第37話 良い案

「ずるいずるい! 僕も参加する!!」


 招待状が届いた明くる日の午後。

 久振りにイケメン達五人全員がローズの屋敷に集結していた。

 別に秘密の事でも無いと思ったローズは、話の流れからポロっと舞踏会の事を喋るとイケメン達から驚きの声が上がる。

 特に騒いでいるのがカナン。

 彼は同じ派閥では有るものの成人前の為、貴族の社交の場に顔を出す事が出来ない。

 分かっているがそれとこれとは別の事と、先程から駄々を捏ねていた。


「しまった~。うっかり者のローズの事だから、こうなるだろうと分かっていたのに口止めするのを忘れてたぜ」


 オーディックがローズの粗忽さを忘れていた事に嘆いていた。

 最近しっかりして来たと思っていたが、やっぱりローズはローズだなとため息を吐く。


「ごめんなさい……。他の方達は出席出来ないのですのね」


 派閥内だけで開催される舞踏会である為、オーディック以外は参加する事が出来ないのだった。

 シュナイザーは中立の立場を取らざるを得ない宰相の子息で有り、個人の付き合いは別としても派閥主催の行事に参加する事に制限が有り、ディノは同じ派閥に属してはいるが貴族ではないので参加資格が無い。

 カナンは未成年で、ホランツは別派閥の子息なので論外である。


「酷いなぁ~。同じ派閥だからと言って僕達のローズを独り占めにする気かい~?」


 ホランツが残念そうにオーディックに愚痴を垂れている。

 カナンもその隣で口を尖らせて『そうだそうだ』と文句を言っていた。


「まっ! 『僕達のローズ』だなんて、嬉しいですわ」


 ホランツの言葉に頬を染めるローズだが、後ろに控えているフレデリカから『社交辞令ですよ』と言う言葉が飛んで来る。

 オーディックやシュナイザーもその言葉にうんうんと頷いていた。

 ディノは平民の為、面と向かって文句は言えないがオーディック達に同意している顔をしている。

 ホランツは違う違うと首を振っていたが、ナンパな風貌と大袈裟な素振りが逆にそれを肯定しているとローズは受け取った。


「も、もうっ! 分かっていますわ」


 『最近、男性に褒められたのを喜ぶと、皆して『社交辞令』とか『慣用句』とかツッコミが入るのよね~。それくらい分かってますぅ~だ。今まで男性に『親愛なる』とか『僕の~』とか言われた事無いんだもん。ちょっとくらい喜んでも罰が当たらないってもんじゃない?』


 ローズは心の中で文句を言った。

 実際その通りで、ローズの中の人である野江 水流は今までの人生で男性から『元気』だとか『頼りになる』等々の言葉で褒められる事は多々有れど、直接的な表現での告白どころか愛情を示す言葉を受けた事が無かったのである。

 ナンパな男からの告白紛いな事は有ったが、それは所詮からかわれているだけと右から左へ受け流していた。

 それらの事も野江 水流が自分がモテないと思い込んだ原因である。

 だが、それは野江 水流がそう感じていただけで実際はそんな事は無い。

 野江 水流があまりのモテなさから『白馬の王子』を求め出してしまう程拗れきってしまう以前、学生時代において男子達が直接告白をしなかったのは、自身が『白馬の王子』を求めた理由と同じ、誰からも橋渡しなどもされないくらいの高嶺の花であった為であった。

