第19話 平和な一時



「で、どう言う事なんだ? ローズ」


 ゲーム中何度も表示されたラウンジでのお茶会風景。

 エレナ視点からイケメンと語らうローズ悪役令嬢の姿を、歯軋りしながら羨ましいと妬んでいた現ローズは、その中心に入れた喜びを噛み締めていると、オーディックが突然何かを聞いて来た。

 『どう言う事なんだとはどう言う事』ローズは訳が分からない。

 もしかして何かバレる様なミスをしたのかと焦っていた。


「ど、どう言う事って、何がですか?」


 そう言いながらオーディックの真意を読もうと顔を伺ったローズだが、その表情は一見柔和な様にも見えたが、目が思いの外真剣である事に気付いた。

 『バレた』と言う言葉がローズの頭に響く。

 夢にまで見たイケメン達との逆ハーレムと言う幸せな一時に、気を許してしまったのかと、言い訳を構築する為の情報収集の為にオーディックに尋ねる。


「俺達が遅れるってんで使者を遣わしてたんだが、その使者が言うには何やら別れの際に隣国や国境の事について話していたそうじゃねぇか」


 その言葉に、ローズは安堵した。


 『あっ、その事か。ボロを出してバレたのかと思ったわ。そう言えばディノ様もその事について聞こうとしてたわね。そんなに重要な事なのかしら? 私もゲームで見聞きした情報だからあれ以上詳しい事は知らないけど……』


 ローズはどうしようか暫し悩んだが、知らない事を知っている者相手に勝手にでっち上げても良い結果にならない事は、今までの人生で何度か痛い目を見た事がある。

 元のローズは何も知らないのだ。

 その事をここに居る皆は良く知っている。

 そして、この国と隣国の間で何かが起こっていると言う事を、このディノやオーディックの反応からすると知っているのであろう事が推測出来た。

 ならば、自身の取るべき行動は一つ。


「すみません。詳しくは知らないのです。ただお父様の任務が決まった後に、たまたまお父様が廊下で部下の方達とその様な事を話しているのをお聞きして……。その後は、お茶会や舞踏会と言った機会の折りに耳を欹てていましたの」


