第74話 王城からの召喚状

「え? 国王からが来たですって?」


 ビスマルク家お泊り会以降、突然のエレナの心変わりに苦悩していたローズの元に、更に心労を募らせるかのような知らせが届いた。

 それは豪華な金糸の細工が施された封筒に入れられた国王からの書状。

 なぜそんな物が『』贈られて来たのか? 心当たりがないローズは頭を抱えている。


 もしかしてローズの父であるバルモア宛なのだろうかとも思ったのだが、よく考えたら国王からの命令で王都から遠く離れた任地に赴いているのだから、国王が余程馬鹿でない限りこの屋敷に書状など送ってなど来ないだろう。

 そして確かにその通り封筒に書かれた宛名には父であるバルモアの名前ではなく、しっかりとローゼリンデ=フォン=シュタインベルクと書かれていたのだ。

 しかも、書状には『本日午後』と言う緊急招集的な日時指定がされていた。


 『なんで? どう言う事? このタイミングでいきなり王様からの出頭命令イベント発生なんて、あたしなんかしたっけ? いや確かにオーディック様のお父様からギリやばかったなんて脅しをされるような事をローズはやって来ていたけども、それはあたしじゃなくて悪役令嬢の方のローズなのよーーー!!』


 ローズは表面はにっこり微笑んだままでいたが、頭の中では恐れおののき驚天動地な大騒ぎであった。

 なぜローズがここまで怯えているかと言うと、それはゲームが終盤に向けて大きく動くバルモア死亡イベントの終了後から暫く後に国王からのローズに対する城への召喚イベントと言う物が発生する為である。

 勿論ゲームプレイ中はエレナ主人公視点であったので、どの様なやり取りが謁見の間で繰り広げられたのかは分からない。

 ただそれ以降シュタインベルク家は崖から転げ落ちるかの様に没落への一途を突き進み、ローズ自身もそれに比例して悪役令嬢の面影など何処かに消え失せ、陰鬱なただの弱い女性へと成り下がって行くのである。

 だから何が有ったかは分からないとは言え、その想像は容易であった。

 なんと言ってもゲーム中は四英雄などと言う単語は出て来なかったものの、伯爵家当主と言う父バルモアの後ろ盾を失ったのだ。

 伯爵家の廃爵、ともすれば王国に不名誉な噂を流す事となったローズの監獄への収監等、権力を傘に好き勝手行っていた小娘の鼻など簡単にへし折る王命が宣告されたのであろう。


「何を言ってるのですかお嬢様。書状の冒頭には招待状と銘打っておりますよ。出頭命令などと馬鹿な事を言わないで下さい」


「え? で、でも……」


 ローズが書状について『出頭命令』と言った事に呆れているフレデリカに対してローズは心の中で否定した。


 『ゲームでも表向きは招待状だったのよ~! けどそれは国王の卑劣な罠! ウキウキと城に出掛けたローズが悲痛な顔して帰って来るような目に遭わされちゃうんだから』


 ローズの心の声の通り、ゲームでのイベント名は『王城からの召喚状』だった。

 このイベントの途中でセーブするとセーブデータ説明にその様に表示されるから確かなのであろう。

 その為、ローズの中の人である野江 水流はその後の展開の事も有ってプレイ中は『王様からの出頭命令』と呼んでいた。

 本来はざまぁ展開のスカッとするイベントであり、プレイ中はある意味エンディングの幕開きを祝う序曲も同然なこの招待状を心待ちにしていたのだが、現在ローズである野江 水流としては自分が当事者であるのだから心穏やかで居られる筈がない。

 しかも現在はまだ青草の月の中旬であり、ゲームで言えば序盤も序盤。

 バルモアも健在である筈なのだからこの段階で出頭命令イベントが発生するなんてローズは思ってもみなかったのだ。

 ゲーム中は渋草の月一の日に『出頭命令』が届くので、まだまだ時間があるから大丈夫と、余裕をこいていた。


 『あんなにウキウキして出て行ったローズが帰って来てからの酷く落ち込んだ姿を見てカタルシスを感じていた自分をぶん殴ってやりたい気持ちだわ。あの時ざまぁって笑ってしまってごめんねローズ』


