第18話 幼い頃の記憶
「しっかし、思ったより来るの遅れちまって伯爵の出発に間に合わなかったな。残念無念」
木の陰から現れた熱血キャラであるオーディックが肩を落としてぼやいていた。
その隣に立っている黒髪俺様キャラのシュナイザーが呆れた顔でオーディックのぼやきを見ている。
「だから私は言ったのだ。城で待っていようとな。伯爵も王に謁見後すぐに出立で忙しいとは言え、一言二言は話せただろうに」
「まぁ、細かい事は良いじゃねぇか。ちょうどいいタイミングだったみたいだしな」
二人の会話からすると、もっと早くこの場に来ようとしていたが、何かの理由で遅れたと言う事らしい。
「オーディック様? いいタイミングってどう言う事ですの?」
オーディックの言葉が気になったローズは思わず聞き返した。
しかし、二人からその回答の言葉は帰って来ない。
不思議に思ったローズが二人の顔を見ると、複雑そうな顔でこちらを見ていた。
「あ、あの? オーディック様? それにシュナイザー様まで。どうされました?」
その言葉を聞いた二人はごくりと生唾を飲んだ。
「使いの者が言っていた通りだな……」
「あぁ……」
それだけを呟くと、急に二人はコソコソと話し合い出した。
その様子を首を傾げながら眺めていると、二人して顔を見合わせコクリと頷く。
どうやら二人だけの秘密の会議は終わったようだ。
「怒るなよ? 怒らないで聞いてくれ。お前……本当にローズか?」
オーディックが恐る恐る聞いて来た。
ローズの頭の中に『バレた! ヤバイ!』と言う文字がグルグルと回っているが、なんとか動揺を表面に出ない様にと押し留める。
ゲーム中にローズとイケメン五人だけのシーンは存在しなかったので、普段の会話がどの様に行われているかはエレナの前で見せていた会話シーンからの憶測に頼るしかない。
しかし、既にホランツの態度がゲーム内では見た事が無い姿だったと言うのが判明した現在において、下手にエレナ視点から見聞きしたローズの姿を模して誤魔化しても逆効果の可能性が有る為、ローズは覚悟を決めて敢えて開き直って『生まれ変わったローズ』として振る舞う事にした。
身バレ問題の難点はオーディックに有るとローズは考えている。
イケメンコンプリートの為に三桁回数プレイしたローズだが、オーディックの攻略が一番の難関でローズとして目覚める体感時間にして数分前にやっとクリアしたキャラであった。
その一つ前がホランツだったのだが、そこから数十回と攻略を重ねたが、仲良くはなれど全く恋愛にまで発展しないと言う、ある意味ディノとは真逆の高難度キャラだったのだ。
オーディックは公爵の父を持ち、更に自身も子爵の位を国王より授与されていると言うイケメン五人の中で唯一の爵位所持者であり、更に唯一ローズに対してタメ語で話すキャラでもある。
また熱血な性格の為か貴族としては珍しくその言葉に裏表が無く、平民のエレナにも最初から友好的な態度を取って来るナイスガイであった。
しかし、どれだけイベントを重ねようと恋愛マークが付かず無駄に周回を繰り返すのみ。
攻略方法はとある事故で記憶喪失になったところを介護すると言う、まさにゲーム内のキャラ関係が御破算状態になってやっと恋人同士になると言う落ちだったのである。
そのとある事故にしてもいつもと同じバッドエンドルートかと思っていた所に唐突に始まったので、ローズ自身発生条件は分かっていない。
『オーディックってローズと幼馴染らしいのよね。それもローズが我侭になる前からの知り合いらしいし、ローズの振りをするのは墓穴を掘るだけだわ。多分オーディックが記憶を失くすまでエレナになびかなかったのはそれが原因だろうし、もしかして本当にローズの事が好きだったのかしら? ……それにしてはエンディング後に没落したローズと結婚って言う話が無かったのはアレだけど』
ローズは覚悟を決めて自分を貫き通す為、胸を張りにこやかな笑顔を浮かべる。
「その答えは両方ですわ。オーディック様」
「両方? なんだそりゃ?」
思いがけないローズの回答に質問したオーディックのみならず周囲のイケメンや使用人達も首を捻る。
「私は正真正銘ローズです。けど昨日までのローズではありませんわ。そう、私は生まれ変わったのです」
ローズはハッタリ上等、自信満々な態度でそう言い切った。
とは言うものの、実際にはハッタリではなく言葉通りではあるが、先程までのローズを見ていた周囲の皆は、今の『生まれ変わった』と言う言葉を新たな決意の表れなのだと好意的に解釈して納得した。
しかし、そのローズを見ていないオーディックとシュナイザーは、今のローズの言葉も周囲の納得している姿も訳が分からないと混乱している様子である。
「生まれ変わったってお前。また変な物でも読んだのか?」
オーディックは呆れた顔でカナンと同じ様なツッコミを入れて来た。
周囲のイケメン達がそれに釣られてくすくすと笑い出す。
使用人達も唇を噛み締めて笑いを堪えている所を見ると、ローズの変貌は過去にも有った事の様だった。
『う~ん。ゲーム内の情報じゃ、ローズがこんなすぐ物語に感化される人って話出て来なかったのに、どうもイケメン達だけじゃなくて使用人の間でも共通認識みたいね。……そう言えばゲーム中で急にローズが優しくなる事が有ったわね。おっ? 仲良くなる展開? と思ったら次の日また元に戻って虐められたっけ。あれアゲてオトす胸糞イベントかと思っていたけど、それってこう言う事なのかしら? って、分かるかーーー!!』
三桁回数クリアしたにも拘らず、この世界と言うより登場人物自体知らない事ばかり。
思わず心の中で叫んでしまうローズであった。
『と、このゲームの理不尽さは実際に嫌と言う程味わったわ。こんな事で一々キレてたら体が持たないわね。今は目の前の危機を乗り切らないと』
気を取り直してオーディックへの回答を頭の中で組み立てた。
そして導き出された解は、『全力否定』。
但し、真正面からではなく論点を滲ませる方向での否定であった。
「失礼ですわ! 今までも変な物など有りません。全て素晴らしい物ばかりですのよ」
「お、おう。そうか……」
少し怒り気味の演技でそう言い切ったローズに対して、オーディックはたじろいている。
論点である自身への疑惑ではなく、全く取るに足らない事柄への憤慨と言う回答にならない回答だ。
ただこれに関してはローズは自信が有った。
ゲーム中のローズも今の様な些細な事で急に怒り出す所が有ったので、他の者との関係がどうであろうとこれがローズの素であると思ったからだ。
しかし、ある意味正解だったのであろう。
そのローズが取った態度によって、オーディックの目から偽者と疑う色が消えかけている。
このまま上手くいくかとローズは思ったのだが、オーディックは少し首を振りローズを見詰めて来た。
「じゃあ、一つだけ確かめさせてくれ」
「え?」
思わぬ言葉にローズは思わず素っ頓狂な声を上げた。
何を確かめると言うのかとその質問をドキドキしながら待つ。
「俺とお前が初めて会った時にお前が言った言葉。覚えているか?」
心の中で『知るかーーーー!!』と全力で叫ぶローズ。
ローズは頭脳フル回転でゲーム内に出て来たオーディックとローズに関するイベントテキストを反芻した。
しかし、幾ら思い出そうとしても初めて二人が会った時の話は一切語られる事が無かったので、思い出しようがない。
諦めたローズは下手な事を言ってもダメだと思い正直に言う事にした。
「ごめんなさい。覚えていないわ」
ローズの言葉に一瞬寂しそうな顔をしたオーディックだが、すぐに笑顔に戻った。
その変わり様の意味が分からないローズは首を傾げる。
その仕草を見たオーディックは更にクックッと肩を震わせて笑い出した。
「いや、それでこそローズだな。逆に覚えていたら、それこそ病気かって心配になるぜ。それより今回は何が原因なんだ?」
ローズはオーディックからの言葉にホッと胸を撫で下ろす。
『なんだか、この答えが正解だったみたいね。まぁ、ゲーム中のローズも自分が朝言った事さえも忘れて怒り出すっていう物忘れが激しいキャラだったし。本当ローズがダメキャラで助かったわ』
それにオーディック達の言葉を総合すると、ローズが変わったと言う情報は使いの者達から聞いていたが、この屋敷にやって来たのはディノが忠誠の誓いを述べた頃の様だ。
だから、ディノが忠誠を誓った原因となった言葉は知らずに理由を聞いて来たのだろうとローズは考えた。
「私が心を入れ替えた理由はもう他の方達には話しました。何度もこの口から語るのは恥ずかしいので他の者に聞いてください」
ならばと、ローズはオーディックへの回答をあえて突き放すように言った。
何故ならば、言った内容自体は覚えているが基本作り話である為、何度も言い続けると感情の入り具合や言葉足らずで差異が出てしまう可能性が有る。
またローズと言うキャラにしても、同じ言葉を二度以上言うのを嫌がる描写が多々有った事も理由だ。
それならば、他者から又聞きの形で広まった方が良いとローズは考えたのだった。
伝言ゲームの為、間違った内容で広まる可能性も有ったが、何故か周囲が思った以上に感動している事から美談として広まる事が予想されたからだ。
どうせ広がる噂の事、ローズは自らがボロを出す事よりそれに任せる事にした。
「え~、ローズのケチ~。まぁ、後でディノにでも聞く事にするか。それよりも、お前が『お父さんが居なくなって寂しい~』とか言って泣いているかと思って慰めに来たんだが、心配無用だったみたいだな」
「まぁ、いつまでも子ども扱いして。私は強い女ですの。いつまでもメソメソと泣いてはいられませんわ」
何処まで本心か分からないオーディックの軽口にローズはそう返した。
それは特に作戦を考えた訳でも無く、何気無く口から出た言葉。
しかし、その言葉はオーディックの心に突き刺さった。
勿論その事にローズは気付いておらず、頭の中はこれからゲーム内で何度も羨ましいと思って見ていたラウンジでのイケメン達と語らうシーンを再現しようと考えており、フレデリカにその準備を頼んでいる。
『いつまでもメソメソと泣いてなんかいないもん。お母様の様な貴族令嬢に相応しい強いレディになるんだから』
オーディックの目に在りし日のローズの姿が浮かんでいた。
幼い頃の記憶。
二人の出会いはアンネリーゼの葬儀の日だった。
母親の死に部屋の隅で泣いていたローズを慰めようとオーディックが声を掛けた際に、その慰めの言葉を遮りローズはまだ幼いにも拘らず毅然にもそう言い放ったのだ。
その言葉を忘れていたと言ったのに、同じ言葉をローズは言った。
オーディックは胸に込み上げる思いを必死で抑える。
そうじゃないと、このままローズを抱きしめてしまいそうになったからだ。
「どうしましたオーディック様? これから時間は有りますのでしょう? 良かったらラウンジでお茶でも飲みません事?」
これから始まるラウンジでのお喋りに居ても立ってもいられなくなってソワソワしているローズが、何故か固まっているオーディックに声を掛けた。
その言葉に我に返ったオーディックは「分かった」と返事をして歩き出す。
そして、ローズを追い越し様に小さい声で「変わってねぇな」と呟いた。
「え? 今何か仰いました?」
聞き取れなかったローズが既に前を歩いているオーディックに尋ねる。
「いや、何でもねぇよ。ほらラウンジに行こうぜ」
笑いながらそう言って歩いていくオーディックを見ながらローズは首を傾げるのだった。
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