 ローズの取ったのは、要するに噂話で知った気になったと言うもの。

 出どころは既に出立した伯爵。

 そして何処の誰とも知れぬ輩からの情報と言う訳だ。

 これならば、これ以上追求はされないだろうと、ローズは考えた。


 機密と言えども舞踏会と言うある意味華やかなる宴の場。

 王家主催は兎も角、通常同じ派閥同士の者達で開催するものである為、気の緩んだ貴族達が一言二言口から漏れても仕方無い事。

 良くはないが、その事を知っている周りのイケメン達は『なるほど』と頷いている。

 一人を除いては……。


「いや、それにしてもおかしい! こんな事をローズがする訳が無い。しかもその喋り方は何だ?」


「え? え?」


 ローズの言葉に異を唱えたのはシュナイザーだった。

 心の中で『やっぱり』と呟いた。

 シュナイザーは黒髪長髪でこの国の宰相の息子にして俺様キャラ。

 そしてオーディックと同じく、ローズと幼馴染でもあった。

 ため口で話すキャラはオーディックだけなのだが、シュナイザーもため口と言うか俺様キャラの面目躍如とでも言うべきか、少し上から目線でローズと話す。

 それが彼の中で男らしい男と思っている様だ。

 とは言っても、出会いはオーディックよりかなり後、ローズがわがままな悪役令嬢の階段を登り始めた頃になる。

 このゲームを三桁回数遊び倒したローズの中の人である野江 水流は知っていた。

 基本的にローズの事を慕っているイケメン達の内、このシュナイザーだけは微妙な立ち位置に居ると言う事を。

 攻略難度はある意味ディノよりも簡単である。

 多少面倒臭い工程が必要なものの、ゲーム後半からでも幾つかの必須イベントさえクリアすれば十分挽回出来ると言う、このゲームの鬼畜システムに有るまじきゆるキャラ。

 ローズの事を慕っているか慕っていないか、どっちだと問えば慕っていると言えるだろう。

 ただし、LOVEでもLIKEでもない。

 更に言うと、唯一敵となってもおかしくない。

 なら何故、王立学校を歴代でも類を見ない優れた成績で卒業し、将来は世襲でもない宰相の座を、父から受け継ぐ事が確実と言われている人物であり、またその自信溢れる言動と国内外の女性を虜にする甘いマスクの持ち主、そして王国貴族の中の貴族とまで呼ばれるシュナイザーが、わがまま令嬢のローズの側に居るのか?

 それは偏にただの意地であった。

 

 『う~ん、やっぱりシュナイザー様はローズへの当たりがきついわね~。小さい頃ローズに言われた一言がそんなに気になるのかしら? まぁ、そのお陰で攻略は簡単だったのだけどね』


 そう小さい頃にローズから言われた『あなたって本当にお間抜けね。男なのに情け無いわ』という一言。

 実は出会ったばかりのシュナイザーはひ弱で気弱で頭も悪く、それでいてドジと言う家名と顔以外には良い所が無いダメ人間だった。

 その日もローズの前で盛大にコケて手に持っていたローズのオモチャをぶちまけると言う失態をしてしまう。

 そして、言われたのがこの言葉だった。

 自業自得と言えるかもしれないが、元々ローズに持たされていたオモチャは彼の虚弱な体では持ち切れない程の量であった為、こうなる事は目に見えていた。

 その頃のローズは既に悪役令嬢の片鱗が輝き出していた事も有り、ただ単にひ弱なシュナイザーに意地悪して鬱憤を晴らしたかっただけなのである。


 この時言われたローズの言葉を見返したいが為に、血が滲む様な努力を積み重ね、気弱でいつもビクビクとしていた性根を鍛え上げて、今の絶対的貴族である俺様キャラのシュナイザーが完成した。

 それ程までに自己研鑽が出来るのは、強い愛の賜物ではあるのだがシュナイザーは気付かない。


 彼の行動原理は今も昔もローズは幼き頃からの言わば敵であり、ただ見返したいと言う思いに捕らわれている。

 更に生来のドジは今も健在でたまにポカミスをする為、相変わらずローズにそこを笑われている事も、その行動原理に燃料をくべ続けている理由となっていた。


 要するに彼は歪んだ承認欲求の塊の様な人物で、このゲームの主人公であり同じく『間抜け』『ドジ』『情けない』と言う言葉で虐められているエレナに対して親近感を持ち、エレナからの『貴方は男らしく頼もしいお方ですわ』の言葉で恋に落ちるのである。

 ゲーム攻略も、出来るだけ皆の前でローズからの叱咤を受けて、シュナイザーの同情ポイントを稼ぐと言う物で、正直前半の個別イベントはする必要が無いと言うか、していたら同情ポイントが貯まらないので攻略出来ない。

 ゲーム後半の必須イベント時に伯爵と言う尊敬する人の死によって、その肥大した自信にヒビが入り心が折れそうになった際に、今の話をエレナに零すのだが、そこで『貴方は男らしく頼もしいお方ですわ』のセリフを選択する事で個別ルートの扉が開く。

 

 恋愛マスターである野江 水流は歪んだ愛がもたらす想いのすれ違いと言うネタも大好物ではあったが、高校時代に起こった先輩と同級生の間の歪んだ愛によって悲劇に終わった愛憎劇のトラウマから、ディノよりある意味簡単なこのキャラのエンディングは一度見ただけで避ける様になっていた。

 まぁ、一番の理由は、ローズからの叱咤イベントを受け続けなければいけないと言うのが精神的にきつかったと言うのも大きいのだが。

 それだけゲーム中のローズの悪役令嬢振りは完璧だったのである。


 『どうしたものかしら? エレナ視点ではここまでローズに意見するキャラって言うのは分からなかったわ。こんな事が今まで有ったのかしら? ……あぁ、他の人の顔を見ると『やれやれ、また出たよ』って顔しているわね』