 ローズはまだ自分が野江 水流だった頃の愚かな行為をゲームの中のローズに懺悔した。

 そして、なんてローズは可哀想なのだとしみじみと思う。


 バルモアが死んだ後のローズは一見強がってはいたものの明らかに情緒不安定になっており、そこに届いた国王からの招待状だったのだ。

 それは伯爵死後のシュタインベルク家への救済の為の書状だと思ってローズが喜んでも仕方が無い。

 初回プレイ時はエレナ視点から見てもそうだと思っていたし、実際に『クソが!』と舌打ちもしたのだから。

 しかし、その後のローズの憔悴に伯爵家の没落。

 エレナ視点だった野江 水流はそれはそれは喜んだ。

 それが三桁回数のプレイの原動力の一つだったとも言えなくもないだろう。

 この負の感情は普段の野江 水流では有り得ないのだが、あくまでこれはゲームでありローズはお邪魔キャラだと思っていたからに他ならない。

 だが、この世界に転生してからの一ヵ月半生活してきた身としては、ここは元の世界となんら変わらない世界だった。

 今では、たかがゲームと切り捨てられない程にこの世界の住人は皆が人として大地に根付き生きている事を実感している。


 改めて思うと、ローズは父親が死んで更に国王から非情な宣告を受けたのだ。

 そのショックは如何程だったのだろうか?

 当時はその事が分からなかった野江 水流だったが、転生により突然大切な人を失う悲しみを知った今となってはその苦しみの大きさを実感出来た。

 自業自得とは言え、周りに頼る者が居ない中、衰退していく伯爵家にローズはどれほど心細かっただろうか?

 その事を思うと野江 水流は心が痛んだ。


 と、それが現ローズである自分に降りかかって来たと言う事を思い出し、一瞬で胸の痛みを吹き飛ばして止まり掛けた頭をフル回転させる。

 なぜそんなイベントが今始まったのだろうか?

 しかし、自分の中に答えが見つからない


「な、なんで、国王は急に私を呼びつけようなんて思ったのかしら? 心当たりが無いんだけど……」


 最近の行為を幾ら振り返ってもローズにはそのトリガーとなった出来事は思い当たらず、思わずフレデリカに問い掛けた。

 その言葉にフレデリカはまたもや呆れたと言った表情を浮かべて溜息を吐いている。


「お嬢様……。私には心当たりは沢山御座いますが……」


「え? 嘘っ。そりゃ少し前はわがまま三昧で周りに迷惑ばかり掛けていたけど、最近は心を入れ替えて真っ当な貴族令嬢になろうとはしているのよ?」


 オーディックの父親からの『よくぞ自らの愚かさに気付いてくれた』と言う言葉を無罪放免の免罪符と思い込んでいたローズだが、もしかして庶民の感覚では分からない貴族としての尊厳を汚すような真似をしていたのだろうか?


 伯爵家の息女で有りながら衛兵達と肩を並べ汗水垂らして剣の稽古をしているのが破廉恥と取られたのか?

 それともこの前の舞踏会での暴動騒ぎを起こした張本人として責任を取らされようとしているのか?

 いやいや、このゲームのシステムに真っ向勝負を挑むような事だけどイケメン五人を侍らせる真似をしていい物なのか?

 等々ローズは有りと有らゆる出頭命令が出された原因の可能性を考える。


 『ん? あれ? 何か変ね』


 その時、ローズの脳裏に違和感が浮かんで来た。

 ゲームシナリオの流れとしてあるべき姿は如何様だったのか?


 『……ちょっと待って? そもそもこのタイミングでこのイベントが発生する事がおかしいわ。だって本来伯爵が死んで後ろ盾を失った事で発生するのよ。幾ら隠しルートだからと言って、その順番が入れ替わる事は考え難いと思う。 と言う事は……? ……もしかして……?』


「もしかして、お父様に何か遭ったのかも!? だから私を呼び出そうとしてるのかしら。あわあわ……」


 本来はセットであるべき二つのイベント。

 バルモアが死ぬからこそ伯爵家は没落する。

 これは不文律であるのだ。

 ローズとなってから知った父親であるバルモアの偉大な功績。

 それによってローズの悪逆行為は罪に問われずにいたと言う事実。

 それなのに『出頭命令』イベントが始まったと言う事は、バルモアが死んだと言う事に他ならないのではないか?

 ローズはそう結論付けた。


 慌ててローズはその仮説が正しいかフレデリカに聞こうと顔を上げたが、そのフレデリカの様子が少しおかしい。

 簡単に言うと『何言ってんだこいつ?』と言う少し疲れた様な雰囲気を醸し出していた。


「はぁ~、お嬢様は時折未来を見通しているかような事を仰いますのに、自分の周りについては本当に鈍感と言うか、無頓着と言うか、自己評価が低いと言うか……」


 雰囲気そのままで何故か遠くを見る様な目をしながらフレデリカがそう答えた。

 しかしながら『未来を見通しているような』と言う言葉にローズはドキリとして思わず口籠る。


「え? 未来だなんてそんな……。け、けど鈍感って事はないと思うんだけど……?」


 それに自己評価が低いとは初めて言われたと、ローズは少し憤慨しながらそう思った。

 ローズは自分の事を客観的に分析出来ている自信が有った。

 だからこそ、元の世界でリーダーとして人の前に立つ事が出来たのだから。


 と、ローズはそう思い込んでいる。


 しかしながらその思い込みこそ、鈍感で無頓着で自己評価が低い証左であった。

 何しろ自分はモテないと思い込み、数多の男性を無自覚の内に振って来た末に『白馬の王子』を夢見るまでにとてもなモンスターに育ってしまったのだから。

 『鉄壁の砦』、『開かずの扉』、『笑顔の虐殺機関』その異名の全てがその事を物語っていた。



「それはご自分の胸に手を当てて考えて下さい。まず、旦那様ですか現在もご健在です」


 ローズの見当違いの憤慨を余所にフレデリカはそう言い切った。

 胸に手を当てると言う意味は分からないが、バルモアが健在だと言う事。

 それをフレデリカはさも当たり前の様にそう言い放った。

 何を根拠にそう言ってるのだろう? とローズは戸惑う。


「え? そうなの? けど何でそう言い切れるの?」


「ふぅ、旦那様が赴任されております砦の周りにきな臭い噂があると申し上げていましたのは、他でも無いお嬢様では有りませんか」


「え? あっ……えぇ、そうね。確かに」


 ローズはバルモア出立の際に死亡イベント回避の細やかなるおまじないの意味を込めて、そう言った事を思い出した。

 元々バルモア死亡を回避出来るとはローズだって思っていない。

 そもそもあんな言葉でシナリオの強制力に太刀打ち出来る訳が無い。

 ローズとしても、あの言葉はあくまで言葉遊びみたいなものであった。

 だからこそバルモアが死亡した後の事を見据えての『あたし幸せ計画』なのだと、ローズは心の中で頷いた。


「ベルナルド様もその事はご存じでおりまして、ほぼ毎日伝令として早馬を砦に向けて派遣しております。本日早朝に届いた報告によりますと少なくとも三日前はご健在であられました。僻地である為行き帰りの時差が有るとはいえ、幾ら王宮の情報網が優れていようとも私の諜報力を出し抜き、のんびりと招待状を寄越す時間などありませんよ」


「え? え……そ、そうなの? それは嬉しいわ」


 生きていると言う根拠は聞けたものの、フレデリカの語った言葉の中に幾つか引っ掛かるものが有った気がする。

 毎日伝令? 早朝届いた情報? 王宮の情報網? 私の諜報力~?

 なにそれ? 私は聞いていないわよ?