 彼女を前にして『好きだ!』など言える男子は皆無で、言えたとしてもテレからギャグに走ってしまうと言う悪循環。

 更には恋愛マスターとして『笑顔の虐殺機関』の異名が登場して以降、男子達は諦めの極致に至ってしまうと言う悲劇に見舞われる。

 また、彼女を取り巻く環境も悪かった。

 彼女が慕う先輩と、同じくその先輩を慕う同級生。

 高校時代いつも三人で連んでおり、大の仲良しトリオとして周囲に認知されていた。

 しかし、ある日先輩と同級生は痴情の縺れにより大喧嘩、ついには絶縁状態にまで発展する事件を起こしたのである。

 それの何が野江 水流にとって問題かと言うと、それは二人の性別。

 そう、その先輩と同級生は女性であったのだ。

 女性同士の痴情の縺れ、そしてその二人と仲良しでいつも一緒にいた野江 水流。

 周囲の人間は、野江 水流もレズなのでは? と事実無根な悪名を刷り込まれてしまった。

 そうなってからは、今まで以上にその周りには、野江 水流の事を『お姉様』と慕う百合百合しい女生徒達が取り囲む様になり、一層男子達が近付けなくなって行く。

 げに恐ろしきは人の勘違いと言うべきか、こうしてアラサーになっても『白馬の王子』をリアルに待ち続けると言うちょっとアレで残念な野江 水流が完成する事となる。


「それにカナンちゃん? カナンちゃんはあと二年で参加出来るようになるじゃない。それまでの我慢よ」


 本人だけが知りえない周囲の勘違いの歴史はさておき、ローズは口を尖らせたままのカナンに慰めの言葉を送った。

 しかしながら、これは本当に慰めにしかならない言葉だ。

 二年後と言う事は、カナンは十四歳。

 この世界の成人は十四歳であり、貴族は社交界デビューの権利を持つ事となる。

 そして同時にカナンが貴族の子女達が通う王立学校を卒業する年でもあった。

 即ちそれは、カナンが自らの領地に帰ると言う事。

 バルモアとテオドールの確執が有る以上、帰ってしまったらおそらくもう今の様に会う機会など無いだろう。

 それを分かっているのかカナンの機嫌は治らなかった。

 どうしたものかと悩んだローズだが、一つ良い案を思い付く。


「なら、こう言うのはどうかしら」


「なになに? 僕も行って良いの?」


 カナンはそう言って縋り付いて来たが、ローズはカナンの頭を撫でながら『違うの』と少し困った笑顔で優しく言った。

 他の皆も、ならばどんな案なのだろうとローズに注目する。


「今日……はもう無理ね。明日、ささやかながらうちで舞踏会を開きましょう。勿論この皆で……って、皆様明日お時間空いてます?」


 良い案とはローズとこのイケメン五人衆だけの舞踏会を開く事だった。

 ホランツが言った様にここはある意味治外法権。

 立場の違う者達が集う場所。

 未成年や派閥の違い、それに貴族で無いなんて、そんな事を縛る仕来りなんて存在しない。

 この案を言う前はあまりの皆の喰い付きに若干気を持たせ過ぎたかと心配になったが、それは予想に反して、いや当初の予想通りか。

 カナンの機嫌は完全回復とまでは行かなかったが、それでも幾分笑顔になっていた。


「ローズからの誘いとならば、私の予定など些末なもの。全てキャンセルして出席させてもらおう」


 と、普段の俺様キャラは何処へやら、満面の笑みでそう言うシュナイザーに、ローズは思わず『いやいや、宰相の息子の用事の方が大事ですわよ』とツッコミを入れ掛けたが、自分の事をそれだけ大事に思ってくれているのだと言う喜びの方が勝ったので口を噤んだ。


「おぉ、有難き幸せ。このディノ、ローゼリンデ様と踊る事が出来る喜びに身体が打ち震えております」


 バルモア出立の際の騎士の誓い以降、ゲームでの冷血キャラが完全崩壊したディノは、言葉通り今にも泣き出さんばかりに身体をぷるぷると震わせて喜んでいる。

 平民の出である騎士のディノが、伯爵令嬢と踊る機会など本来有る筈が無い。

 それこそ、ローズの家の始祖である救国の英雄ローデリヒ=シュタインベルクの様に、元々平民出の一介の騎士でありながら、勝てる見込みなど無いと思われた大国からの五度に渡る侵略を、鬼神の如き勇猛さと賢者の如く深謀なる才知、そして何者にも屈しない鋼の勇気を持って見事退け、その三面六臂の活躍により『フォン』の称号と男爵位、やがては公爵への陞爵と領土を賜る様な事でもない限りは。

 よもやディノから絶対の忠誠と言える程の重き想いをもって誓われたとは思いもしていないローズは、ディノの崩壊して冷血キャラの名残りさえ感じないこの喜びように戸惑いながらも、『これはこれで癒しキャラだわ~』とご満悦だ。


