一念化生(いちねんけしょう)-なおみちゃんは、知らないー

吉野屋桜子

前編

 なおみちゃんは小学校3年生の時、同じ小学校に転校して来た。お父さんは造幣局に務めていて、造幣局の官舎に住んでいた。造幣局の官舎といっても、普通のアパートで3棟位並んでいてその中の一つの棟の三階に家族と住んでいた。間取りはどうなっていたのかは知らない。


 でも、学校から帰る途中にある場所だったので、よくそのアパートのある敷地で遊んで帰った。そこには公園も付いていて、ブランコだとかシーソーがあったのだ。


 ランドセルはその辺に放り投げて、暫く遊んで帰るのだ。同じ方向に帰る子供達数人で。そして川の中を覗いてザリガニを見つけたり、イチジク畑のイチジクの木に登ったりと彼方此方、寄り道をしながら家まで帰る。


 今では変質者を考えると恐ろしくて出来ない事だ。


 なおみちゃんは、ぽやあんとしたタイプでいつもふにゃりと笑っていて、ちょっとぽっちゃりしていた。

 夏には何故か手足に蚊にさされた痕がものすごく沢山あったがそれ以外は意地も悪くなく普通だった。


 虫刺されは、もしかしたら、お父さんかお母さんの田舎が虫の多い所だったのかもしれない。

 

 そして、彼女には少し下に年子の弟が二人居た。


 私はなおみちゃんの、そのぽやあんとした感じとか、おっとりした話し方が好きだった。


 小学校三年、四年、六年と同じクラスで、中学でも二回同じクラスになったし、高校生の時は私立の女子高の、新しく増設された理数科に入ると、そこでも三年間一緒だった。


 そして、その学校は専門学校と大学も併設されている学園だったので、なおみちゃんは高校卒業後は臨床検査技師という職業になる事のできるその医学技術の専門学校に進んだ。


 私はもう一つの併設されている大学にそのまま進んだ。両親の意向で選択肢は無かった。



 女子高の理数科は出来たばかりの新しい科だったので一クラスが16人しか居なくて、三年間そのまま持ち上がった。


 人数が少なくて皆、表面上は仲が良く、虐めとかも無かった。珍しいと思うかもしれないが、それは共通の敵がいたからだ。


 担任のオールドミスの先生は、突然怒り出すヒステリー持ちで、すごい意地悪だったので、皆、そちらの方が気になっていたからだ。



 そのオールドミスの担任は、遂には高校一年生の途中で成績の優れないAさんを虐めまくり、普通科に追い出した。


 運悪く、成績が良く、クラス委員をしていたBさんは職員室に先生の指示を仰ぎに行く度に、その虐めを目撃しなくてはならず、高校一年が終わる時には、この女子校が嫌になって別の学校を受験して移って行った。


 とにかく成績順で席順や係が決められる理数科に、皆辟易していたのだ。


 因みに、普通科Aクラス、Bクラス以外に商業科Aクラス、Bクラス、看護科Aクラス、Bクラスとあり、一クラス50名ずつ居る様な私立女子高で、まだ子供が多い時代だった。モンスターペアレンツという言葉も存在しない、SNSもない時代で学校側がとても強い時代の話だ。


 だから、クラス内は団結していて、皆仲が良かった。


 それに、当時は頭髪検査や持ち物検査も厳しく、髪型等はおかっぱか、三つ編みの2種類しか無く。入学時に三つ編みかおかっぱの何方か選ばされて、三つ編みを選んだ人は、一度だけおかっぱに変更できるけれど、おかっぱを選んだ時点で以降、卒業まで髪型はカッパ決定だという、わかめちゃん生活を強いられる、異常な校則が通常運転の学校だった。


 そこは、学校という名の、同じ様な色形をした、従順で無害な都合の良い家畜を収容している、巨大な箱なのだ。


 学校には不満しかなかった。カラーリングなどは、やった時点で即、退学だ。用事があって職員室に行くと、黒板によく『退学、◯◯ ◯子』と書いてあった。キラキラネームなんて言葉も無かった。



 私は普通科を受験したのに、『試験結果が水準に達している子供さんは、理数科の人数が少ないので理数科に変えられます』と聞いた母親に、了承もなく勝手に理数科に行くように変更手続きされていた。


 だから私には神経をすり減らすような地獄の三年間だった。だって私は文系で理数系ではなかったのだ。


 じゃあ、何でそんな学校選んだのだろうか?


 母親の母校だったのだ。当時、校則が厳しいという事は、親にとっては良い学校だった。


 そして、施設が綺麗で、家から近いので親にとっては安心だったのだろう。勧められるがまま、大して何も考えずに試験を受けて入学してしまったのだ。もちろん入学したら、普通科で好きな様に過ごし、クラブは美術部に入り、好きなだけ絵を描くという夢は潰れた。


 進学クラスなので、クラブは禁止、午後は8時間目まで授業があった。とても息苦しかった。


 所で、なおみちゃんだけど、彼女は持ち前のぽやあんとした感じで、理数科に居た。小・中ではそこまで成績は良くなかったと思うけど、かなり頑張っている様子だった。


 高校三年生の受験シーズンでは彼女はよく病欠していたが、後のクラス会で本人に聞いた話だと、お母さんのフリをして学校に電話をかけて、風邪で休みますと連絡し、家で受験勉強をしていたと言うのだ。


 彼女が高校生の頃には、お父さんが家を建ててくれたので、造幣局の官舎を出て、持ち家に住んでいた。だからお母さんがパートに出掛けるまで家の納屋に隠れ、出かけて行くとコッソリ家の中に戻って電話をかけていたらしい。


 お母さんの帰りは暗くなってからだったので、それで見つかる事は無かったそうだ。


 その話を聞いた時、私は成る程と思った。彼女はあのぽやあんとした表情に騙されてしまうが、かなり嘘をつくのが上手い。平然とした表情で嘘をつくのを私は知っていたのだ。


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る