゃなかったニャ。……ゴダマの倅には罰が必要だニャ」


「精霊が言うんだ、間違いないな」


 聖騎士の兜を着用し、身に着けていた仮面やローブを無造作に鞄の中に放り込む。念の為に鞘も拝借し、聖剣を其方に入れ替える。

 ──準備は出来た。今こそ公国の中に堂々と忍びこみ、マグニコアを探る。もし奴が、俺の大事な物を傷つけるような真似をしたのだとしたら。

 その時こそ、俺は自分自身を制御出来る気がしなかった。

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