 ローズはちらりと見た他のイケメンの顔が、呆れたと言う表情でシュナイザーを見ているのに気付いた。

 ローズ自身は分かっていないが、イケメン達の中では『歪んだ承認欲求』は周知の事実であり、変わってしまったローズに対してどう接したらいいのか混乱していると言う事も分かっていた為、呆れていると言う事を。

 それを知らないローズは、ここでもエレナ視点からでは見れなかったイケメン達の違う側面を見れた事にすこし嬉しく思ったのだが、こんな窮地の場面では止めて欲しいわと心の中でため息をついた。


『これは多分あれね。悪役令嬢のローズを見返したいと言う気持ちで今まで生きて来たのに、そのローズがあたしになっちゃったもんだから、その変化に自身の感情の整理が付かないって感じかしら? そう思うとかわいい所が有るかも』


 さすが恋愛マスター、イケメン達と同じ結論に至った。

 そこでローズは考える。

 ゲームに出て来なかったオーディックとの出会いの言葉を知らないローズだが、シュナイザーの歪んだ承認欲求が生まれた二人の出会いは回想シーン付きでしっかりと把握している。

 ならば、それを逆手に取って、この窮地を脱する事が出来ないか、と。


「シュナイザー様? そんなに私の変化に戸惑っておられるのですか?」


「うっ? い、いや、その……」


 シュナイザーは突然の核心を突いたローズの言葉にしどろもどろとなった。

 否定しようとしてもうまく言葉が紡げない。


「私はシュナイザー様を見習いまして生まれ変わろうとしているのです」


「え? え? そ、それはどう言う……」


「本当に申し訳ありませんでした」


 ローズは急に謝った。

 その姿にシュナイザーだけでなく周囲も驚く。 

 一応広間に着く前から一緒に行動していたカナンとホランツは耐性が出来ていたが、ローズがシュナイザーに謝ると言う事象についてはさすがに理解の範疇を超えていたようだ。


「な、何をいきなり。私に謝るなど……、一体どういう風の吹き回しだ?」


 何とか今まで研鑽を重ねて来た俺様キャラ成分を振り絞って理由を尋ねるシュナイザーであったが、ローズが発した『自分を見習った』と『申し訳ありませんでした』の二つの言葉から、『もしかして?』と言う考えが脳裏に浮かんでいた。

 それは、自身の行動原理の行きつく先、ローズが自分を認め、そして謝ると言う何度も夢に見た、そして有り得ない未来の夢想の姿。

 本当にもしかして、それが夢でなく現実となるのか?

 そんな淡い期待が胸の奥底から湧き上がっていた。


「小さい頃、私が貴方に言ったあの言葉……」


 シュナイザーの身体がビクンと跳ねた。

 トラウマを直接本人に突かれた事、そして今湧き上がたその期待が、淡い輪郭から色濃く移り行く事に心が震えたからだ。


「ちょっと待てくれ、その言葉と言うのは……」


 それでも今まで取って来たローズの態度を思い出し、期待が妄想でローズの口から別の言葉を言われるのではないかと言う不安に陥り、それによる落差で自身の心が傷付く事を恐れたシュナイザーはその保険として言葉の真意を自ら問うた。

 それは今までの悲しい学習の賜物であった。


「えぇ、とても酷い言葉です。今の私では口にするのも憚れるとても酷い言葉……」


 ローズは少し悲しげな顔をしてそう返す。

 勿論これは演技である。

 そして周囲のイケメン達は心の中で、『先日まで酷い言葉は日常茶飯事だったじゃないか』とツッコミを入れたが、場の空気を読んで黙っていた。

 しかし、シュナイザーの心はそんな周囲の空気など読む余裕も無い。

 『酷い言葉』、やはり自身の行動原理の原点の言葉。

 それをまず謝ったと言う事。

 本当に夢が現実に? それだけが頭の中を占めていた。


「あっ……あっ……」


 言葉にならない声を漏らすだけのシュナイザー。

 ローズは、作戦を完了させるべく次なる段階に進む。


「あの時の私が貴方様に行ってしまった言葉。どれだけ謝っても許されるものではありませんわ」


「い、いや、そんな事は……」


 シュナイザーの謝罪を受け入れるとも取れる狼狽する言葉に心の中でガッツポーズを取るローズ。

 作戦はあと一歩で完成だった。

 トドメを刺すべく最後の言葉を放つ。

 それも慈愛の表情を込めてまるで聖母の様に。


「私が生まれ変わろうと思ったのは夢の中に現れたお母様の言葉以上に、シュナイザー様。貴方の努力と研鑽をいつも目にしていたからに他なりません。あの時のひ弱で気弱な子供はもう何処にもいません。今私の目の前に居ますのは、男らしく頼もしい王国貴族の中の貴族。貴方なのです」


 シュナイザーはこの言葉を受けて急に席から立ち上がり慌てて後ろを向いた。

 自分の行動原理の原点、そして夢にまで見た目指す果ての成就。

 それが叶った今、改めてローズの慈愛に満ちたその顔を見た際に歪んだ承認欲求の奥に居た自分の本心に気付いたからだ。

 その想いが溢れ出そうになった為、その表情を見られるのが恥ずかしくなった為だった。


 『あ、あれ? 怒っちゃったのかしら? エレナの殺し文句も入れたんだけど……」


 シュナイザーの心の内が分からないローズは、急に立ち上がり後ろを向いたシュナイザーが怒ったのかと焦る。

 トラウマをあえて刺激してその承認欲求に応えると言う取って置きの作戦だった。

 これで怒られたら挽回の余地が無いのではないか?

 そう思った矢先、シュナイザーはまたこちらに振り返って来た。

 その表情は憮然としているものの、そこまで怒っていると言うようには見えない。

 そしてそのまま席に着き、手元のお茶を飲んだ。

 その行動の意味が分からないローズとイケメン達はシュナイザーの言葉を息を飲んで待った。


「ふ、ふん。分かってくれればいいのだ。私が手本と言うのなら、幾らでも参考にすればよかろう。お前が立派な貴族令嬢となるまで傍に居てやるさ」


 シュナイザーは憮然とした表情の通り、俺様キャラ全開でそう言い放った。

 その言葉に緊張していた皆はホッと胸を撫で下ろす。


 『良かった~。怒った訳じゃ無いみたい。ちょっと思惑から外れたかもしれないけど、『幾らでも参考にすれば良かろう』か。くぅぅ~。俺様キャラカッコいい!』


 元の世界にはなかなか生息していない俺様キャラと言う生物。

 それを目の当たりにしたローズは少し心がときめく。

 だが、今のシュナイザーの言葉は嘘である。

 心の中では、気付いてしまった自分の感情で、もうローズに首ったけでデレッデレになっているのだが、それを表に出すとまたローズから『情けない男』と言われる事に恐れ、あえて今まで通りの態度を取ろうと頑張ってたのだ。

 思惑以上の結果となっているのに気付いていないローズは、ただ俺様キャラを崩さないその姿に惚れ直すのだった。




「ちぇっ、俺との出会いは忘れたくせにシュナイザーに言った言葉は覚えてるなんてよ」


「ご、ごめんなさい~。思い出すよう頑張るから~」


 ちょと拗ねた様に言ったオーディックのぼやきに謝るローズ。

 周りの皆はそのやり取りを見て笑い声を上げた。


 これは、ゲームが始まる前の平和な一時。

 来たる破滅の足音に抗うべく覚悟を決めながらも、この楽しいイケメン達との語らいを楽しもうと全力投球なローズだった。

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