 と思ったのだが、それは今追及する時ではないと、ローズはすぐに頭を切り替えた。

 今大事なのは如何に『出頭命令』を乗り切るか? と言う事なのだ。

 『本日午後』と言う指定時刻。

 王からの書状とあらば、それは正午丁度意味する。

 それ以前には全ての用意を済ませて王城に馳せ参じなければならない。

 そうしなければ自分の立場はどんどん悪くなるばかり。

 厳密に言うとあと三時間と言うタイムリミットの秒針は止めようがないのだ。

 だからそんな言葉の数々は元々事情通なお助けキャラであるフレデリカの事、ゲームに出て来なかっただけでそう言う物だと割り切るしかない。


「じゃあ、私が国王様に呼ばれる根拠って何なの?」


「そうですね、まずは旦那様出立の日の出来事です。あの時のお嬢様の素晴らしい立ち振る舞いは、ベルナルド様派閥内の酒飲み話だけでなく他派閥、更には王城内でもお噂になっておりますよ」


「えぇっ? それ本当?」


 ローズは何故それが『出頭命令』に繋がるのか分からなかった。

 何故ならば突然送りつけられて来た地獄への片道切符に、少々トチ狂っているローズの耳には『皆がど素人の三文芝居を酒の肴として噂している』と、聞こえていたのだ。


 庶民が妄想で身に着けた気になっただけの付け焼刃な貴族令嬢演技と言う事がバレてしまったのだろうか?

 聖女とまで呼ばれ国の皆に慕われた母の言葉と騙った事マズかったのか?

 その答えを今のローズの思考では導き出す事が出来ない。


「最近のお嬢様は伯爵家名代としてお屋敷にお越しになって頂いた貴族のお客様へのご対応だけでなく、出入り商人達とも積極的にご歓談されております。その事についても商人ギルド内でお嬢様の評判は上がって来ております」


「んん? それは嬉しいんだけど……え?」


 それはローズに取って初耳な情報だった。

 確かに当主名代として来訪してくる客には丁寧に接してきたし、出入り商人達にも気さくに話し掛けていた。

 しかしながら、ローズとしてはこの異世界の物品に興味が有ったからであり、それらを取り扱っている商人達から直接話を聞きたかっただけなのだ。

 評判が上がっている? 評判が下がっていると聞き間違えたのだろうか?

 もしかして、珍しい物好きのいいカモだと思われてるのか?

 だがローズは以前の悪役令嬢時代のローズの様に無駄な散財はせず、買う時はどうしても欲しいと思った物を一つだけとルールは決めていた。

 それが貴族としてケチ臭いと思われたのだろうか?

 ローズは元の世界で染み付いていたどうしようもない庶民感覚を恥じる。


「他にもあの舞踏会での奇跡、サーシャ様新事業成功の立役者、二大悪女の電撃的和解。それに先日アンネリーゼ様が創立なさった孤児院にも初めて来訪されましたね。その時のお嬢様のお姿に職員の方々一同感動して涙を流されておりました。これら全ての出来事は号外として王都の皆が知る所であります」


「えーーーっ! 号外ですってーー! なにそれ恥ずかしいわ。変な事書いていないかしら?」


 最近色々とやらかしている出来事が、よもや号外として配られてるなど考えもしなかったローズ。

 恥ずかしさに思わず赤面した。


 『号外って何? も、も、もしかして、世を騒がせた悪人としてしょっ引かれるって事なの?』


 珍しくフレデリカの言葉に悉くネガティブ思考に陥っているローズ。

 それは折角仲良くなったと思ったエレナ主人公が最近冷たい態度を取ってくる。

 ゲームでは有り得なかったその態度に、無敵の主人公の反撃と言う破滅への足音カウントダウンの恐怖を感じていたところに、追い討ちとして伯爵家没落イベントの始まりを思い起こさせる国王からの書状が届いたのだから、いくらローズとて弱気になるものだ。

 その弱気な心が、普段人からモテている事に気付かない残念な鈍感さを全方位に向けて発動させていた為、ここまでのネガティブ思考になっていた。


 しかし、ふと今しがたフレデリカが挙げた出来事の中にある、ローズの母アンネリーゼが生前創立したと言う孤児院への来訪の事が頭を過ぎり、少しだけ心が温かくなるのを感じる。


『あの子たち可愛かったわね~。孤児だと言うのにとても明るく真っ直ぐに育っていたわ』


 以前よりフレデリカの授業で存在こそ聞いており、一度は行きたいと思っていたものの、その場所は王都より馬車で一日程離れた街に建てられていた為、なかなか出向くタイミングが取れなかったのだが、先日ようやくその思いが実現したのだった。

 ローズの生来の面倒見のいい性格から教師に至った事でも分かる通り子供が好きである。

 しかしながら高校生と言う微妙な年齢相手の教師となっているのは、ひとえに学生時代の因縁が関係しているのだが、それはまた別のお話。

 そんなローズは、孤児達を相手している内にかつて祖父の道場で小学生や幼稚園児達門下生の面倒を見ていた頃を思い出し、思わず伯爵令嬢と言う立場を忘れて鬼ごっこやかくれんぼと言った遊びに興じてしまっていた。

 そのおよそ貴族らしからぬ孤児達とのふれあいに、本来なら恥ずかしい行為と諌められてもおかしくはない。

 だが、それを行っているのはローズであるのならばその限りではなかった。

 何故ならばローズは『慈愛の聖女』として国民に慕われ、この孤児院の創設者であるアンネリーゼの忘れ形見であるのだから。

 その光景を目の当たりにした職員達はガチ泣きした。


 嫌な顔一つ見せず孤児達と触れ合い、共に笑い一人一人優しく話し掛け抱き締める。

 どれだけ平民としての貴族に対する接し方を教育しようとも、小さい子供など楽しくて気が抜けたりするとついつい生意気に振る舞ってしまうもの。

 悪女とまで呼ばれたローズに対して、幾人かの孤児がまるで自身の姉か母親と接する様な態度を取り出した時は、心臓が止まるかと思ったと職員達は後に語る。

 そして、すぐにそんな態度を取ろうとした孤児を叱ろうとしたのだが、ローズは笑いながら職員達を優しく諌め、微笑みながら信じられない事を口にした。


 『叱らないで頂戴。子供はこれ位元気なのが一番だわ。それにこの施設は母が作ったんですもの。この子達は私の妹弟みたいなものなのですから』と。


 その言葉を聞いた職員達は、雷に打たれたかの様な衝撃を受けた。

 その後もドレスが汚れる事もお構い無しに泥だらけになるまで孤児達と戯れる。

 転けて膝を擦りむいた孤児を見た時は、すぐさま駆け寄り見事な手当てを施したのだ。


 この方が悪女だと? 誰だそんな事を言ったのは!

 初めてローズの姿を見た職員達は、伝え聞いていた数々の酷い噂に憤慨した。

 そして『この方はアンネリーゼ様の再来だ』、『いや神話に出てくる子供達の守護天使様だ』と、涙ながらにローズの事を讃えてその場に膝を付き祈り出す。


 『舞踏会の時みたいに職員の人達が祈り出した時は焦ったけど、またあの子達と一緒に遊びたいわね』


 ローズとしてはただ単に昔の事を思い出して子供達と遊んだだけ。

 だから職員達の自身を称賛する言葉や態度は少々大袈裟なお世辞なのだと思っている。

 だから恥ずかしかったと思うものの、子供達の事を思い出すと、なんだか心の中に優しい日差しが差し込み陰鬱な雲が晴れたようにほっこりとした気持ちになった。

 だが、その話が王都にまで流れて『守護天使の再臨』と言う見出しの号外が刷られた事まではローズは知らない。


 脳裏に浮かぶ孤児達の笑顔のお陰でネガティブ思考が薄れたローズは、やっとフレデリカの言葉の意味に気付いた。

 そう言えば、フレデリカの言葉には自分を貶す言葉は一切無かったんではないだろうか? と。


「ねぇフレデリカ? さっきから聞いているとなんだか私が良い事したから国王様に呼ばれるみたいに聞こえるんだけど?」


 フレデリカはローズの言葉にやっと気付いたかと言うような顔をしてやれやれと首を振る。


「先程からそう申しておりましたのですが」


 溜息混じりにそう言うフレデリカに、ローズは勝手に妄想を暴走させた自分に反省した。


「ごめんなさい。最近色々な事が有り過ぎて少し疲れてるのかも」


「そうですね。最近は以前とは違った意味で精力的に活動されています。しかし、あまり無理はなさらずご自愛なさってください」


 フレデリカはそう言ってローズに頭を下げた。

 ローズはその姿を見ながら、国王からの書状が恐怖の出頭命令ではない事に安堵しつつも、自身の知らない召喚イベントの発生に『この国王からの招待には波乱が待ち受けているかもしれない』と、不安を抱かずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る