「わーい! お姉ちゃんと踊れる~! 実は僕いっぱいダンスの練習してるんだよ~」


 当初はぐらかされたと言う感じで若干しこりが残っていたカナンだが、二人の感激振りに触発されたのか無邪気に喜んで抱き付いて来た。

 『こう言うところはやっぱり子供よね。本当に可愛いわ~』とローズは腕の中の天使カナンをただただ愛でる。

 周囲から「こらっカナン! 従兄弟だからって抱き付くなんて羨ま……ゲフンゲフン。貴族としてはしたないぞ!」と注意されていたが、そんな事何処吹く風と抱き付くのを止めようとしない。

 ローズとしても元の世界では堪能した事の無い……いや、二歳下の弟が小学校に入る前の頃はこんな風に抱き合ったりした事は勿論有ったが、それは子供の頃の話だし何より肉親はノーカウントだとローズは思っている。

 従兄弟であるカナンも似たようなものだが、それはあくまで肉体的な話であって野江 水流として目覚めた今、精神的には攻略すべきイケメンの一人としてしか認識しておらず、元の世界では堪能した事が無い異性とのスキンシップを楽しんでいた。


「おいローズ! 貴族令嬢として従兄弟であろうとも人前で抱き合ったりするもんじゃない。それによく考えろ。カナンが見た目ちっこいから忘れてるんだろうが、成人前と言ってももう十二歳なんだぞ」


 周囲を無視したあまりのいちゃつき振りを見兼ねたのか、オーディックがそう言いながらカナンを引き剥がそうとした。

 『そう言えば』とローズは改めて腕の中の引き剥がされまいとするカナンを見る。

 確かに見た目はちっちゃくてとても可愛いカナンだが、パッと見で元の世界で言う所の小学校低学年と言っても通りそうな外見に騙されそうになるものの、実際は小学校六年生と同じ年齢。

 ローズと言えばゲーム中はっきりとした年齢は出なかったものの、確認すると肉体年齢は十八歳との事だ。

 さすがに人前で異性とこの様なスキンシップをして良い年齢同士では無いだろう。

 それに背後からフレデリカの怒りの波動が伝わって来ているのをヒシヒシと感じ始めたので渋々カナンを離す事にした。

 カナンは嫌がったがローズの背後に居るフレデリカの方を見た途端、何故かビクンと身体を震わせて大人しく離れて行った。

 カナンだけじゃなく他の皆、使用人含めて引き攣った顔をしている。

 自分の背後の事、どうしたんだろうと振り向いてフレデリカの顔を確認したが、別段変わりは無くにっこりと微笑み掛けているだけだったので、ローズは首を捻った。


 『皆どうしたのかしらね? でも、これからカナンちゃんと気楽にスキンシップ出来ないのは残念だわ。しかし言われてみると本当にカナンちゃんて小さくてかわいいわね。そう言えばフレデリカの話だとテオドールも幼い頃は小さくて可愛かったって話だしこれも遺伝なのかしらね? え~とメ、メルヘンの法則と言うのだったっけ?』


 残念メンデルの法則である。

 皆がビビっていた理由はにっこりとした微笑はそのままで身体から激しい暗黒闘気を噴出していた事に皆はビビったのだが、ローズが振り向いた途端その闘気の噴出を止めたのでローズは気付かなかったのだった。


「しかし、本当に二人は仲が良いねぇ~。羨ましい限りだよ~。皆と違って気楽な三男坊としては喜んで出席させて貰うとするね。まぁ、僕が言いたかったのとちょっと違うんだけど仕方無いか」


 いまだ引き攣った顔をしている皆と違って、一人ホランツだけはフレデリカの暗黒闘気に威圧されなかったのか涼しげな顔してそう言って来た。


「言いたかったのと違う?」


 最後の言葉の意味が良く分からなかったローズは思わず聞き返した。

 するとホランツはクックと笑う。


「いや、なにたいした意味じゃないよ。結局派閥の舞踏会には出席する事には変わりないって事さ。だからそれは仕方無いってね。でもオーディックと違ってローズと踊るのは僕も初めてだからね。とても楽しみなのさ」


「あぁ、そう言う事でしたの。ごめんなさい。これも貴族の娘と生まれたからには本当に仕方の無い事ですし……」


「いやいや、そんな悲しそうな顔を見せないでよ。ただ親が派閥の重鎮ってだけで行動を制限されるのが嫌な三男坊の愚痴なだけさ。本当に派閥なんてくだらない物は無くなってしまえば良いのにね。ローズもそう思うだろ?」


