第45話 自分の甘さ
『皆が居るんだもの。こんなに心強い事はないわ。今度こそ絶対に負けないんだから』
心の中で闘志を新たにしたローズは、冷静になった目で改めて
自分を罠に嵌めた憎い相手だ。
そして、このゲームにおいて
お助けキャラが敵に居ると言うゲームでは有り得ないこの状況に、さぞや焦っているに違いない。
出来ればこのまま追放エンドに持ち込めないだろうか?
本編には存在しなかった禁断のエンドだけど、本当にこれが隠しルートなのだとしたら、それも有りじゃないのか?
そんな事を考えながらローズはエレナの姿を見据えた。
てっきり作戦が失敗した事に悔しがっていると思いきや、目の前のエレナの姿はまるで消え入りそうな程脅えていた。
それは信頼していた者に裏切られ絶望した姿。
ローズにはそれが先程自分が感じていた物と同じと言う事が分かった。
おそらく、エレナはフレデリカの事を自分の味方、そして友達と思っていたのかもしれない。
主人公ならばそう思っても仕方の無い事だろう。
フレデリカの話を聞く限り、ゲーム通りのお助けキャラを演じている様で、エレナは自分の事を友と慕って来ているとの事。
これはローズ自身が頼んだ事でもあり、フレデリカも『所詮上辺だけの関係ですけどね』と少しゲスい顔をしながら言っていたのを思い出す。
それに、もしエレナが語った身の上話が本当なら、ゲームでは知り得なかったエレナの辛い現実に打ちのめされ、やっとお助けキャラのフレデリカと出会う事が出来た……。
いや、先程の身の上話が嘘であったとしても、ゲームの舞台以外の場所からのスタートだなんて、さぞ心細かったのではないだろうか?
それなのに、今目の前には自分に憎悪の目を向けた
その事を思うと少し胸が締め付けられるような気がした。
「エレナ! お前はここで何をしている!」
フレデリカがエレナに向かって叫ぶ。
その声にエレナはビクッと体を震わせ、脅えた目でフレデリカとローズを交互に見ていた。
その目と合ってしまったローズは、自分の甘さが嫌になった。
いや、今までその事が自慢の長所だと思っていたし、大好きだった。
しかし、先程自分を絶望の淵に落とし入れようとした敵にまで情けを掛けようと思うなんて……。
心の中で大きく溜息をついた。
「フレデリカ、落ち着いて。あなたがエレナに頼んだって聞いたわよ?」
「「え?」」
ローズの言葉にフレデリカだけじゃなくエレナも驚きの声を上げた。
この言葉自体は助け舟になるかは微妙だとローズは思っている。
フレデリカが頼んだと言う事が嘘ならば、更に追い込む事になるからだ。
もし、そうならばさすがに同情の余地は無いので、このまま追放エンドをまっしぐらして貰っても構わない。
しかし、もしここに来た理由に少しでも
そして、ローズはどうか後者であって欲しいと心の中で願う。
「私はそんな事を頼んだ覚えは……あっ」
フレデリカは否定の言葉を上げようとしたが、何かに思い当たったのか言葉を止めて固まった。
「あ、あの……。あの時、フレデリカ先輩は『私の代わりにシーツの交換をお願い』と言われましたので、てっきりお嬢様の部屋だと……」
「う……。い、いや、それは、その話の前に他のメイドと昨日そのまま泊まったカナン様の部屋の掃除の事を話していて……、丁度あなたがやって来たものものだからそれを頼んで……。う~しまった、私とした事が忙し過ぎて主語を言い忘れていたわ」
フレデリカが珍しく焦ってしどろもどろに言い訳をしている。
どうやらエレナにシーツ交換を頼んだ事は確からしい。
しかも、『自分の代わり』と言う言葉と共に。
『何処の』と言う言葉を言わなければ、フレデリカの代わりと言う事は普通ならローズの部屋と解釈しても仕方が無い。
勘違いを演じている可能性も有るが、それを今この場で証明するのは難しいだろう。
少なくともフレデリカはシーツの交換をエレナに頼んだ。
その事実は否定出来ない。
「じゃあ、あなたがここに来たのは、そう言う訳だったと言うのね?」
「……はい」
ローズの言葉にエレナが戸惑った顔をしながら頷いた。
なぜ自分を助けるような真似をするのか分からない、と言うような顔だ。
この様子だと勘違いを演じている可能性は低いかもしれない。
嘘じゃなかったと安堵している自分に、ローズはまたも呆れた溜息をついた。
こんな事は論理的思考から外れているし、自分が馬鹿な事を考えていると言う事も分かっていた。
分かってはいたが、ゲーム開始いきなりシナリオの進行通りに進んだだけでバッドエンドは理不尽過ぎるだろ! と言う、同じゲームをプレイした者同士として同情してしまったと言う気持ちも確かに有ったのだろう。
しかし、それ以上にエレナが見せたあの
ただの演技と思えないあの感情の激流の正体を知らないままエレナを追放すると、これからどれだけ自分が幸せになろうとも、一生心の中で後悔し続けるだろう事が分かっていた。
目の前に居る悩み困っている人に対して何もせずに見捨てるのは、野江 水流として生きて来た今までの人生を否定する事になる。
エレナの想い全てを知り、そして心からすっきりした状態で勝ちたいと、ローズは思ったのだ。
「そ、そんな事よりです。何故お嬢様は泣いてらっしゃる! 一体何をした!」
少しばかり頬を赤く染めながらフレデリカがローズにそう問い質すように尋ねた。
どうやら自分の失敗をはぐらかす為でもあるようだ。
「え……、っと、それは……」
エレナは、慌てた様子で理由に付いては言葉を濁すだけ。
周囲の皆は理由が話せないエレナに対して警戒心を高めているのが分かる。
反対にエレナと言えば、相変わらず言葉を濁しながらも、何故か泣き出しそうな顔をしてローズの顔をチラチラと見ていた。
何故こちらを見ているのだろう? と、ローズは首を捻る。
『そりゃ罠に嵌めようとしましたなんて言える訳もないわよね~。これに関しては擁護のしようがないし、だって私が泣いていたのはあなたの所為……あっ』
ローズは、自分が泣いた理由を思い出した。
自分は二度泣いたが、よく考えたらその理由をエレナは説明出来るのか?
