大宴会-1
エボルカリウスが討伐されたその日の夜、村では大宴会が行われた。
ある者は大いに笑い、ある者は大いに泣き、ある者は生き残ったことを喜び合う。そして、その場にいた誰もが死者を尊んでいた。
全員が生き残ったわけではない。大怪我を負った者もいる。
それでも、魔族を目の前にして生き残れたこの瞬間を喜ばないのは、死んでいった者への冒涜だとソリアナは口にした。
「しかし、何もできないと思っていたブレイドが、まさかこれだけの力を秘めていたとはねぇ」
そのソリアナはブレイドを隣に座らせて大ジョッキでビールを浴びるようにして飲んでいる。
「ちょっと村長。飲み過ぎじゃないですか?」
「何を言ってるのよ! 今日飲まないでいつ飲むの!」
ソリアナは右腕をブレイドの首に回してからジョッキを口に運んでいるので、体が密着している状況だ。
村長をしているソリアナだが、その年齢は若く三五歳である。さらにスタイルの抜群となれば、ブレイドが照れてしまうのも無理はない。
「ソリアナ、それくらいにしてくれないか? ブレイドが困っているじゃないか」
「えぇー! ロイドさん、つれないなー」
「ソリアナさん? ブレイドが困っているわ?」
「……リリーさん、怖すぎですよ!」
軽口を叩き合えるのもソリアナだからこそだ。
ロイドやリリーよりも若いのだが、村長としては村人からの信頼も厚い。
ただ、酔っ払うと誰彼構わずくっつく癖があるので飲み会の席では誰も近寄ろうとはせず、今回はソリアナからブレイドを引っ張ってきた状況だった。
「……はぁ」
そんな状況に溜息をつきながらも、ブレイドは内心でとても嬉しく思っていた。
MSOの世界に転生して何もできないではつまらない。
ブレイドは現時点ですでに開き直っており、こうなればとことんMSOの世界を満喫しようと心に決めていた。
「――お兄ちゃん」
大人に囲まれていたブレイドに声を掛けてきたのは、妹のリアナだ。
松明の明かりに揺られて見える表情は儚げに見え、それでいて美しくもあった。
周囲の子供たちの視線もリアナに集まっており、それを見てロイドが子供たちを睨みつけている。
「……あなた」
「……いや、だがなぁ」
「はぁ。……どうしたんだ、リアナ」
「えっと……その、二人で話さない?」
「二人で? ここじゃダメなの――いてっ!」
突然頭を叩かれたので振り返ると、そこに満面の笑みを浮かべたソリアナの顔が目の前に現れた。
「ブーレーイードー? 女の子が二人って言ったら二人なのよー?」
「いや、女の子って言っても妹だ――いってえっ!」
「ブーーレーーイーードーー?」
「わ、分かった、分かったから! 顔が近い! それとめっちゃ怖いから!」
こめかみがピクピクと震えていることから、ソリアナがキレていると判断したブレイドはすぐに立ち上がるとリアナの手を取ると移動を始めた。
「あの! ちょっと、お兄ちゃん!」
「んっ? 二人で話があるんだろ?」
「そ、そうだけど! ……あ、ありが、とう」
「ん? ……おう」
何に対してのお礼だったのか疑問に思いながらも頷いたブレイドに連れられて、二人は宴会の輪から少し離れた場所に移動した。
喧騒がやや小さくなり、宴会が行われいている反対側からは時折虫の鳴き声が聞こえてくる。
空を見上げれば松明の明かりも遠くになったからかきれいな星空を眺めることができた。
「……それで、話って何なんだ?」
ただ黙って星空を眺めているのも悪くないと思ったブレイドだが、何か理由があって呼び出されたのだろうと思い話を促してみた。
「……あの……その……えっと~」
「おいおい、今日の朝の勢いはどうしたんだ? ほら、飛び蹴りで俺に――」
「あー! あれは出来心だから、忘れてよ!」
顔を真っ赤にして両手をブンブンと振っている姿に笑みを浮かべたブレイド。
その表情を見たリアナも落ち着きを取り戻したのか、動きがピタリと止まりいつもの笑顔を取り戻した。
「……お兄ちゃん、今日はありがとね」
「……おう」
「ねえ、どうしてこんなすごい力を持っているのに隠していたの?」
「うーん、隠していたわけじゃないんだ。今日このタイミングでたまたま出てきたって感じ?」
「……なにそれ、意味が分からないんだけど?」
「まあ、そうなるわな」
苦笑しながらリアナの言葉に頷いたブレイドも、どこまで話をしていいのかが分からない。
事実、ブレイドも自分がブレイドなのか久木なのか、この短い時間の中で分からなくなってきている。
ブレイドの記憶があり、久木の知識がある。
今リアナと話している自分はどちらなのか、その判断さえ区別がつかない。
「……リアナは、異界の英雄って聞いたことがあるか?」
「異界の英雄? ううん、聞いたことないかな。そういえば、あの魔族がそんなことを言ってたよね」
エボルカリウスが口走っていた言葉について聞いてみたが、リアナには心当たりがなかった。
「……お兄ちゃんが、その異界の英雄なの?」
「どうなんだろうな、分からん」
首を横に振りながら苦笑するブレイドを見て、リアナは顔を星空に向けてから口を開いた。
「……わ、私は、お兄ちゃんが異界の英雄だと思うよ!」
「そうか?」
「うん! だって、その……私を助けてくれた時のお兄ちゃん……格好良かった、から……」
尻すぼみになってしまったリアナの言葉をブレイドは聞き逃さなかった。
「……ごめん、最後なんだって?」
「……な、なんでもない! ほら、話は終わりだよ! みんなのところに戻ろう!」
「はいはい、分かったよ」
リアナの紅潮した顔を見ると聞こえていたとは言い出せなかったが、ブレイドはそれでもいいと思っている。
今はただ、目の前に浮かぶ笑顔を守れたことを誇りに思うことにした。
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