 ホランツは自嘲気味にそう言ってきた。

 ローズもその言葉に一瞬同意をしそうになったが、いつの間にかすぐ後ろまで近付いていたフレデリカに背中を突かれその言葉を言うのを止める。

 家名を継ぐ事の無い放蕩な三男坊であるホランツが無責任に派閥の存在を揶揄するのは眉を顰まれはすれ、非難はされないだろう。

 しかし、一人娘のローズは将来どこからか婿を娶るにしても家名を継ぐ立場にあるし、現在バルモアが不在のこの屋敷において、留守を預かる名代と言う立場であった。

 それが安易に王国の派閥の有り様を非難する事を、敵対派閥の者とするのは由々しき事態だ。

 『面倒臭い』と言う愚痴は、その後ろに先程ローズが言った様に『けれど仕方無い』と言う言葉が続くもの。

 だが、今の様に『派閥が無くなればいい』と言う言葉はだたの愚痴の限度を超え、聞く人によって派閥離反の言質と取られなくもない事になる。

 イケメン達の使用人達も居るこの場において、責任の有る名代が形にして良い言葉では無かった。


 『ちょっとヤバかったわ。フレデリカの授業でも再三注意されていたのに。ナイス! フレデリカ。しかし本当にホランツ様は気楽よねぇ~。遊んで暮らせる三男坊ってちょっと羨ましいかも……って、あれ?』


 一瞬オーディックとシュナイザーの目に鋭い光が宿った様に見えた。

 その視線の先はホランツ。

 なんだかんだ言ってこの五人組は、派閥を超えた仲良しグループと思っていたローズにとって、まるで仇敵を見ているかのような眼差しに衝撃を受ける。

 しかし、それも束の間すぐにその鋭さは霧散し、いつもの気楽にバカな事を言うホランツに向ける呆れ顔に戻っていた。

 ローズは自分の見間違いだったのかと自分を納得させた。


「バーカ、ホランツ。曲がりなりにも貴族のお前がそんな事言うんじゃねぇよ。派閥はそりゃ色々問題は有るが、派閥同士お互いが切磋琢磨をして王国を繁栄させるって言う重要なシステムなんだっての」


 オーディックがいつもの口調でそうホランツにお小言の様な事を言った。

 バカな事を言ったホランツに向けてのこのやり取りはイケメン五人のお茶会では定番の風景だ。

 ローズはやはり先程の事は見間違いだったと安堵する。


「まぁまぁ、オーディック様。そこまでにして下さいな。それでオーディック様のご都合は大丈夫ですの?」


 まだ少し残った不安を払拭すべく、話を変える為にオーディックに明日の都合を尋ねた。

 オーディックは肩を竦めて笑いながら目を瞑る。


「当ったり前だろ? 俺がお前の誘いを断るかよ。あぁーー。でもローズと踊った事の有る俺からの忠告だ。皆明日は鉄板の入った靴を履いて来るように。でないとローズに足を踏まれるぞ」


 オーディックの言葉に皆が笑い出した。

 舞踏会でのローズ恒例『殿方の足踏み』は派閥外でも有名であり皆はそれを知っていたからだ。

 同じく過去にローズと踊り実際に被害に遭った事のあるシュナイザーはしみじみと深く頷いている。


「もう! 酷いですわ皆様。そんな事を仰られるなら舞踏会は止めにします!」


 ローズはプンプンと怒りながら腕を組んで顔をプイッと背けた。

 ローズも本気で怒っている訳では無く、ちょっと拗ねただけだ。


「ごめんごめんローズ。冗談だって! 機嫌直せよ」

「そうですよ。ローゼリンデ様! 貴女に踏んで頂けるなど光栄の至りです!」

「それはそれでどうなのだ? ディノよ」

「お姉ちゃんと踊りた~い」

「はははっ、本当に皆とのお茶会は楽しいね~」


 ローズはイケメン達が慌てて自分を宥める言葉に数々に、学生時代に味わえなかったこんな男子との甘酸っぱい青春のひとときを味わう事が出来て大満足だった。

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