一度目はエレナの身の上話に感動したから。
二度目は謝るエレナを見たフレデリカ達が、自分の事を蔑むんじゃないかとの恐怖からだ。
確かに二つともエレナの所為だろう。
かと言って、泣いた理由自体を説明するのはエレナには無理がある。
身の上話に感動して泣いた事に対してエレナ自体凄く驚いていたし、二度目の涙はフレデリカ達の事を信用出来ていなかった自分の心の弱さだ。
本当に本当に自分の甘さが嫌になる。
ローズは自分の
「皆、ごめんなさい。私が悪いのよ」
その言葉に皆が注目する。
エレナも目を剥いて驚いていた。
この状況で謝る意味が分からないと言う顔をしている。
ローズも謝りたくて謝っているんじゃない。
自分の心に正直になりたいと言う自己満足にも似た思いからだ。
今まで嘘など幾らでも付いて来た。
しかし、自分が不幸にはなれど、人が不幸になる嘘など付いてきた事が無いと、ローズは自信を持って言える。
「あの、お嬢様? お嬢様が悪いと言う意味は……?」
フレデリカが恐る恐るローズの発言の真意を尋ねて来た。
「え~と、やっとエレナとお喋りする機会が出来たものだから、ここに来るまで何をしていたのか尋ねたのよ」
ローズが語り始めた話に皆がゴクリと唾を飲む。
フレデリカも報告の中ではエレナの過去の事を詳しく調べ切れていなかったので興味深げだった。
「そして聞いたの……、エレナの悲しい過去を。それがとても悲しくて、可哀相で泣いてしまったのよ。だからエレナの所為じゃない、私が勝手に泣いただけなの」
「い、いやしかし、ダニアンの話ではエレナがお嬢様に対して責める様な叫び声を上げたと……」
フレデリカがローズの言葉を否定しようとする。
ローズは、「それも聞いてくれていたのね。ありがとうダニアン」と、隣に立っているダニアンに礼を言った。
この言葉にエレナは悲痛な表情を浮かべる。
よもや誰かが外で待機していて、ローズに対して声を荒げた所を聞かれているとは思ってもみなかったのだろう。
主人への暴言など、如何なる理由が有ろうとも許されるものではない。
解雇理由としては申し分の無い失態だ。
この事は、例えエレナが王族からの紹介者だったとしても、この責を擁護する事は出来ない。
ましてや親族と言え、たかが子爵位の者からの紹介者を、伯爵家が解雇する事に異を唱える事は出来る筈もないのだ。
だがしかし、ローズはその事を良しとしなかった。
「確かに使用人として、その事は許される事じゃないと思う。ただ、母親を亡くした悲しみは私がよく知っているわ」
いや、実際は知らないけどと、自分の発言に心の中で頭を掻くローズ。
だが、悲しみ自体は知っていた。
元の世界の母はこの世界に来る前日に電話で話した時も健在だったし、あの元気の塊の様な人は多分百歳まで生きるんではと思ってる。
相変わらず早く孫を見せろと口煩く言ってくるのをは勘弁して欲しいとは思っていたが……。
確かに母と死に分かれた事はないが、元の世界の皆が
それは逆を言えば、自分だって自分以外の人達全てと死に別れたと同義だ。
もう二度と会えない……、先日その事に気付き泣いたのだ。
それに、ローズとして暮らしたこの一ヶ月余り、ローズがなぜ悪役令嬢と成り果ててしまったのかと言う理由を知る事が出来た。
それは、偉大な母と死に別れた事。
母から受けた愛の形を理解する前に、周りからの歪な媚びで上書きされてしまった事。
だからと言って、悪役令嬢となって人に迷惑を掛けて良いものじゃないと言う事は理解しているが、それ自体はとても哀れに思っている。
だから、今ローズが言った言葉には嘘はない。
そしてローズは、『何故自分がエレナを庇おうとするのか』、その理由をこの言葉を発した事で理解した。
例え身の上話が嘘だろうとも、彼女も自分と同じ
あの怒りの激流はその事に起因しているのだろうと、ローズは思った。
自分だって他人に触れられたら激怒する様な心の傷は沢山ある。
恐らく興味本位でそこに土足で踏み込んでしまったのだろう。
だからあの慟哭を責める事は出来ない。
とは言え、助けるのはこれが最後だけどねと、心の中で舌を出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます